悪役令嬢汚名返上致しません~この不条理な世界に物申す~
佳岡花音
悪役令嬢汚名返上致しません
序章
耳元で囁く耳障りな会話。
怪訝な瞳で見つめる視線。
ああ、何もかも鬱陶しい!
私は席を立ちあがり、皆の目線の先にいる女子生徒に向かって歩き出した。
そして、彼女の前に立つと机の上を力いっぱい両手で叩きつけ、彼女を睨みつける。
その女子生徒も驚いていたが、それ以上に噂話をしていた周りの生徒たちが驚愕していた。
そんな大衆の中には私の婚約者、第二王子のウィリアムもいた。
私は彼女に向かって、思いっきり暴言を吐き捨てる。
「私はあんたみたいな偽善者が一番嫌いなんだよ!!」
まさか、王国でも名高い侯爵家の娘が大衆の面前でそんな言葉を吐き捨てるなど誰も想像していなかっただろう。
あれだけ騒がしかった教室が一気に静まり返った。
そして、そんな私に最初に声をかけたのは取り巻きの一人、男爵家のセレナだった。
「エリザ様、いったいどうなされましたの?」
セレナは未だにあの暴言を発したのが私だとは信じられない様子だった。
彼女に続いて、もう一人の取り巻きである伯爵家のロゼも話しかけてくる。
「そうですわ、エリザ様。なんだか、今日のエリザ様はエリザ様らしくないですわよ?」
ロゼのその言葉を聞いて、私は余計に苛立ちを感じた。
私らしいってなんだ?
この上面しか見てこなかった腰巾着に、私の何を語れるというのか。
この二人は自分たちの両親に、侯爵家の娘で第二王子の婚約者の私と仲良くするように言われたから、今まで私について来ていただけだろう。
端からそのつもりで近づいてきたくせに、なんて白々しいんだ。
私は顔を上げ、今度は二人に向かって叫んでいた。
「あんたらもいい加減にしてくれ! 毎日毎日噂話ばかり聞かされて、こっちは正直、うんざりしているんだよ。人が黙って聞いていれば、べらべらと好き勝手なことばかり。そんな悪口を言う暇があるなら、座学の一つでも学んでろよ」
その言葉を聞いた瞬間、ロゼがわっと泣き出した。
そんなロゼをセレナが抱きしめながら慰める。
ロゼはセレナの胸の中でわんわんと大げさに泣き、ひどいひどいと連呼していた。
ひどいのはどっちだ。
自分たちは飽きもせず、裏で散々他の生徒の陰口を叩いていたじゃないか。
今度は自分が悪く言われて泣くなんて、身勝手にも程がある。
私は腹が立ちすぎて、二人に何の弁解も出来ないまま、教室を出て行こうとしていた。
そんな私をセレナが呼び止める。
「あんまりですわ、エリザ様。確かにわたくしたちも言い過ぎたところはあったかもしれませんが、こんな面前で伯爵家のロゼに恥をかかせるなんて。この教室には伯爵家以下の爵位の者が多くおりますのよ?」
それが何だって言うんだと心の中で叫ぶ。
伯爵家だろうが、男爵家であろうが、関係がない。
立場が高いものが根拠もなく下の者を虐げていいなんて決まりはないのだ。
それに私達の爵位は先祖から受け継いだもので、ただ運が良かっただけだ。
そんな驕った考えの奴にかけてやる情けなど私には持ち合わせていなかった。
「それにわたくしたちはずっとエリザ様に尽くしてまいりましたのよ? それをこんな形で侮辱するなんて、エリザ様でもあんまりですわ!」
セレナの言葉を耳にすると私は勢いよく振り向き、殺気立った顔で睨みつける。
その顔を見た瞬間、セレナはひっと声を上げて真っ青な顔になった。
「尽くしてきたぁ? よくもそんなこと言えたものだな。あんたたちが勝手について来て、侯爵家の私を利用していただけだろう? 侯爵家の後ろ盾があれば自分たちがどんなことを言っても許されると思っていたんだろう? それを自分たちだけが奉仕してきたみたいな言い方をして、勝手すぎるんじゃないのか?」
