第21話 駆け引き
「アメリア・フローレンス、これはどういうことですか!?」
その光景を見たデルモンド講師がアメリアに強い口調で質問した。
アメリアは子ウサギを抱えたまま、きまりの悪そうな表情で立っていた。
「無許可の魔法使用は禁止されているはずですよ! あなたもそれがわかっていたはずでしょう?」
再度、講師がアメリアに問い詰める。
アメリアが戸惑い俯いていると私が講師の前に出て、彼女を庇った。
「デルモンド先生! アメリアさんは何も悪くないのです。わたくしが崖から落ちそうなウサギを助けてほしいと頼んだのです」
「それでもです! どんな事情があれ、生徒の勝手な魔法の使用は厳禁です」
彼女は簡単にアメリアを許すつもりはないようだった。
私自身、サディアスならともかく、デルモンド講師が簡単に魔法使用を容認するとは思っていない。
それでもここは彼女を庇い立てする必要があったのだ。
「エリザ様、ありがとうございます。でも、魔法を使ったのは私です。罰はちゃんと受けます」
アメリアはそう言って、私に子ウサギを託した。
「それではひとまず話を聞きましょうか、ミス・フローレンス。私の後からついて来て下さい」
アメリアは講師の指示に従って、彼女についていく。
サディアスはアメリアに声をかけようとしたが、講師に睨まれて口を閉ざした。
「ウォンバス教官、あなたはついてこなくて結構ですよ。あなたには生徒たちから良からぬ噂を耳にしていますからね。その事実がどうであれ、彼女の調査は私と別の講師がいたします。あなたは学園長にこの事を知らせに行ってください」
講師はサディアスに厳しくそう言った。
彼女はこの学校でも校則に厳しい講師として有名だ。
そして、たとえそれが生徒たちによって勝手に騒ぎ立てている噂であっても、疑惑がある以上、彼女の判断は揺がない。
サディアスは無力な自分に落胆し、肩を落とした。
アメリアと講師が見えなくなったのを確認すると、一瞬、私は小さく笑い、後ろからゆっくりとサディアスに近づいた。
「叔父様がいけないのですのよ。彼女ばかり贔屓していると他生徒達に誤解を招く行動をなさるから」
私はサディアスに対し、批判的な言い方をした。
彼は勢いよく振り向き、私を睨みつける。
「俺は贔屓なんてしていない! お前らが勝手にそう決めつけているだけだろう?」
「そうかもしれませんが、叔父様の日頃の行動がそう見せているのではなくって? 今だって明らかに動揺されていらっしゃるじゃありませんか。子供というのは案外、細かいところまで見ているものですのよ?」
私はわざとサディアスに意地の悪い言い方をした。
サディアスにはもう少し自覚してもらわなくてはいけない。
自分の行動が多くの生徒達の心を不安にさせていることを。
それに彼にだって彼女を想う気持ちが少なからず芽生えてきているはずだ。
しかし、それは許されぬこと。
私は少しでもこの段階でサディアスの心を折っておきたかった。
それ以上何も言えなくなったサディアスをおいて、私はロゼとセレナを連れて檻とロープを隠した場所に向かった。
そして、その2つをロゼに渡し、言いつけた。
「ロゼ、これを片付けておいて頂戴。ロープは必ず焼却処分するように。絶対よ」
ロゼは真っ青な顔のまま、震えた体でロープと檻を受け取った。
「エリザ様、わたくし――」
ロゼが何か言いかけたところを言葉で遮った。
「その話は今晩、わたくしの自室でお話しましょう。今からわたくしとセレナは学園長の所へ行ってまいります。それまでの間にあなたは見つからない場所に檻を隠しておくこと。そろそろ、こちらにもクラウス様が到着されます。その前に、ここを離れなくては……」
「エリザ様、それは――」
「とにかくあなたはこれ以上余計なことはしないで。最初に約束したはずですわよね? これはわたくし主導で行うと。協力すると決めたのはあなたですわよ、ロゼ」
ロゼはそれ以上何も言えなくなった。
そして、急いで檻とロープを持って寮の方へ駆けて行った。
私は不安そうな表情のままのセレナの肩をそっと叩き、学長室に向かいましょうと声をかけた。
セレナは小さく頷いて、共に学長室に向かった。
私達は学長室のドアを叩いて、名を名乗り、返事を聞いた後、中に入った。
室内には既にサディアスがいて、学園長にアメリアの事を報告している所だった。
そこに私とセレナが乗り込んで来たのだ。
サディアスは私の顔を見て、ばつの悪い表情をした。
「学園長、私は侯爵家の娘、エリザ・A・ヴァロワと申します。学園長に先ほどのアメリアさんの件についてお話がありまして参りました」
「そうか。なら、そちらで話そうか」
学園長はそう言って、客席のソファーに私達二人とサディアスを座らせた。
「それで、話とはなんだね?」
学園長は優しくそう尋ねた。
サディアスの方は学園長の隣でずっと私を睨みつけていた。
「アメリアさんの処分を軽くしてはいただけないでしょうか?」
「ほう。罰則の軽減を求めると」
はいと私は深く頷いた。
「あれはわたくしどもがアメリアさんに無理に頼み込んだのです。崖から落ちた子ウサギを助けてほしいと」
「なるほど、アメリアは君たちの願いを聞いて、ウサギを助けたんだね。その時になぜ、彼女が無許可では使用できない魔法を使ったのか、君たちは知っているかい?」
私の横に座るセレナが今にも泣きそうな顔で私の顔を見上げて来た。
「最初は講師の先生方を呼んで来ようといたしましたが、その前にウサギが落下しそうになり、とっさの判断で魔法を使ったのかと。そうしなければ、ウサギは恐らく死んでいたと思います。彼女も魔法を使うことには最後まで躊躇っていたようですが、ああしなければ間に合わなかった。アメリアさんはとても優しい方です。ウサギの命が危ないとわかっていながら、見殺しに出来るような薄情な方ではありませんわ」
なるほどと学園長は頷いていたが、サディアスはずっと私を疑うような目で見ていた。
「なぜ、我々教師を呼ぶ前に、アメリアに助けを求めた。それはアメリアが他の生徒より魔法技術が高いからではないのか?」
サディアスは明らかに私たちがアメリアに故意に魔法を使わしてと思っている。
私は顔を上げて、はっきりと告げた。
「それは違いますわ、ウォンバス教官。アメリアさんを呼んできたのは別の女子生徒でしたが、講師のあなた方に会う前に出会っていたからです。彼女が機転の利く、優秀な生徒だということは誰もが認めていたこと。だからこそ、彼女はアメリアさんを見つけた時、思わず声をかけてしまったのだと思いますわ。現にその後すぐ、その女子生徒が講師の方々を改めて呼びに行ったはずです」
「そ、それはそうだが……」
煮え切れない表情だったが、サディアスもそれ以上何も言わなかった。
最後に学園長はセレナに向かって質問した。
「セレナ・ガルビアン。君も同じ意見かね?」
そう聞かれた瞬間、セレナはいきなり泣き出してしまった。
「ごめんなさい、本当に、ごめんなさぁい!」
セレナがわんわんと大声で泣きだすものだから、学園長もサディアスも困惑していた。
セレナはこういう場面にとても弱いので何も言えないことを私は知っていた。
後は、クラウスが余計なものを見つけずに、ロゼがうまく隠すことが出来たらうまくいく。
それに、アメリアが私たちの不利な事は絶対に口にしないと私はわかっていたから出来たことだ。
もし、彼女が全て本当の事を話せば、おそらく私達にも厳罰が下るだろう。
これは私とこの世界との駆け引きなのだ。
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