1章 侯爵令嬢としてのエリザ

第1話 前世

私はそれなりに楽しい大学生活を過ごしていたと思う。


通っていたのは大して名も知られていない地方大学だったけれど、気の知れた友達も出来て、毎日を楽しんでいた。


私のこの人生、全てが良かったとは言わない。


けれど、この瞬間は幸せだったと言い切れる。


遅刻ギリギリになりながら朝の講義に向かい、いつものメンバーと顔を合わせて、お昼になったら学食で一緒にランチをし、午後の講義が終わるとみんなで待ち合わせをしてサークルに向かう。


男っ気なんてない女ばかりのメンバーだったけど、大学生活を満喫していた。


二十歳になってお酒も飲めるようになると、よく飲みにも行った。


そんな時間がどうしようもなく楽しかった。


四六時中一緒にいるのに話すことは尽きなくて、くだらないことで大騒ぎして、どうでもいいことで大笑いして、全力で生きている実感がしていた。


ラブストーリーが大好きなみーぽん。


みーぽんは私によくお薦めの恋愛小説や漫画を貸してくれた。


そして、私が読み終わった後には二人で何時間もその話で盛り上がった。


男性アイドルにどハマりしていた、いおりん。


いおりんには推しがたくさんいて、三次元も二次元も2.5次元も大好き。


私にライブや演劇、乙女ゲーの面白さを教えてくれたのもいおりんだった。


その中でも『この子が推し』だとか、『この系のイケメンに弱い』なんて話になると何時間も話してしまうぐらい熱中していた。


私たちのメンバーの中で一番大人しかったのが、こころん。


こころんはノーマル恋愛には興味がなくて、専門はBLだった。


二人とは違って、彼女自身が誰かと趣味を共有することをあまり好まなかったため、ひとり密かに楽しんでいることが多かった。


それでも私たちが興味を示せばお薦めの小説や漫画を教えてくれて、ボイスドラマを貸してくれたこともあった。


こころんはとにかく声優が好きで、このキャラは何々さん、このキャラは何々君とすぐに当てることが出来た。


その度に私たちは大げさに喜んだ。


私と言えば、恋愛系はさほど得意ではなく、アクションやスポコンと言った漫画が好きで、時にはRPGなどのゲームにもはまっていた。


こんな一見ばらばらな趣味を持った集団だけれど、話すととても気が合ったのだ。


講義で腹が立つことがあると、その講師を漫画ネタでからかい、私生活で嫌な事があるとみんなで『異世界転生するならどんなところに行きたいか』なんて話をした。


こころんは言うまでもなく、『イケメン男子が人口の8割の世界』と言った。


確かに8割男子なら、その中にイケメンカップルが出来そうだ。


いおりんは『おとぎの国の世界に行って、エルフやドワーフたちと一緒にスローライフを送りたい』と言った。


願わくは、こっちの世界と行き来して、発達した文化の製品を未発達の世界に売り捌いて大儲けをするなんていう策略もあるらしい。


私の希望としては、見たこともない街や島に行って、たまにダンジョンなんかもやって、時々魔物なんかを従魔にして、自由奔放に異世界を歩き回る冒険がしたかった。


夏には涼しいところで生活し、冬には暖かい地域に行く。


お金は現地で調達して、溜まったらまた新しい旅を始める。


そのうちパーティーを作って、最後は魔王を倒しちゃおうかなと思ったりもする。


そして、みーぽんには絶対に行きたい異世界があるという。


それは彼女のお気に入りの女性向け恋愛シュミレーションゲームの世界だ。


このゲームに出て来るウィリアム王子の事が大好きで、『この世界に行けたら絶対王子をゲットしてやる!』と息巻いていた。


私にはよくわからないが、ウィリアム王子はみーぽんの理想の男性らしい。


そんなバカげた想像をしながらも、私たちはこのどうしよもない世界を生きていた。


バイトに行けば先輩に叱られてばかりで、時々かかってくる母からの小言の電話も苦痛だった。


嫌な事が多すぎて、好きな事にでも没頭していないと耐えられなかった。


逆に言えば、私たちにはこれらがあったから生きていけたとも言える。


そして、この喜びを共感し合える仲間がいれば、なお良い。


そんな私たちがあんなことで死ぬなんて信じられなかった。


いつもは『異世界転生したい』や『生まれ変わったら』なんてよく語っていたのに、死が目前に現れた時、私たちの前には絶望しかなかった。





夜中になるまでいつものように居酒屋で話に没頭していると、気が付けば店の閉店時間になっていた。


その頃には終電なんてとっくに終わっていて、私たちは全員でカラオケに行こうと盛り上がり、横断歩道を横切っていた。


こんな真夜中だ。


走行している車など殆どない。


だから油断していたのかもしれない。


私たちはすっかり酔っていたのか、全員で横一列になって肩を組み、密着して歩いていた。


寒い夜はこうしていると温かいのだ。


その状態でのろのろと足取り悪く歩いていると突如、目の前にダンプカーが現れた。


それに気が付いたのは自分たちに煌々と光るヘッドライトに照らされて、運転手が鳴らす大音量のクラクションを聞いた時だった。


その時にはもう遅く、私たちの酔いは一気に覚め、驚きのあまりその場で全員固まった。


その数秒後、私たちは一塊で勢いよくダンプカーにぶつかり、散り散りになって飛ばされた。


ダンプカーから一番遠くにいた私がこの中では怪我が軽く、手前にいたこころんは見られないほど無残な状態だった。


身体の一部が潰され、頭からは大量に血が流れ、お気に入りの淵メガネは遠くへ吹き飛ばされて壊されていた。


そんなこころんの隣にいたいおりんは、私たちとは随分離れた場所に飛ばされていた。


地面に這いつくばりながら見えた姿だからはっきりしたことはわからなかったが、いおりんの手足は不自然な方向に折れていた。


そして私の目の前でうつ伏せの状態で頭から大量に血を流しているみーぽんを見る。


私は必死でみーぽんの名前を呼んだが全く反応はなかった。


近づこうとして体に力を入れてみたが、足も肋骨も骨折いるようで動くどころか、息をするのも辛かった。


それでも私は、必死でみーぽんの名前を呼び続けたが、最後まで反応することはなかった。


私は血だらけになった手を伸ばしながら、三人に言葉にもならない声で叫んだ。


こんな未来なんて想像もしていなかった。


あんなに楽しかったのに、こんなことになるなんて。


私はその瞬間、意識が霞んでいった。


意識を失う前にダンプカーの運転手や店員、近所の住人たちが出てきて騒いでいたのは感じていたが、私たちがその後どうなったかは知らない。


きっと急いで救急車を呼び、そのまま四人とも病院に連れて行かれたのだろう。


酷い状態だけど一人でも多く生きていてくれたらと心の中で祈った。


私は薄れゆく意識の中で深い闇の中に落ちていく感覚に陥っていた。

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