第9話 魔法

魔法。


それは誰もが一度は使ってみたいと願ったことがある夢だ。


異世界に来て一番良かったと思うのは、この世界に魔法があること。


幼い頃は危ないからと教えてもらえなかったけれど、ここでは思う存分使うことが出来る。


とは言っても、教官のいる正式な場所のみという厳しい規則はあるけれど。


確かに魔法が自由に使えたら、学園内はぐちゃぐちゃだろうな。


喧嘩をするたびに魔法を持ち出しそうだし、授業の手を抜くために使ってしまいそうだ。


もし、許可のないところで魔法を使った場合は停学処分、故意に怪我や死亡させた場合は即退学及び学生でも国の刑罰の対象となる。


酷い場合は死罪だそうだ。


そのぐらい厳罰に規定されている。


なので、使えるタイミングと言えばこの野外講習の魔法の実技の時間。


侯爵家の見栄ってもので、教材は一流の物を揃えてもらったし、杖は希少な高級素材を使ったオーダーメイド。


さすがにこればかりは周りに見せびらかさずにはいられない。


私は早速、革のケースの中から上等品の杖を取り出した。


それを見たセレナが案の定、賞賛の声を上げた。


「さすがエリザ様、素敵な杖ですこと。こんなに素晴らしい杖、わたくし見たことがありませんわ!」


そうだろうと心で威張りながら、ちゃっかりポーズを決めてみる私。


しかし、なぜだかロゼは乗ってこなかった。


「さすが侯爵家は揃えるものも違いますわね。その魔道具が実力と伴っていればいいのでしょうけれど」


ロゼが珍しく悪態ついている。


実際に言われるとイラっとするけど、今まであんなに私を持ち上げていたロゼが嫌味を言うなんて珍しい。


余程私の自慢が気に食わなかったのだろう。


まぁ、これは私の実力とは何も関係ないのだから、嫌味の一つでも言いたくなる気持ちはわからなくない。






初めての実習に生徒たちがはしゃぎ始めたころ、担当教官が尊大な歩き方でやって来た。


そして、生徒の前に立つと、無言のまま生徒たちの顔を見渡していた。


このものすごく偉そうな教官は私の叔父にして、シークレットルートの攻略対象のサディアス。


一言で言えばスパルタ教官、ドエス男だ。


なかなか端正な顔立ちはしているが、中身はかなりヤバい。


生徒たちが藻掻き苦しむ姿を見るのがこの上なく好きな変態野郎だ。


これはまた、ルークとは違った私の苦手なタイプだと言える。


そんなことなどこの時点では誰も知らないためか、多くの女生徒たちが彼の整った顔立ちに魅了されていた。


これから起こる災難も知らずに。


「今日からお前たちの魔法実習訓練を任された教官のサディアスだ。俺の事は、ウォンバス教官と呼べ。ついでに俺の指示を無視して行動した生徒には厳しい処罰を与えるからな、覚悟しておけ!」