もううんざりなのだ。
この貴族社会にも、くだらない噂話にも。
何もしてない奴らが暇つぶしで噂話に花を咲かせて、あいつはだめだ、こいつはだめだと好き勝手言っている。
毎日、そんなくだらないことしか話すことはないのかと思いながらも、今までずっと黙って聞いていたが、もう限界だった。
皆が唖然となる中で、私は教室を飛び出していった。
そんな私を唯一追いかけて来られたのは、ウィリアムだけだ。
廊下を足早に歩く私の後ろから追いかけて、腕を掴んで引き留めた。
「本当にどうしたんだい? エリザ。君は友人にそんなこという子ではなかっただろう?」
ウィリアムの言葉を聞いた後、私はその場で彼の掴む手を振り払った。
結局ウィリアムも同じだ。
彼とは幼い頃から婚約者として交流を持ってきたが、彼は私の事など何も知らない。
今まで親からは王子に失礼のないようにと接し方を厳しく躾けられてきた。
言いたいことも言えず、我の自分も隠したまま、侯爵家の娘として相応しい女の子を演じて来た。
長い付き合いだというのに、それが表面上の私だということすら彼は気づいていない。
そんな彼に引き留められても、私の心は少しも動かなかった。
「それにアメリアは関係ないじゃないか。彼女は君の悪口なんて一度も言ったことがないし、侯爵家の君を利用しようともしていない。そんな彼女にあんな言い方は良くないよ」
アメリアとは最初に私が嫌いだと言った相手だ。
彼女は平民だったが、特別な能力を認められて特待生としてこの学園に入学してきた。
そんな彼女を貴族であるクラスメイト達は嫌っていた。
彼女を見る度に、陰口を叩く。
彼女は自分が好きに言われていることを知っていても逆らう事もなく、ただ黙って気づいていないふりをしていた。
明らかに悪意のあって近づく輩にさえ、笑顔で対応している。
そんな偽善じみた彼女を見る度にイライラしていたのも本当だ。
私は彼女がこの
私は悪役令嬢なのだ。
今までその役割をそれなりにこなしてきたつもりだけど、もう我慢できない。
私は彼女の引き立て役としての悪役に成り下がってやるつもりはない。
同時に破滅する運命を回避したいがために、彼女と仲良くしようとも思わないし、媚びを売るつもりもない。
私は彼女が嫌いだ。
それは役割に関係なく変わらない。
そして、この目の前にいる婚約者の事もどうも思っていない。
親が決めた婚約なんてなければ、王族なんかと関わりたいとは思わなかっただろう。
私は彼を睨みつけ、はっきりと自分の意思を伝えた。
「勘違いしないで! あなたが王子で婚約者だったから懇意にしてきただけで、そうじゃなかったら関わり合うこともなかった。もし、あなたがアメリアを思うなら、私の事はほっといてほしい。そもそも私たちの関係性は親の勝手に決めた婚約相手ってことだけでしょ?」
今まで言えなかったことをこの時初めて口にした。
ウィリアムは不快に感じたかもしれない。
王族の機嫌を損ねれば、婚約破棄どころか処罰される可能性だってある。
それでも私はこのおめでたい節穴男に言ってやりたかったのだ。
本来の
なら、もうウィリアムに優しくされる理由もなかった。
このまま筋書通りにいくなら、ウィリアムはアメリアと結ばれ、私とは婚約解消することになるだろう。
本来のエリザはゲーム内で激怒していたが、今の私ならしないという自信があった。
それでも、私は悪役のままでいい。
私は悪役令嬢のまま、この人生を全うする。
そして、この最悪な結末の運命を自分の力だけで覆してやるのだ!
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