2勝 シナリオ改変計画
第32話 全てを知っている少年
「ああ、やってしまったぁ……」
私は裏庭の校舎壁に寄りかかりながら、地べたに足を広げて座り込んでいた。
完全に詰んだ。
ウィリアムと離れるまでは強気でいられたけれど、こうして独り冷静になったらかなりヤバいことをしてしまったのではないかと思い悩む。
私は両腕で抱え込むようにして頭を掴み、身体を左右に動かした。
今すぐやり直せるなら、やり直したい!
でも、あの場にはもう帰りたくない!
教室にはいたくはないけれど、授業をサボってしまったのは失敗だったのではないかと思う。
「しかし、今更か……」
私は空に向かって呟く。
あそこまで大々的に暴れて、今更どう繕っても修正はきかない。
何より私は私を一番に慕っていたロゼとセレナにあんなことを言ってしまったのだから。
それにこれ以上、あの二人に理想的な侯爵令嬢として幻影を見せ続けるのは気が引けた。
私は二人が思っているような侯爵令嬢なんかじゃないのだから。
そんなことを考えながら、呆然と空を見上げているとそこに見知らぬ少年の顔が移った。
彼はなぜかニコニコした顔で私の顔を覗いている。
そして、明るい声でこう言った。
「パンパカパーン! シナリオ改変成功おめでとう!」
何事かと思い、私は慌てて身構えた。
確かに私の目の前に一人の少年がにこやかな表情で立っている。
この学園の制服を着ているから、うちの生徒には間違いないようだ。
しかし、同級生にしてもやけに幼い顔立ちをしているように見える。
それにこの顔どこかで見たことあるぞ?
私は少年の顔を覗き込むようにしてじっと見た。
すると、少年は不快そうな顔をする。
「あんまりボクの顔を見ないでくれる。キレイな顔が爛れちゃうでしょ?」
確かに顔は整っているし、少女のように可愛らしい顔立ちをしているが、だからと言って自分でキレイな顔とか言うかなぁ。
しかも、おっさんに見つめられるならまだしも、若き乙女に向かって爛れるとは失礼な奴だ。
なんで見ただけで爛れるんだよ!?
私は病原菌か? 新手のウィルスか?
こんな失礼なセリフをいう奴なんて――。
その瞬間、私は指をさしながら大声で彼の名前を呼んだ。
「リオ・ハールゲン!」
そう、彼は最後の攻略対象の天才少年、リオだ。
実際にはモニター越しでしか見たことがなかったからすぐにはわからなかった。
彼は再びニコニコした顔で言った。
「しかし、意外と君って大胆な事をするんだね。ここまで規定の筋書を無視した行動をした人、初めて見たよ」
私はさっきからリオの言っていることが理解できない。
なぜ、彼の口から『シナリオ改変』だとか『規定の筋書』なんて言葉が出てくるのだろう。
これではまるでここが乙女ゲーの世界だと知っているかのようだ。
「知っているよ。ボクは全てを知っている」
彼はそう言ってにんまりと笑った。
心の声が漏れたのかと思い、つい手で口を押えた。
「君の考えていることなんて、顔を見れば一目瞭然だよ。案外君って顔に出るタイプなんだね。いつもは大人しくしていたから、ポーカーフェイスなのかと思っていたよ」
一体、この少年はどこまで私の事を知っているのだろう。
全てを知っているということは、彼もまた異世界転生者?
