第8話 攻略対象
授業初日のガイダンスを聞きながら、私は『あの恋』でのストーリー展開について振り返っていた。
どのルートでも主人公と最初に仲良くなるのはウィリアムだったはずだ。
怪我をした彼女を彼が馬車に乗せ、寮の前まで送り届けたことがきっかけで仲良くなり、その後は昨日の夜会で再開する。
本来の筋書では彼の隣にはエリザがいて、大した会話も出来ないままエリザが彼をどこか連れて行っちゃうんだったよね。
彼らと別れた後、一人飲み物を取りに行った際、後ろの人とぶつかって目の前の人の服に飲み物をこぼしてしまう。
その人物こそが攻略対象の一人である、宰相の息子のクラウスだ。
クラウスは基本、冷血な男で愛想もない。
ぶつかった時もヒロインを睨みつけながら、悪態をついていたような記憶がある。
そして、ヒロインの気遣いも無視して立ち去る。
最初のクラウスの印象はものすごく悪かった。
アメリア自身がその時のクラウスをどう見ていたかはわからないけど、今も筋書通りに進んでいるなら既に彼とは出会っているはずだ。
ただ、違うことと言えば、あの時私はウィリアムを連れ出さなかったから、彼がどのタイミングでアメリアと離れたかはわからない。
ひとまず今までの出来事はこれぐらいで、次はどんなイベントがあったか懸命に思い出していた。
そして思い出せないまま、気づけばガイダンスは終わっていた。
ベルが鳴ったタイミングでロゼが私に話しかけてくる。
「エリザ様、次は野外講習のようですわ。参りましょう」
私はどうもこのロゼというこの伯爵令嬢が少し苦手だ。
前世だったら絶対に友達にはなっていないタイプだと思う。
世間知らずの男爵家のセレナは別として、ロゼも私とは気が合っていると思っていない気がするのに、どうして仲良くしたがるのだろう?
やっぱりそこは私が侯爵家の娘で、王子の婚約者だからだろうか?
ロゼも貴族ならきっと、親から自分たちの優位になる相手と付き合えと教え込まれているはずだ。
そうなると私は伯爵家の好餌となっているのだろうな。
ゲームってアメリア目線でしか世界を見られなかったから、エリザがどんな思いをしていたなんて想像もしていなかった。
ゲーム中ではあんなに鬱陶しく思っていたエリザだったけど、今思えば彼女に同情する部分も確かにある。
これがみーぽんのいう『意地悪しちゃう理由』なのかもしれない。
だとしても私はその鬱憤を平民のクラスメイトに向けようとは思わないけど。
そんなことを考えていたせいか、席を立ちあがり教室の外に向かおうとした途中で偶然にもアメリアと対面してしまった。
相変わらず私たちの間には気まずい空気が流れる。
それでもアメリアは懸命に笑顔を作って自発的に挨拶をしてきた。
彼女の大人な対応には感心させられる。
「こんにちは、エリザ様、ロゼ様、セレナ様。昨日は大変失礼しました」
彼女のその聖女のような笑みは、なぜだかロゼを苛立たせたようだ。
本来ここはエリザである私が苛立つところであって、ロゼが過剰反応する場面ではないはずなのだけど……。
「あぁら、平民上がりのアメリアさんじゃありませんか? 昨日の夜会ではあんなに恥をかかれておりましたのに、よくもまぁ、今日は平気な顔をして講義を受けられたものですわね。特待生か、何かは知りませんけど、図に乗らないでくださいます? ここはそもそもあなたのような平民風情が通える学園ではありませんのよ?」
そのロゼのセリフは恐らく
私が黙っていたら、代わりにロゼがヒロインを虐げるシステムになっているらしい。
それでも周りから見れば、ロゼが私の代弁をしているようにしか見えないだろう。
今も正に周りからの注目を着実に集めていた。
「そんなつもりは……」
アメリアは申し訳なさそうにそう言った。
これではどっからどう見ても完全に苛めだ。
私はロゼに辞めるように言おうとした瞬間、横から突如、別の人が現れた。
「おいおい、なんの騒ぎだ?」
私はそこに現れた男を見て、げっと顔を顰める。
私はこのキャラクターがすごく苦手なのだ。
彼もゲームの攻略対象の一人で、ファルロイド公爵の嫡男のルークだ。
つまり、ウィリアムの従兄弟で、我がヴァロワ侯爵のライバル的存在。
ゲームの中でもエリザとルークはとても仲が悪かったはずだ。
このタイミングでこいつが現れることをすっかり忘れていた。
ルークは女のように伸ばした髪を肩で流して、制服も着崩している。
見た目の雰囲気だけで言えば陰間のようで、色気ばかりは人一倍あった。
ルークが騒ぎの発端に私がいるとわかると、すぐにアメリアの後ろについて、彼女を庇い始める。
「三人で寄ってたかって、一人の女の子を苛めるなんて感心ならないなぁ。それともエリザ、立場の弱い人間を酷遇するのは侯爵家の専売特許なのか?」
その言葉を聞いて、ついかっとなってしまった。
私の事を侮辱するだけならまだしも、家のことまで口出しするルークはやはり最低な男だ!
