第150話 異世界転生

マルグリットとの戦いを終えて、数日後にはテオが目覚めたという知らせを聞いた。


テオが目覚めるまでパルスティナが甲斐甲斐しく世話をし、毎日のようにテオに話しかけていたらしい。


彼が目覚めた時、彼女が泣いて喜ぶ姿が目に浮かぶ。


マルグリットの死と同時に今回の一連の事件は全て異国の王女が仕掛けたものだという話になり、ウィリアム自身が再度、王座に就く人間を検討し直してほしいと頼んだ。


彼自身はこのまま王座を兄に譲り、自分はアメリアと共に静かに暮らしたいようだ。


テオはそんなウィリアムの願いを受け入れ、彼が王座に就き、ウィリアムを王族から公爵家へ降格したという。


それはウィリアムもアメリアも納得した処遇だった。


この一件にファルロイド公が深く関わっていたことが知れ渡った以上、ルークの家が公爵家で居続けることは難しい。


とはいえ、その妻や息子たちには罪がないのだからと彼らを侯爵家へと繰り下げ、同時に力を失ったヴァロワ家は伯爵家となった。


こちらについて言えば、次期当主の私が国境警備などという大変な仕事を受け持つ自信がなかったこともあって、都合よくルークに譲っただけなのだが。


私はのんびりヴァロワ家の領主として生きていくつもりだ。


とは言っても、まだ父が完全に引退したわけではない。


以前よりは元気になって、領主として出来ていなかった公務に努めている。


私と言えば、とりあえず学園を卒業することを命じられ、再度ロゼたちと魔法学校に通うことになった。


卒業後には、父に付き添って領主となるため鍛錬の日々となりそうだ。


私が学園に帰るとロゼとセレナは泣いて喜んだ。


こうして、自分を待っていてくれる人がいると言いのもいいことだ。


サディアスは当面の間、城で拘束されていたが裁判の後、保護観察として兄のヘンリーに引き渡された。


サディアスは兄の顔を見るとその場で号泣し、謝ったという。


父のヘンリーもまた、そんな弟を受け入れ、優しく抱き留めたらしい。


どういう心境があったのか、私は正確には知らないが、きっと母の事は大きく関係しているとは思う。


しかし、何よりも二人の関係が修復し、親族として助け合っていくことを決めたことは喜ばしい事だろう。


内戦を起こしてしまったサディアスに継承権などなく、彼は再び教官として学園で働くこととなった。


私は時々、パルスティナやテオに会いに王宮に呼ばれることがある。


これは基本的に王妃の話し相手ということなのだけれど、テオ自身もたまには前世のオタク話に花を咲かせたくなるのか、私たちのお茶会に積極的に参加して来ていた。


お茶会に誘われた日、帰り際で馬車に乗っていると見覚えのある人を見かけたような気がした。


私は慌てて馭者に車を止めるように言って、馬車を降りた。


そして、その人物を目で追う。


姿かたちは変わってしまっている。


けれど、あれは間違えない。


私には根拠もなく確信できるのだ。


少しためらいながら、私は彼女の名前を呼んだ。


「……みーぽん」


すると、彼女はゆっくり振り返って私を見た。


そして、彼女も気が付いたのか、笑顔になって私に駆け寄って来た。


「きぃちゃん! きぃちゃんだよね?」


彼女は嬉しそうに私の肩を掴む。


まさか、こんな場所でみーぽんに再会するとは思わなかったので、驚いていた。


「やっぱり、きぃちゃんもこの世界に転生していたんだね!」


「やっぱりって、みーぽんは私がこの世界に転生しているって知っていたの?」


するとみーぽんはくすくす笑って答えた。


「知ってたよ。だって、この世界にはいおりんもこころんもいるから」


「二人が!?」


まさかあの二人までこちらに来ているとは思わず、つい大声を上げてしまった。


道を歩く人々がこちらに注目しているのがわかった。


私は恥ずかしくなって、馬車を適当な場所で待機させ、二人で王都の中心にある噴水で話をすることにした。


「ねぇ、覚えてる? 私達四人でもし異世界転生をするとしたら、どんな世界に行きたいかって話したの」


みーぽんが徐に私に尋ねて来る。


「覚えているよ。確か、こころんがイケメン8割の世界でいおりんがエルフやドワーフなんかがいるおとぎの世界でしょ? 私は冒険者が当たり前にいる世界に、みーぽんが乙女ゲーの『あの恋』の世界。残念ながら、その世界に深く関わってしまったのは私のようだけれど」


そうなのだ。


本来なら、この場所に立っていたのはみーぽんで私ではない。


ただ、もしみーぽんが生まれ変わるなら、エリザではなくアメリアの方を望んだだろうけど。


「ふふふ。不思議だよね。みんなの願いはちゃんと叶っていたのに、願った本人ではなく、別の子が生まれ変わっただなんて、神様もおっちょこちょいだよねぇ」


「どういうこと?」


私は首を傾けて尋ねた。


「実はね、こころんが生まれ変わった世界はいおりんの願ったドワーフやエルフがいる世界なの。そこでね、素敵なハーフドワーフの男性と出会って、結婚して、今は5人の子供と一緒に暮らしているよ」


