【最終話】第151話 未来へ

テオが正式に即位すると、リオが王宮に呼び出された。


その時のテオはリオが最初に会った時の彼とは全く違っていた。


穏やかで落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「リオネル、今まで苦労であった。お前のおかげで俺は命を持って、こうしてこの場所に立っていられる。感謝する」


こんな時、謙った言い方で答えるのだろうが、リオはそのような返事はしなかった。


ただ、まっすぐな目でテオを見つめていた。


「それでだ、約束通りお前には――」


「グラブディア王国を返していただけるのですか?」


そのリオの言葉に周りの家臣たちが騒めいた。


そんなこと聞き入れられるわけがないからだ。


しかし、テオはすぐには否定しなかった。


「今でもお前はグラブディア王国の再建を心から願っているのか?」


その質問にリオは即答できなかった。


最初はそれが目的でテオと手を組んだというのに。


「陛下、まさか本当に――」


一人の家臣がこの提案に意見を述べようとした時、テオがさっと手で止める。


「お前が本気でそうしたいと言うなら検討しよう。しかし、あの土地には既に他の種族の者たちが暮らしている。グラブディアの者たちの殆どがさらに北の国に移住したという。それでもお前は、あの土地が必要か?」


やはりその言葉にもリオは返事が出来なかった。


テオは一息ついて続けた。


「一度戻ってみるがいい。その目で確かめて、それでも取り戻したいと言うなら、こちらで話をしよう。お前にはそれほどの借りがあるからな」


テオはそう言ってリオを下がらせた。


リオはテオに言われた通り、そのまま元グラブディア王国のあった土地に向かう。


そして、その地を目にした時、そこにあったのは嘗てのグラブディア王国ではなく、何処までも広がる草原だった。


目線の端には戦いの後の崩れかけた城と街の姿だった。


するとそんな光景を見ていたリオに一人の女が話しかける。


「おや、あんた、見ない顔だね。もしかして、開拓者かい?」


「開拓者?」


リオは女に聞き返した。


「ああ、ここにいた住民のほとんどが国を出ていっちまったからね、新しい移住民を募ってるんだよ。でも、見たらわかるだろう? 何もない土地さ。昔は大層な城下町があったみたいだけどね、それも戦争でボロボロさぁ。これを立て直すより、作り直した方が早いってんだから、国中から開拓者を呼び寄せてるのさ。しかし、ここは最北端で寒い土地だろう? 作物もなかなか育たなくてね、開拓者も集まらないんだよ」


女は初対面のリオにベラベラと何でも話した。


それほどこの場所は人恋しい場所なのだろうか。


リオの母国は年の三分の一は雪に覆われる寒い土地で、農業はそれほど栄えず、酪農と地下資源で生計を立てていたような国だ。


急に開拓者を募ってもうまくいかないのは当然だ。


すると今度は後ろから、別の男がやって来る。


そして、手を振りながら女を呼んでいる。


二人の前に男が立つと不思議そうな顔でリオの方を見た。


「この人は誰だい?」


「あんた、そりゃぁ、こんな場所に来るのは開拓者ぐらいさね。こん人もここに暮らすために下見にきたで決まってるだろう?」


すると、男は再びリオをまじまじと眺め、女に答えた。


「馬鹿言え。こんな身なりの良い開拓者がいるか! きっと貴族様だよ。お前、おかしな態度とってねぇだろうなぁ」


「おかしなとはどういう意味だい。あたしはいつも通り世間話をしてただけだよ」


けどよぉと再びリオを見て、何かを思いついたように手を叩いた。


「そうか、新しい領主様じゃねぇのか? 今は隣の地主様が管理してたが、広すぎて管理しにくいでもんで、新しい領主様立てるって話が上がってるって噂を聞いたきがするぞ」


女は疑わしそうに男を見て答えた。


「そりゃ、ほんとの話かね? あんたの話は酒飲んで酔っ払った時のもんばっかりだから、信用できねぇ」


そんな会話を聞いているとリオはつい笑ってしまった。


リオの知る母国は失ってしまったようだが、既に新しい人々の暮らしが始まっているようだった。


「ボクは貴族でもないし、ここの領主でもない。ここで農業は難しい。育っても芋やてんさいぐらいだろう。けれど、この土地には貴重な鉱山や地下資源がたくさんある。それらを糧にして生きて行けばいいよ」


