第7話  誤解

思った以上に魔法学園の入学セレモニーは賑やかな式典だった。


さすが魔法学校というところか、所々に魔法のサプライズが用意されている。


私たちは壮大な歓迎を受け、夕方には野外歓迎パーティーが開かれることになっていた。


私は改めて自室に戻り、パーティードレスに着替えた後、会場でロゼたちと立食を楽しんでいた。


小さなオーケストラが開かれ、上級生によるマジックショーも行われている。


そんな時、後ろから誰かの噂話が聞こえて来た。


「見まして? パーティーに制服で来ている新入生がいるとか?」


「まぁ、ドレスはお持ちになっておりませんの? 場違いも甚だしいですわ」


「仕方ありませんわよ。あの方平民なんですって。平民が特待生でオーディン学園に入学するなんて、信じられませんわよね」


噂の内容からして、恐らくヒロインのアメリアの事だろう。


そう言えばゲームでも最初の夜会ではドレスがなくて一人制服のまま参加していた。


私は周りを見渡し、アメリアを目で探す。


すると会場の端に恥ずかしそうに立ち竦んでいるアメリアが見えた。


筋書ではこの後、ウィリアムがアメリアを見つけて声をかけるんだっけ?


そんなことを思い出しながら見つめていると、予想通りウィリアムがアメリアに近づいていくところが見えた。


本当に筋書通りに進んでいる。


違うことと言えば、ウィリアムの横にエリザがいないことぐらいだろう。


すると、私の隣にいたロゼも二人に気が付いて、私に向かって大声を上げて指をさした。


「エリザ様、見てくださいませ。あの女、ウィリアム王子に気安く話しかけておりますわよ。あの方はエリザ様の婚約者なのに! 見ていられませんわ!!」


ロゼはそう言って私の腕を掴み、ずかずかとウィリアム達のいる方へ向かっていく。


私としては、折角ウィリアムから離れて、ロゼたちと共にすることでアメリアとの再会を避けていたのだから、出来るならあの二人の前には出たくなかった。


しかし、想像以上にロゼの引っ張る力が強く、私は引きずられるようにして二人の前に立たされてしまった。


ウィリアムは私に気づくと驚いた顔を見せる。


私も複雑な表情のまま立っていた。


「あなたが特待生のアメリアさんですの? この方がどなたかご存じでいらして? オルガド王国の第二王子ウィリアム様ですのよ? あなたのような平民ごときが言葉を交わせる方でなくってよ? それに、この方にはエリザ様という立派な婚約者がいらっしゃるの。その意味がおわかりでして?」


ロゼがいきなり初対面のアメリアに突っかかり、更に私の背中を押して、二人の前に私を突き出した。


私としてはものすごく気まずかった。


何よりも今日、アメリアを馬車で轢きそうになったにも関わらず、その場から逃げ出した自分を後ろめたく思う。


お陰で私は、どうしてもアメリアの顔を直視することが出来なかった。


この様子を見ていた周りの生徒たちもこちらの方をチラチラ見ては噂をしている。


私の事も王子の婚約者、エリザだと注目し始めていた。


ああ、今すぐここから逃げ出したい。


「辞めてくれないか? 僕は学園では身分関係なく、いろんな人と関わっていきたいと思っているんだ。それはアメリアも同じだよ」


それを聞いて、ロゼは不愉快な表情をした。


別に私自身、ウィリアムが誰と仲良くしようが気にならないのだが、こうしてロゼが突っかかっていくとまるで私がアメリアの事を気にしているように見られるじゃないか。


アメリアもロゼの言葉で何かを察したのか、申し訳ない顔をして私に話しかけて来た。


「エリザ様、申し訳ございません。私、お二人のご関係を知らなくて……」


本当に辞めてほしい。


アメリアに謝られたら、誤解が誇張される気がする。


気にしていないと言いたいのだが、こういう時どう答えればいいのかすぐに言葉が出てこなかった。


「気になさらないで、アメリアさん。わたくしはそんな小さなことに拘りませんわ!」


あれ? おかしい……


アメリアを気遣うつもりが、余計圧力をかけている気がする。


彼女の顔も益々不安そうな表情になっているように見えた


これでは折角、今日一日ウィリアムを避けていた意味がない。


この状態では、本来の筋書にあった通りの態度の悪いエリザとあまり変わらないじゃないのか!?