「変な言いがかりをなさらないでくださる!? 私たちはただ、アメリアさんにご挨拶をしていただけで……」
そのセリフを発した瞬間、本当にこれはただの挨拶なのか?と自問自答した。
私が傍観者でも恐らくこの状況を見て、私たちがアメリアを責め立てているように思っていただろう。
現にロゼはアメリアに対して意地悪な発言をしているわけだし、アメリア自身も明らかに恐縮してしまっていた。
これはロゼが勝手にした事だと突っぱねることは出来ても、それでは余計に自分を悪人に見せるだけな気がする。
友人すらも捨て駒にする悪役非道な侯爵令嬢。
そんな汚名、いくら何でも嫌だ。
これ以上彼女との関係を拗らせたくないし、このまま破滅ルートには持ち越したくない。
「挨拶ねぇ……」
明らかに疑っているルークの目線。
私はそれ以上、何も口出しできなかった。
あれだけ強気だったロゼも公爵家の前では何も言えない様子だ。
ここで、真っ先に口を開いたのは意外にもアメリアだった。
アメリアはルークの方を見て、必死で私たちのことを弁解しようとする。
「違うんです。エリザ様たちは昨日の私を見て気遣ってくださっているのです。私が制服なんかでパーティーに参加などしたから……」
なぜだろう。
彼女の言葉を聞いて、私の心の中にモヤっとしたものが湧いてきた。
私はアメリアに気を使ったことなど何もしていない。
ロゼが好き放題言っていたのも止めずに見ていただけだし、アメリアを擁護しようとしたことは一度もない。
それでも、アメリアはルークの前で私たちを庇い立てするのだ。
ヒロインであるアメリアが何か企んだりはしないだろうけど、猜疑心ばかりが湧いてきた。
「お嬢ちゃんがそう言うなら俺は何も言わないが、もし、また誰かに嫌がらせされたらすぐに俺に言えよ。俺はいつだって清き乙女の味方だからな」
ルークはアメリアにそう口説き文句を言って、立ち去っていった。
何が『清き乙女の味方』だ。
ルーク自身がその乙女たちの純情を穢しているというのに。
ゲームをしている頃から、あのチャラチャラした見た目も臭いセリフも気に入らなくて、ルークのルートは連打で即行クリアした覚えがある。
実際目の前にすると、悪寒が走った。
やはり私はルークが苦手だ。
ルークがいなくなったことを確かめるとロゼは私の腕を引き、アメリアを横目で見て、ふんと顔をそむけた。
アメリアも気まずそうな顔はしていたけれど、私もその後彼女に何かフォローする気にはなれなかった。
ロゼにはもうアメリアに関わらないように言いつけるつもりだが、それ以上のことをするつもりはない。
彼女が一人でいるのはロゼだけの所為ではないのだから。
私たちはそのまま野外講習を受けるために教室の外に出ていった。
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