リオの言葉に女は不思議そうな顔をして見せた。


「あんたなんでそんなこと知ってんだい? もしかして、あんた、昔この国に住んでたことでもあるのかい?」


リオは女の質問に答えないまま、立ち去ってしまった。


国の再建というものがどれほど難しいもので、また、新しい環境に代わるということが悪い事ばかりじゃないと知る。






学園に来て二度目の夏。


今年の長期休暇は、ヴァロワ領でのんびりと過ごす予定だった。


連休中は行くところがなかったリオに私が声を掛けたら、一緒にヴァロワ領についてきた。


素直すぎて気持ちが悪いぐらいだ。


私はベランダからヴァロワ領の美しい風景を眺めていた。


そこにリオもやってくる。


「すごいよね。一時期はあんなに荒れていたのに、もうみんな元の暮らしを始めている。戦いで壊れたところも残っているけど、みんなで少しずつ修繕してくれている。我が領民は本当にたくましいと思うよ」


私が嬉しそうにそう話すと、静かに頷いた。


「やはり、昔から住んでいる土地の者は強いね」


リオのその力ない言葉を聞いて、私の頭の中にリオの母国が浮かぶ。


「リオはもう母国の再建は諦めたの?」


リオは一息置いて、ゆっくりと答える。


「国というものはきっと王が作るものじゃない。その国に暮らす者たちが作るものなんだ。その派生した先に王がいて、城が立つ。民がいなくなった国はもう死んだと同じなんだ」


なんだかとても悲しい話だった。


彼にとって大事なものをこの数年で全て失ってしまったかのように見えた。


私は決心して、リオの顔を見て話す。


「ねぇ、リオ! 私と一緒にこのヴァロワ領を守らない? 今までだってリオがいたから私、どうにかやって来れたんだよ。だから、これからもこのヴァロワ領でいい国を作っていこう」


そう、ここはオルガルド王国の一部だけど、一つの小国でもある。


リオの暮らしていたグラブディア王国とは土地も暮らす人々も大部違うけど、土地の統治者としてリオは向いていると思った。


それに一人でこんな広い土地を管理するのは、正直自信がない。


するとリオは驚いた顔をしていた。


「ボクと君が?」


「そ! 嫌かなぁ。 なんて言えばいいのかな、前世風で言うと共同経営者ってやつ? でもあれかな。領民への建前があるから、あくまで私がCEOでリオがCOOってやつになるのかな?」


リオは私の話を聞いて、笑い出した。


私も自分で言いながら、少し恥ずかしくなる。


「君は相変わらず変な事ばかり言うね。君に会ってから、ボクまで頭がおかしくなってしまった気がするよ」


「ひっどぉい! 私の所為にしないでよ。リオが堅物なだけだよ。リオにはきっと私ぐらいがちょうどいいんじゃないの?」


リオはその言葉を聞いて、少し黙ると顔を上げて微笑んだ。


その顔が今までに見たこともない穏やかな顔で私は見入ってしまった。


「そうかもしれないね」


やっぱり素直なリオなんて気持ちが悪い。


「でもね、キヨカ。この世界では同じ領地を治める男女を夫婦って呼ぶんだよ」


「夫婦?」


私はリオの言葉の意味が分からず、オウム返しをする。


「だから、君がボクと共同経営者になるってことは婚姻を結ぶ約束をするってことだよ。ボクと君が婚約者になるってこと」


「婚約者!?」


驚きのあまり、私は大声を上げた。


リオは相変わらず、にこにこしている。


「君はボクにプロポーズしたんだ。だから、最後までボクを大切にしてよね」


何が何だかわからなくなっていた。


私とリオが婚約者?


つまり、いずれは結婚するってこと?


今まで私はリオの事、可愛い弟ぐらいにしか認識してこなかったけど、これからは恋人になるってことだよね。


そんなつもりで話したわけじゃないんだけど、リオのこの期待する顔を見るとなかったことには出来そうにない。


まぁ、いやじゃないし、ウィリアムの時とは違うのだから、否定する理由もないのだけれど。


しかし、人生初のプロポーズが逆プロポーズとはなんとも言い難い。


「はいはい。精一杯幸せにさせていただきます。けど、正式な結婚はリオが18歳になってからね」


「えぇ? 卒業したらすぐじゃないの?」


リオが可愛い顔で頬を膨らませ訴えて来る。


「日本の法律ではそうなっているの!」


「日本って、ここは日本じゃないし、ボクは立派な成人だよ? そんなの理不尽だ」


「人生とは常に理不尽なものなのだよ、リオネル君」


私はそう言って笑った。


この人生、案外悪くなかったのかもしてない。


これからどんな災難が自分の身に降りかかってくるかなんてわからない。


それでも、リオと一緒ならやっていけそうな気がする。


なんたって私は世界一図太い悪役令嬢なのだから。

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