ああ、最初からすごいこと言っちゃっているよと心の声が囁く。


今ここにいる生徒たちはこれが本気ではなく、気を引き締めるためにわざと言った言葉だと軽く見ているのだろうけど、この男は本気だ。


少しでも逆らえばマジでとんでもない処罰を命じて来る。


当然、身内だからとか王族だからなどと容赦しない。


差別なく実行するのがこの男である。


こんな人物ではあるが、この国では指折りの魔法技術の実力者。


そんなお偉い先生に習うのだから、有難く思わないといけないところだろうけど、私としては全然嬉しくない。


サディアスが今後の訓練について淡々と説明した後、それぞれのチームに分かれて構えの姿勢の特訓が始まった。


まずは形から入るということだろう。


そのチームの中には私の母方の従兄弟、ギルバートもいた。


ギルバートもこのゲームの攻略対象の一人で対象者の中では珍しく気さくな性格をしていた。


このゲームの攻略対象者はウィリアムとギルバート以外は基本、陰キャが多く、惚れた主人公にしか心を開かないという独占欲駄々洩れ設定なのだ。


だから、ギルバートは唯一気兼ねなく話せる相手ではあるけれど、こいつはものすごくアホだ。


当て擦りで言っているのではない。


本当に超が付くほどのアホなのだ。


オーディン学園に入学出来たのも伯爵の後ろ盾があってこそ成しえたことであり、学力は届いていない。


そう言いながらも実は私もそれほど学力は高くはない。


それでもギルバートとは違い、元々の設定ではそれなりに実力はあったはずだ。


ギルバートが私を見つけて笑顔で話しかけて来た。


「よぉ、エリザ! 久しぶり!」


私はなんとも言えない表情でギルバートと挨拶をする。


「ええ、お久しぶりね、ギルバート。あなたは今日も元気そうで良かったわ」


少し嫌味のつもりで言ったが、当然ギルバートには届いていない。


そして、私の隣でギルバートを見て興奮している女子が一人、セレナがいた。


どうやら、セレナはギルバートのことが好きらしい。


もしかしたら、この子はギルバート目当てで私に近づいて来た口なのかもしれない。


それでも、ロゼのように家柄で仲良くしようとするよりはよっぽどましか……。


セレナは私の後ろに隠れながら、じっとギルバートを潤しい瞳で見つめている。


ギルバートはドが付くほどの鈍感だから、そんなセレナの行動の意図にも気づかず、楽しそうに私に話しかけて来た。


「ついに俺たちにも魔法が使えるようになるんだぜ? すげぇよなぁ。夏には魔法大会もあるみたいだしさ、俺も早くすげぇ魔法使えるようになりてぇ。エリザもそう思うよな?」


杖を無闇に振り回し、バカ丸だしな発言をするギルバート。


そんなおもちゃみたいに棒を振り回しただけで魔法なんて使えるわけがないだろう。


オーディン魔法学園では夏に魔法大会が毎年開かれているけれど、公式試合に出られるのは予選を通過したごく少数。


その大半が上級生であり、私達1年生が出ることは殆どなかった。


それにその具体性のない『すげぇ魔法』ってなんだよ。


魔法を本気で使いたいなら、もう少し真面目に勉強してこいよ。


私のそんな心の声も当然ギルバートには届かない。


ギルバートは私の前で、指導内容もまともに見ずに、えいえいとただ杖を振り回していた。


そんなところに、後ろから残りのメンバーの一人がやってくる。


「ごめんなさい。遅れました」


そこに立っていたのは息を切らしたアメリアだった。


アメリアが同じグループなんて聞いていなかった。


彼女を見た瞬間、ロゼが目の色を変えて、彼女に突っかかっていく。


「またあなたですの? 平民が同じグループにいるなんて最低! そもそも貴族でもないあなたが魔法なんて使えるのかしら?」


ロゼは意地悪な顔をして、横目でアメリアを見る。


しかし、私は知っている。


アメリアは魔法がバッリバリ使える。


私たちの比にならないほどの魔力だし、魔力量も半端ないし、『光の巫女』なんて言われて普通の人間が取り扱えないような特殊な魔法まで使える。


その実力はあのサディアスを越えるほどのものだ。


しかし、この段階で彼女の実力がどれほどあるかなんて知っている者はいないだろう。


アメリアは杖を抱えながら困惑した表情で佇んでいた。


そんな空気間の中で練習の様子を見に来たサディアスが目の前に現れる。


ギルバート以外、練習を始めていないところを見て、顔を顰めた。


「お前たち、何をやっているんだ。メンバーが揃ったならすぐに練習を始めろ!」


「すいません」


アメリアは慌てて、私の隣のセレナの前に立ち、私たちはお互いに向き合った。


そして、サディアスの指示した通り、杖を構えるポーズを取る。


私たちの様子を確認した後、私の隣で全くなっていないギルバートを見て、サディアスは彼を睨みつけた。


「ギルバート・ホールズ! 全然ダメだ! お前は他の者のやり方をよく見て、俺がいいというまで振り続けろ! 俺が辞めろというまでずっとだ!!」


「えええええっ!」


ギルバートは悲しそうな声で叫んでいた。


言わんこっちゃないと私は心で呟く。

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