第34話 可能性
驚きすぎて、一瞬私の思考が止まった。
つまりアメリアの考えさえ変えられれば、私の破滅ルートは回避できる。
本当にそんな単純な事なのか、私は信じられなかった。
「ちょっと待って。ならもっと単純に私がアメリアと仲良くすれば良かったの? アメリアにとって私が死んでほしくない相手と思われたら殺されることはないってこと?」
「確かにその理屈から考えればそうなんだけど、今までの事を考えたら、そう簡単にはいかないと思うんだよね。まずは君が悪役だと使命されている以上、仲良くする切っ掛けなんてものはそう簡単に得られないだろうし、例えそれを無理矢理実行したとして、悪役はやっぱり必要なのだから君以外の誰かがその責務を担って、君と同じように殺される」
それを聞いた瞬間、頭によぎったのはロゼの顔だった。
それはいくら何でもダメだ。
私の考えが読めていたかのように、リオは私に向けて意味ありげな笑みを浮かべる。
「君は本当に考えが甘いよね。自分の命が助かるなら、他の人間が自分の代わりに死んだところで大した問題じゃないでしょ。君は人の命を助けるために自ら自分の命を投げ出す気? それはもう能無しを通り越して、愚かでしかないよ」
私はその言葉を聞いて苛立った。
自分のせいで人が死ぬことに何とも思わない人なんていない。
「愚かでもいいよ。でも、あんたは人でなしだ。自分が殺されずにすんだからって、他人を見殺しにしてどうも思わないなんて、そんなのもう人間じゃない!」
するとリオは分かりやすく掌を上に翳して、ため息をついてみせた。
「わけがわからないよ。だって、そんなのこの世界では当たり前のことだよ。君の前世の世界がどうだったか知らないけど、そんな考えを持っている奴がここでは最初に死んでいく。本当に必要なものはどんなに非道な事をしてでも手に入れるべきだ。まさか、君、誰かが理不尽に殺されるぐらいなら、自分が死んだほうがましとか言っちゃう、おめでたい人?」
リオがからかうようにそう言った。
そこまで言われると、反抗できない。
私だって死ぬのは嫌だ。
ましてや誰かに殺されるなんて考えたくもない。
でも、きっと私は私の所為で誰かが殺された事実を知ったら、罪悪感で押しつぶされてしまいそうだ。
「それに万が一、君がアメリアと仲良くすることで悪役の役割が別の人間に移動したからって、それは君の所為じゃないでしょ? そうやって何でもかんでも自分の所為だと思うのもどうかと思うけどな。君って所詮は脇役でしょ? 自意識過剰なんじゃない?」
本当にリオは一言多い。
ただ、言っていることは間違ってはいない。
私が破滅ルートを打破出来た事と他の人間が新たな悪役になることは別問題だ。
「君は問題を食い違えている。誰かが理不尽な理由で弄ばれるように死んでいくのはきっかけとなったヒロインの所為でも、殺す攻略対象の所為でも、ましてや君の所為でもない。全てはこの世界のシステムの所為だろう?」
確かにその通りだ。
アメリアが幸せになるために誰かが死ななければいけないという道理もないし、そもそも悪役を立てる必要もない。
ただ、想い人と結ばれるだけで幸せではないのか?
誰かを苦しめてまでしなくてはいけない演出なのか?
「わかってくれた? まぁ、本当にその方法でシナリオ改変出来る保証はないけどさ、やってみる価値はあるんじゃない?」
「……やらない」
リオは私の声が聞き取れなかったのか、私の顔を見てもう一度聞き返した。
「私は絶対そんな方法はとらない! それに、破滅ルートを回避できるからってアメリアと仲良くする気もない!!」
「わぁ、強情だなぁ。自分の命に関わることだよ?」
「わかってる。わかっているけど、やっぱりアメリアなんかの為に誰かを死なせてたまるかって思うの! 私はただ生き残りたいだけじゃない。脇役だろうが、モブキャラだろうが、ヒロインの為に生きるなんて御免だよ。私の人生は私のものだもん。私にとって最良な選択をするよ!」
私が大声で宣言すると、最初は目を丸くして驚いていたリオだけど、数秒後には腹を抱えて大声で笑っていた。
「君って案外面白いこと言うんだね。確かにそれはボクも同意だよ。このふざけたシステムの為にボクたちの人生を滅茶苦茶にされるのも、決めつけられるのは気に入らない。過度な演出の為に人の不幸を売り物にするなんて、それこそ非人道的だ。もし君がこの世界のシステムそのものをぶっ壊すつもりなら、ボクは君に協力するよ? それに元々もう一人との約束もあるしね」
「もう一人って、私と同じ転生者?」
彼はこくりと頷いた。
「そう。彼も君と同じようにこの理不尽なシステムに苦しめられている。いずれは君も彼と会う時が来るだろうね。その時にじっくり彼の考えを聞けばいいさ」
彼ということは男性ということか……。
私はてっきりもう一人の転生者は女性だと思っていた。
だってここは乙女ゲーの世界で男性には興味のない世界だと思うから。
それにしてもリオの話を聞いた限りでは、彼はこの世界の事をよく知っているように思えた。
「それよりさ、私ずっと気になっていたんだけど、リオって攻略対象の一人だよね。普通に考えたら、あんたはアメリアの味方じゃないの?」
ああと彼も思い出したように答えた。
「他の攻略対象は見事にアメリアにご執心だもんね。だからボクもこのルートは『逆ハーレムルート』だと思ったんだけどさ。ボクは、アメリアに会う前に彼と出会っていたからね。というより、強引に彼に呼び出されてしまった。そしてつらつらとこの世界について聞かされた。最初は信じられなかったけど。彼の話している真実の方が面白いって思ったんだ」
「でももう、アメリアとは会っているんでしょ? 好きになったりしないの?」
他のメンバーがそうであるように、私はアメリアに会えば彼らは自動的に惹かれるのだと思っていた。
「君ぃ、恋っていうのはね、脳の錯覚なんだよ。だから、最初から事情の知っていたボクはアメリアには惹かれない。それでもボクがシナリオとは違うことをすれば、システムが必ず修正をかけて来るからね、それを回避するためにボクは彼女の前ではシナリオ通り演じているよ。こう見えても、ボクは演技派なんだ」
またまたこの少年は何を言っているのかと呆れてしまう。
「そんな夢のないことを乙女ゲーの世界で言うかなぁ。あんたが好きにならないと『逆ハーレムルート』にならないんじゃないの?」
「まさか、いくらシステムでもボクの心の中までは支配できないでしょ。形だけでも揃っていれば、ちゃんと画面上では逆ハーレムに見えるって。それに君だって悪役令嬢なのに、大して悪役らしい振舞いなんて出来ていないじゃないか」
それはそうだけどと呟いてそれ以上何も言い返せなかった。
「断言はできないけれど、ボクがこうしてアメリアに恋心を抱いていないということは、他の攻略対象や登場人物も感情までは支配されていないんじゃないのかなぁ。いいように踊らされているとは思うけど、何かしらアクションを起こせば、多少なりとも彼らの感情にも影響や変化が現れるかもしれないよ」
長々と話し込んでいると、人がこちらに向かってくるのを感じた。
私はやばいと思い、物陰に隠れる。
そんな私にリオは相変わらずの憎たらしいほどの笑みで手を上げて言った。
「じゃ、ボクは基本的に科学室にいるから、何かあったら来てよ。ただし、アメリアとは八合わせないようにしてよ。説明するのが面倒だからさ」
彼はそう言って私の前から立ち去って行った。
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