「はぁ? あのこころんが五児の母親? 一番信じられないんだけど。せめて、エルフと結婚したって聞いた方が納得いったよ」


「でしょぉ。逆にね、いおりんがこころんの望んだイケメン8割の世界に生まれ変わったみたいなの。それならって、いおりん新しい事業を始めちゃって、移動ホストクラブなんてやって、儲けているみたいだよ」


それを聞いて、私は腹を抱えながら笑った。


「それはいおりんらしい。ただでは起きないいおりんだ。彼女の目的は最初から金儲け一択だったからね」


「そぉなの。で、きぃちゃんが私の望んだあの恋とそっくりな世界」


その言葉を耳にすると、私は何とも言えない気持ちになった。


「なんか……、ごめん……」


すると、みーぽんは慌てて手を振った。


「やだなぁ。謝らないでいいよぉ。私ね、感謝しているぐらいなんだよ。きぃちゃんが望んだ冒険者になる夢、私が叶えることが出来て、私の知らなかった広い世界を知ることが出来た。新しい人との出会いや見たこともない風景や自然の姿。大変なこともたくさんあったけど、今ならね、全ていい思い出なんだ」


「みーぽん……」


「冒険者になったおかげでこころんやいおりんとも再会できた。前世ではあんなことになっちゃったけど、この世界で幸せそうに過ごしている二人を見たら安心したよ。それに、すごく嬉しかった。だから、最後にちゃんときぃちゃんの事も探そうと思ったの。そしたら、西側にオルガルド王国があるって知って、なら、絶対にきぃちゃんはそこにいるって思ったんだよ。だから、会いに来た。それだけが目的じゃないけど、この国にくれば会える気がしたから。まさか、きぃちゃんが悪役令嬢のエリザに転生しているとは思わなかったけどぉ」


みーぽんはそう言って笑った。


私もなんとも言えない情けない気持ちになる。


「私も焦ったよぉ。まさか、以前みーぽんが話していた悪役令嬢に自分が転生するなんて考えてもいなかったもん。破滅ルートをどう回避するのか必死で考えたしね。何度殺されそうになったか、覚えてないぐらいだよ」


「でも、きぃちゃんはちゃんと有言実行したよ」


私はその言葉に覚えがなくて、固まる。


私はみーぽんに何を話していたのだろうか。


「覚えてない? 悪役令嬢の話になった時、私が聞いたんだよ。もし、きぃちゃんが悪役令嬢に転生したらどうするかって」


「私、なんて答えたっけ?」


彼女は私の顔を見て、ふふふと笑う。


「悪役常套! そのまんま生きるけど、死んではやるかって。好き放題に生きるって言ってたよ」


私も枯れた声で笑う。


そんなこと言ったかな?


覚えてないや。


「それに私、きぃちゃんにずっとお礼が言いたかったの」


「お礼?」


神妙な顔で話す彼女の言葉を繰り返した。


「車に轢かれた時、きぃちゃんがぎりぎりまで私の名前を呼んでくれていたでしょう? あの時はもう返事をすることは出来なかったけど、ちゃんと聞こえていたんだよ。だから、生まれ変わって一人になった時もあの時のきぃちゃんを思い出して頑張れたんだぁ」


「だって、それは以前みーぽんが私を助けてくれたから。必死で生きようって言ってくれたから、私もその声に答えたかった。だから、あんなところで命を失ったのは悔しかったよ。もっと、みーぽんといおりんやこころんとも一緒に生きたかった。あの先の未来が見てみたかったんだよ」


みーぽんは少し寂しそうな表情を見せる。


きっと気持ちは同じだったと思う。


みーぽんは立ち上がって、私の前に立った。


「ありがとう、きぃちゃん。生きている世界や時間は少し違うけど、私たちはまたこうして同じ時代を生きている。生きていれば、またみんなと会える日が来るよ。そのためにも私は旅人になった。ここでお別れなんかじゃないよ、きぃちゃん。私たちはあの世界以上にこの世界で幸せにならないといけないんだよ。この世界も容易い事ばかりではないけど、以前の記憶を持ってこうして生きていることに意味があると思うから」


彼女の笑顔が夕日と重なって綺麗だった。


私は堪えていた涙が一粒だけ流れた。


みーぽんにもう一度会えて良かったと思う。


姿かたちは変わってしまっていても、私の目の前にいるのは紛れもなくみーぽんだから、それだけで嬉しかった。


彼女はまた旅を続けると言って、私達は別れた。


私は彼女に手を振り、見送る。


本当は一緒について行きたかった。


けれど、私にはまだこの国でやることがある。


この国で私は役目を得たのだから、それを果たしたいと思っていた。

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