第33話 改変する鍵

私はぐしゃぐしゃとその場で頭を掻きむしった。


本当にこいつは何なんだ。


本来のリオ・ハールゲンは科学室で引きこもって実験に明け暮れている変わり者の少年だっただろう?


たしかに、ゲームの中でもリオは若干腹黒だったし、雄弁な奴だったけどここまでひどくはなかった気がする。


「何? 頭洗ってないの? やめてよ、しらみが飛ぶじゃないか!」


リオが頭を掻く私を見て、鼻をつまみながら身体を仰け反った。


「侯爵家の娘が頭に虱飼っているわけがないだろう! これは肌ストレスの表れだよ! そもそもあんたがさっきからわけのわからないことばかり言うから、混乱してんの!」


「ああ、エリザっておつむが弱いもんね。ごめんね。君のような単細胞人間にいきなりいろいろと難しいこと話しちゃって。もっと君が鈍才であることを考慮した上で説明をするべきだったね」


一言一言が一々癇に障るのは何でだろうか……。


確かに私は、短才ですとも、鈍才ですとも!


だからって他人にとやかくは言われたくないんだよ!


「すいませんね、鈍才で! ならそんな鈍才の私でもわかるように嚙み砕いて説明していただけます? あなた、天才なんでしょ?」


リオはあからさまに面倒くさそうな顔をして、近くにある座れそうな花壇を囲っていた木製の柵の上に腰を下ろした。


「それは否定しないけど、正直、君の知能水準に落として話すのはすごく疲れるんだ。でもまぁ、それもボクの仕事だと思って、不承不承ながらちゃんと説明はするよ」


リオは年下だし、美少年と言って差し支えないほど外見はいいけど、この生意気さと憎たらしさをどうにかしたい。


私は震える拳をぎゅっとリオに見えないように抑えた。


「さっきも言ったけど、ボク自身が転生者なわけじゃない。だから、君たちのいた世界の事情に詳しいわけではないんだ。ボクは君以外の転生者を知っている。その転生者からいろいろ話は聞いていてね。ここが嘗て君たちのいた異世界のゲームの世界で、ボクたちはそのキャラクターに過ぎなかった。この世界はアメリアという一人の少女を中心に回っている。彼女は平民でどこにでもいる普通の少女なのだが、光の魔法を身に宿していることがわかり、この貴族御用達の魔法学園に連れて来られる。そこから彼女の物語は始まるのだが、彼女の目的の要は恋愛。魅力的な異性と出会い、恋に落ち、様々な試練を乗り越えた後、最高の幸福を手に入れる。これでこの世界の目的は達成される。そのためには彼女に試練を与える悪役の存在は必須。その悪役は質が悪ければ、悪いほどアメリアの存在が引き立ち、遊び手たちを享楽させることができるわけだ。そして、その悪役に選ばれたのがエリザ、君だ。君が転生する前のエリザは何も知らずにその責務を担っていたのだろう。しかし、中身が君に変わった瞬間、状況は変わった。この世界の都合で君の意思と反し、彼女を虐げ、自らを不幸に陥れることなど望むわけがない。ましてや、この世界の基本的流れを知っている君なら、是が非でも自分が殺されるという破滅ルートとやらを回避したい。そう思っている」


私はその通りだと深く頷いた。


ちゃんと話そうと思えば、ちゃんと話せるじゃないかと不満は言いたくはなったが。


リオは真面目な口調で続けた。


「それでも君はこの学園に来るまでその決められたシナリオが決行されるのか確信が持てなかった。そして、ヒロインアメリアと出会い、ゲームと同じ展開を見て確信したのだろう。ここはやはりあのゲームの世界そのものなのだと。そうなると悪役令嬢の汚名を付けられたエリザである君が、この世界で最悪な未来が待っているのは歴然だ。ならそれをどうにかして、そうならないように筋書自体を変えてしまおうとするのが普通だよね。でも、そううまくはいかなかった。君が例え、アメリアに嫌がらせをしなかったとしても、君の代わりが現れて実行する。それでも、なぜか人々はその首謀者は君だと認識してしまう。君がそれを実行しようが実行しまいが、物事は決められたように動いていくのさ。君はもう、自分が悪者であるという不変的な事実に抗えないことを知っているのでしょ? それでも足掻いている君の姿は実に無様だったよ。しかし、そんな絶対的な運命論で固められた世界でも君は少なからず変化をもたらしたんだ。それがどんなに微量であったとしても、この世界では奇跡に近い」


彼はそう言って、意味ありげに笑った。


自分の意思で自分の未来を変えられるという前世では当たり前の思想が、ここでは当たり前なんかじゃない。


リオの言うようにもう、奇跡に近い出来事なんだ。


「あんたは改変したって言っていたけど、あのウサギ事件は根本的には変わらなかった。ウィリアムルートにあったように、例えアメリアが大怪我を負わなくても、ウィリアムが彼女に入り浸りなのは同じ。別荘にも連れて行っていたし、きっと湖でも誓いをたてている。そうなれば、私の不幸の一つ、婚約破棄は免れない。ただでさえ貴族にとって婚約を破棄されることは家の恥さらしになるのに、その後、私に幸せな人生が待っているとは思えない」


リオはふぅと息を吐き、疲れた表情を見せた。


「だから、君は莫迦だって言うんだ。いや、莫迦なんて可愛い言い方じゃだめだね、能無しだ。君のその頭には本当に脳みそが入っているのかい?」


やっとまともに会話ができ始めたと思ったら、また人に悪態ついて来るのかと腹立たしかった。


「そんなにひどいいい方しなくてもいいじゃない! バカはバカなりに頭を凝らして考えているんだよ! どこぞの天才とは違って、いい打開策なんて見つからないのでね」


自分で言っていて段々悲しくなってきた。


しかし、事実、今の自分は破滅ルート回避に対し何も出来ていない。


むしろ、今回の事で余計に周りから嫌われ、殺されても仕方がない奴だと確定してしまった。


「だぁかぁらぁ、微量ながらもちゃんとシナリオ改変がなされているんだよ。君はいつも大事なところを見逃すから、全体が見えていないんだ。君がウサギ事件を起こしたことで、アメリアの心は少なからず変化している。今回の教室での騒動でも、明らかにアメリアの言動や行動は異なっていただろう?」


確かにそう言われればそうだった。


別荘に遊びに行った日、偶然にあった彼女を見て、何も変わっていないと勝手に判断していたけど、確かに変わっていたのだ。


ゲームの彼女はエリザの事をずっとどこか怖がっていた。


それでも、いずれは仲良くなれるという希望を持ってエリザを見ていただけだった。


しかし、あの別荘のアメリアは確かに私に対し好意を持って接していたし、私の考えを知りたいという興味も持っていた。


酷いことを言ってしまったけれど、彼女はその意思を組んで、今も動いている。


私にはそれが偽善じみて好きにはなれなかったけれど、私の言葉に影響されているのは確かだ。


「君が思うように攻略対象者や周りの友人たちの心情に大きな変化があったとは思えないよね。ウィリアムは相変わらずアメリアにぞっこんだし、ルークもギルバートも彼女にべったり。クラウスやサディアスにも彼女への特別な好意を感じられる。それならば、ひとつはっきりとしたことがあるじゃないか。彼らの心情は変えられなくても、ヒロイン、つまりアメリア自身の考え方は変えられる。つまり、彼女こそがこの世界を改変する鍵、そのものなんだよ」


私はその言葉を聞いて言葉が出なかった。

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