第6話 令嬢の事情
「最近さぁ、こういうのが流行ってるんだよぉ」
みーぽんは私にそう言ってスマホの画面を見せる。
「悪役令嬢?」
「そうそう、今、悪役令嬢を主人公にした話が流行っているんだぁ。面白い視点だよね。私もはまってるのぉ」
みーぽんはそう言って嬉しそうに話すけれど、私にはさっぱりわからなかった。
だって悪役令嬢って悪役でしょ?
そんな性格の悪い女が主人公になって何が面白いの?と思っていた。
「悪役令嬢にもさ、きっと主人公に意地悪しちゃう事情があったんだよぉ。それに大好きだった婚約者を取られちゃうのもすごく辛いよね。そう思うとさぁ、ただの悪者には思えなくて、意外と健気で素敵な子なのかもぉって思うの。それなのにさぁ、彼女たちの結末っていつも最悪。可哀そうだと思わない?」
同情を求めるような目線でみーぽんが尋ねて来た。
私は気まずそうな顔をする。
「可哀そうかどうかはわからないけど、結末はいつも悲惨だよね。あそこまで不幸にならなくてもとは思うよ?」
「そうよ、そこなのよ!」
勢いよく指をさして私に言った。
私は驚き、後退る。
「それでね、もし乙女ゲーの主人公ではなく、悪役令嬢に転生してしまった場合、どうするかっていう話が流行ってるの。私の知っている漫画だと、王子様との婚約破棄を受け入れて、旅先で別の国の王子様と結婚するとか、悲惨な結末を避けるために改心してみんなと仲良くなっちゃうそんな話もあるの」
なんだそりゃと私は呆れてしまった。
そもそも自分が悪役令嬢になって異世界転生すると想像するだけでも困難だ。
物語に出てくる悪役令嬢ほどの根性が自分にあるとは思えないし、最初から主人公を苛めようなんて面倒くさいこと考えない。
そんなことしたって、婚約者に嫌われるだけだと思う。
「私だったらねぇ、逆にヒロインと友達になっちゃうかも! そしたら、ヒロインも令嬢も辛い思いせずにWIN×WINでしょ?」
嬉しそうな顔をしてみーぽんはそう話すけれど、それはどうなのだろうと考えてしまう。
「でももし、ヒロインと仲良くして、せっかく友達になったのに大好きな王子様をヒロインにとられちゃったらどうするの? それでもWIN×WINって言える?」
それかぁと全く考えていなかったのか、急に悩み始めた。
みーぽんと話していると呆れてしまうこともたくさんあるけど、どこかこの抜けた感じに癒された。
「それは困ったぁ。でも、それって異世界じゃなくてもあるよね。大好きな幼馴染みを親友にとられちゃうとか。あれ、すごく切ないんだよぉ。どっちも大切だからどっちも傷つけたくないというかぁ」
みーぽんは自分で話を振って来たのに、自分で悩んでいる。
そもそもこんなものに正解なんてないのかもしれない。
「じゃぁさぁ、きぃちゃんはどうなの? きぃちゃんが令嬢ならどうする?」
「私は―――」
その後の言葉を私は覚えていない。
「お嬢様?」
突然、目の前にニアの顔が飛び込んできた。
私はぼぉと昔の事を思い出していたので、ニアの呼びかけに気づいていなかった。
「ごめん、ごめん。で、なんだっけ?」
「なんだっけ?じゃないですよ! 例の完成品、早速本日使用されるのでしょう?」
ニアは嬉しそうに私に言った。
そう、それは今朝こっそり話していた例のものだ。
私もつい頬が緩んだ。
「使う、使う!」
何度も頷いて、ニアに例のものを出すように頼んだ。
ニアは嬉しそうにトランクの中から一着の学園の制服を取り出す。
私はつい感激の声を上げてしまった。
これは単なる制服ではない。
着替えるのが超楽な一体型ワンピースなのだ。
ニアから制服を手渡され、私は隅々まで眺めていた。
下着の上から着るコルセットも、はみ出した部分を補う服も全て見える部分だけ縫い付けて、これ一枚で何着も重ね着をしているように見えるワンピースドレスだ。