それにこの状況では私がウィリアムの婚約者であることを周りに吹聴しているようにも見える。


周りの生徒たちもこちらを見ながら、アメリアが婚約者を怒らしているらしいと噂しているのが微かに聞こえた。


どうしてこうなってしまったのだろうかと誰かに問いたい気分だ。


私はその場にいられなくなって、引きつった笑みのままアメリア達に別れの挨拶をした。


「そ、それではわたくしはもう行きますわね。ごきげんよう、ウィリアム様。そして、アメリアさん」


足早にその場から逃げ去ると、ロゼが後ろから私の名前を呼びながら追いかけて来る。


セレナも二人を見ながら不思議そうな顔をして、私たちの後を追った。


私は近くに置いてあった飲み物をがぶ飲みした。


飲んでないとやってられない!


そんな私にロゼがどこまでもしつこくつきまとって来た。


「エリザ様、お可哀そう! 気になさることはありませんわ。王子があんな平民ごとき女に興味を示すとは思いませんもの。それにエリザ様の方がアメリアさんより数段美しいですものね。殿方なら皆、エリザ様の方を気にされると思いますわ」


私は段々ムシャクシャしてきた。


本当にこのロゼという女はろくなことをしない。


私が頼んでもいないことをべらべらとしゃべって、私は別にアメリアをいびりたいわけではないし、ウィリアムに嫉妬もしていない。


なのに、ロゼの所為で周りに完全に勘違いされている。


ロゼは私が黙れというまで、永遠に私に語り掛けてきそうだった。


私は我慢が出来ず、手に持っていたグラスをつい床に落としてしまった。


パリンという音と共に周りからの注目が集まる。


ロゼやセレナも唖然としていたが、またすぐに話しかけて来た。


「ああ、エリザ様、そこまでお怒りになっていらっしゃいますのね? ええ、わかりますとも。ロゼにはわかります。エリザ様、なんとおいたわしい……」


どうしてこのロゼに同情されないといけないのかわからない。


彼女が言葉を重ねてくる度に自分が惨めになった気分がした。


「わたくし、気分が悪いのでここで失礼いたします!」


私はその場に居た堪れなくなって、ついにロゼたちから離れて寮に戻った。


考えていることは全然違うのに、傍から見たら、いや、アメリアから見たらウィリアムとの仲を嫉妬しているエリザそのものじゃないか。


そんなつもりじゃないのに、気を利かせた言葉さえ逆効果になっている。


何がいけなかったんだと私は頭を抱えた。


そんな私を心配そうにニアが出迎えてくれると、私は部屋に入るなりドレスを脱ぎ捨てて、すぐに床についた。


こんな時、誰に愚痴ればいいのだろうか。


この貴族ばかり集まる場所で誰にも本音なんて言えないし、家の為にも淑女らしくしないといけないのに。


わかっていても今は何もかも気にせず、外に向かって叫びたい気分だった。


イライラがおさまらない私はなかなか寝付けず、翌日は寝不足で体調が優れないまま、初めての授業に参加することになった。


一番会いたくなかったロゼとセレナは寮の入り口の前で、満面な笑顔を向け待っている。


来るなとは言えないまま、私は作り笑顔を見せて教室に向かった。


教室に入った瞬間、アメリアと目が合った。


彼女は居心地の悪そうな顔をして、すぐ目を逸らしてしまう。


これはもう完全に誤解されていると、私は大きく肩を落とした。

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