それなら、この世界の事を全て知っていると断言する意味は分かる。
「ねぇ、君って
さっきからものすごく突っ込みたいところがたくさんあるのだけど、彼はどうして自分の事を自分で褒め讃えるのか全く理解出来ない。
しかも、その人の心を見透かしたような話し方がまた気に入らない。
「さっきから何なの? いきなり人の前に現れて、意味も分からないことをベラベラと」
「意味の分からないことじゃないでしょ? 君は知っているはずだよ。この世界がどういう場所で、自分がこの世界においてどういう立場にいるのかってことが。君が学園に来た時点で直ぐに理解したよ。だって、君の行動はシナリオと全然違うんだもん。エリザは悪役で、意地悪でヒロインを苛めるのが仕事だろう? どうして、それをちゃんと遂行しないの?」
本当にリオは全てを知っているようだった。
ここが私の前世の乙女ゲーとほぼ同一の世界で、しかもこの世界には運命を決定づけるような筋書という絶対的な存在がある。
そして私はそのゲームを開発した世界にいて、ここには転生してきた。
今の私の役割はヒロインを引き立てるために設定された悪役令嬢。
でも、転生者でもない彼がなぜそんなことを知っているのかわからなかった。
「ねぇ、質問に答えてくれる? さっきからボクばかりが話している気がするんだけど?」
リオは剥れた顔で私を睨んだ。
私は慌てて答える。
「だってそんなことをしたら、私は破滅ルート一直線じゃん! 折角転生したのに殺されるなんて嫌だよ!」
なるほどとやっと納得したのか、リオは顎を指で触って考え事をしながら話した。
「確かにこのままでいけば、君の破滅ルートである、ヒロインの恋仲の男に殺されるという宿命からは逃れられなくなるのか。やっぱり殺されるのは嫌かぁ。君がエリザとして台本通り動いたとしても、得な事は何もないもんね。でも、そんな理由で苛めなかったの?」
「そんな理由って、ものすごく道理にかなった理由だと思うけど? そもそも、なんで端から私がヒロインを苛めようとする前提なんだよ! 好き好んで他人を苛めようとなんてしないよ!」
私のその言葉を聞いて、リオは驚愕した表情をした。
そこまで驚くことか?
「えーーーー! だって女の子って自分よりモテる子嫌いでしょ? しかもイケメンに囲まれてる女の子だよ? そんな子叩きのめされて当然とか思ってんじゃないの?」
「とりあえず、全国の女子に謝罪しろ!! 思ってないから。みんなが思うわけじゃないから。一部の女子だけだから! それにそれをいうとそのイケメンの中にあんたも入っていることになるんだけど?」
彼はきょとんとした顔で答える。
「当り前じゃない。ボクは攻略対象の中で一番の美形だよ? ボクを差し置いて誰をイケメンと呼ぶのさ」
自分で言いきっちゃったよ。
まぁ、もとよりそんなキャラだったような気もするし?
いや、想像以上に酷いな、これは……。
「じゃあ、なんであんたは転生者でもないと知らないようなことを知ってるの? 私が見る限り、私以外に同じ転生者なんていないと思うんだけど?」
私がそう言うと彼は今までにないぐらい満面の笑みを浮かべた。
そして、唇の前に人差し指を添える。
「それは、な・い・しょ!」
くそ、可愛いじゃねぇか……。
ってか、そんなのに見惚れている場合じゃない。
他にも聞かなければいけないことがたくさんあるのだ。
「それにさっき、私に『シナリオ改変おめでとう』って言ったよね? あれはどういう意味? ってか、あんたは何者なの?」
すると彼は姿勢を正して答えた。
「ボクは君が知っての通り、この乙女ゲームの世界の攻略対象の一人、リオ・ハールゲンだ。ボクが見る限り、キミはこの世界で二回、シナリオ改変をしている。一つはアメリアを停学に追い込もうとした事件、そしてもう一つはさっきクラスで君がやって来たことだよ。こんなことはシナリオになかったからね。本来はこういう時って、強制的に通常の筋書の軸に戻されちゃうんだけど、今回の君はやり切った。だからボクはこのルートをこう仮定しているよ。『逆ハーレムルート』だってね!」
『あの恋』にそんな逆ハーレムルートなんてなかった。
ってか、この世界の人間が『逆ハーレム』なんて言葉を使うなんて、終わっていんだろう。
誰だよ、そんな言葉をこいつに教えたのは!?
私は予想もしなかった出来事に頭が爆発しそうだった。
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