制服は外着のドレスほど重ね着は必要ないけど、やはりコルセットは装着が必須で下からパニエも履かなくてはいけなかった。
しかし、その面倒くさいコルセットも、パニエもワンピースの中に組み込まれている。
重ね着して暑苦しい部分も無くなり、厚みも軽減されているし、なんたって重ね着するよりは軽い。
ただ、1つの布に対しての負担する重さは多そうだ。
「かなり工夫したんですよ! レースは見える部分しか使用していないですし、パニエもなるべく軽いものを探して、とにかくスカートが膨らむのに最低限必要な量に調整しました。何より腰の部分のコルセット。お腹の負担も少ないですし、紐も腰の大きなリボンで隠せる使用になっていますので、最悪、お嬢様一人でも着脱出来るように出来ていますよ!」
なんと優秀な従者なのだろう。
エマの見えないところで散々試作品を作ったかいがあった。
さすがに一人で着るとなると時間がかかりそうだが、不可能ではなさそうだ。
以前私が暮らしていた世界に近いデザインとなっている。
それに多少制服に独創性を出したとしても、注意を受ける事はない。
なんたって侯爵家なのだから、その辺は特例として扱いされるはずだ、たぶん。
私は実際に試着し、可笑しいところはないかニアに確認した。
「どう思う?」
ニアは真剣な顔で見つめている。
「まだ手直しは必要ですが、今日のところは問題なさそうです。お嬢様こそ、着心地はいかがですか?」
「いやぁ、お腹がかなり楽になって助かったよ。コルセットは苦痛だったしね。それにこれならたくさん重ね着しなくていいから、服を着る手間が省ける」
なら良かったですとニアは笑った。
こんなこと、エマなら絶対に許さなかっただろうなと思う。
私の予測では、そろそろロゼとセレナが部屋に訪れ、共にセレモニーへ参加しようと誘ってくる頃だろう。
本来の筋書ではロゼたちとではなく、ウィリアムと一緒にセレモニーに参加して、夜の会食でアメリアとばったり再開するのだけれど、その時のエリザの態度は相当悪かった気がする。
あえてここでロゼたちと行動すれば、その厄介な展開からは逃れられるかもしれないけれど、本当にそれでいいのだろうかと悩まなくもない。
本来の
婚約者として威厳を見せつけるタイミングのような気もするが、ややこしいことに巻き込まれるのは御免だ。
ウィリアムとも一緒に行く約束はしていないことだし、今回は様子見としてロゼたちと行動しようと決めた。
支度を終える頃にはちょうどよくロゼたちが部屋に訪れていた。
ニアが扉を開け、私は快く二人を向かい入れた。
「いらっしゃい。わたくしはもう準備できていますわよ。お二人は大丈夫ですの?」
するとセレナがわぁと感激の声を上げて部屋の中に入って来た。
そして、羨ましそうに辺りを見渡している。
「一人部屋なんて羨ましいですわぁ。わたくしなんてこの部屋の半分しかない部屋に同室者までいますのよ。しかも、エルフェッベ家の長女。あそことはあまり仲がよろしくありませんの」
いきなり人の部屋に入ってきて、愚痴をこぼすセレナ。
同室者がいる不満はわからなくはないが、それをほぼ初対面で話されても困る。
「そんなの当たり前ではありませんか。エリザ様は侯爵家の令嬢でいらっしゃるのよ? わたくしたちとは格が違いますわ」
今度はロゼが答え始めた。
二人とも妙に家柄の話ばかりし始める。
私としてはあまりその話に触れたくはないのだが、貴族の会話とはそういうものかもしれない。
「さぁ、エリザ様、会場に向かいましょう。エリザ様の美しさと高貴さを目の当たりにしたら、きっとどんな貴族でも口を噤みましてよ」
ロゼは本気で褒めているのかよくわからないが、私はとりあえず頷いて二人と共に会場に向かった。
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