第20話 先駆け
「本当にやりますの?」
セレナが不安そうな顔をしてロゼを見た。
「当然ですわ。じゃないとわたくし達はこのまま……」
ロゼの顔は真剣だった。
本来はこのロゼの役割を
けれど、私が実行しないならその役目はロゼへと変更される。
私はこのままではダメだと思った。
これは私も、そしてこの二人にも破滅ルートの道へ引きずり込むことになる。
私はそっと震えるロゼの手を握った。
「もう一度考え直すことは出来ないのかしら?」
ロゼの顔を覗いて尋ねると、ロゼは火が付いたように必死に抵抗して来る。
「なぜなのですか、エリザ様。あれはわたしく達の疫病神なのです。あなただってわかっていらっしゃるのでしょう? ウィリアム様の本当のお気持ち。このままだとどんどんウィリアム様の心はエリザ様から遠のいていってしまうのですよ? それはクラウス様もギルバート様も同じです。慎重だったクラウス様はあの女の前ではあんなに油断して冷静な判断も出来ないでいる。ギルバート様もあの女の事ばかり考えて、四六時中あの女に付きっ切り。どう考えたって異常ですわ。あの女に会うまでは皆、あんな風ではなかった。彼らはあの女の毒牙に魅了されて正気を失っているんですわ」
私にもロゼの不安がわからないでもなかった。
アメリアは魅力的な女性だ。
だから、ウィリアム達が惹かれる気持ちはわかる。
けれど、恋は人を変える。
私もアメリアに会う前のウィリアムと今のウィリアムは別人のように感じていた。
しかし、それはずっと前からわかっていたことだし、私には本来のエリザのようにウィリアムに対して愛はない。
しかし、ロゼは違うのだ。
今でもクラウスを慕い、彼女のよく知っている冷酷で、されど誰に対しても平等で厳しい彼を愛しているのだ。
恋に現を抜かし、好きな女の前で腑抜けたクラウスなど見たくはなかっただろう。
ギルバートも同じだ。
あいつは単純だから、好きだという感情を隠せない。
それはきっとセレナにもダイレクトに伝わっているだろうし、辛くないはずがない。
それにルーク。
やっぱりあいつは嫌な奴だけど、あんなに陰険で嫉妬深い男だっただろうか?
それが本来の彼ではあったのかもしれないが、それをうまく隠すのも彼の良さだった気もする。
私達の日常はアメリアによって崩壊し始めているのも確かだ。
それはきっとミュリエットとエミリーの間にも起こっていること。
だから、本来のエリザも考えていたのだ。
アメリアをこの世から消そうと。
でも、それをロゼがやってはダメだ。
この事件の真相はいずれクラウスにばれてしまう。
それにこの事件をきっかけにエリザとウィリアムの関係はさらに悪化し、婚約破棄へと続いていく。
私はそれを何が何でも阻止したい。
この事件が私に破滅ルートに導く先駆けとなるのだから……。
「落ち着いて、ロゼ。わたくしにはあなたの不安な気持ちがわかります。けれど焦ってはダメ。この作戦はわたくしが主導で行います。あなたはわたくしの指示に従うと約束するなら、協力いたしますわ」
ロゼの顔が少し明るくなった気がした。
私はロゼが口にしない本当の策略を知っている。
そのためにロゼが既に準備していることも。
だけど、私はそれを実行させるわけにはいかないのだ。
「ではロゼ。あの崖の中央の場所にでっぱりを作って頂戴」
私はロゼに指示を出して、彼女を崖の前に立たせた。
そして彼女は私の指示通り、崖に小さな足場のような出っ張りを土魔法で作る。
「ありがとう。後はこちらで準備しておくから、あなたはアメリアを呼んできてくださるかしら?」
「わかりましたわ」
彼女はそう言ってその場から離れる。
セレナは不安そうに私の顔を見つめて来た。
「大丈夫ですわ、セレナ。わたくしがうまくやります」
私はそう言って、ロゼが用意していたロープを見えない場所に隠した。
そして、籠の中に入っていた子ウサギを捕まえる。
こんな幼気な命を利用しようというのだから、エリザもとんでもない思考の持ち主だったのだろう。
私はこの物語のシーンでこの場面が一番嫌いだったかもしれない。
「ごめんなさい」
私は小さな声で子ウサギにそうつぶやくと、風魔法を使って子ウサギをロゼが作った小さな出っ張りにそっと乗せた。
後はウサギがこのまま動かないよう大人しくしてくれることを願う。
「エリザさまぁ」
後ろからアメリアの声が聞こえると、私は急いでセレナに子ウサギの入っていた籠を隠すように命じた。
そして、心配そうにこちらに向かうアメリアにこちらに来るように手招きする。
「アメリアさん、こちらですわ!」
後ろにはロゼもついて来ていた。
「どうかされましたか? ロゼ様が顔を真っ青にされて呼びに来られたので急いで来たのですが」
「ああ、良かった。アメリアさんならどうにか助けることが出来るのではなくて? この崖の途中に子ウサギが取り残されてしまったの」
そう言って、アメリアに崖を覗かせる。
確かにそこには子ウサギが崖の中央で取り残されていた。
「この距離じゃ届きそうにないですね。私、どなたか先生を連れてきます」
アメリアは自分たちではどうにもできないと瞬時に判断したのか、講師たちを呼びに行こうとした。
それを私が引き留める。
そして、いつの間にか自分が用意したロープがないことに気が付いたロゼが真っ青な顔で樹木の前で立っていた。
そんな彼女に私は話しかける。
「ロゼ。悪いのだけれど、あなたが先生たちを呼んできてくださる?」
「わたくしが?」
怯えた表情でロゼが振り向き、私はにこやかに笑い頷く。
「ええ、あなたが。お願いできるかしら?」
ロゼは一度つばを飲み込んで、小さく頷いた。
そして、講師たちのいる校舎に向かって走り出した。
「アメリアさん、お願い! あなたの魔法であの子ウサギを助けてあげられないかしら。わたくしの未熟な魔法では誤って落としてしまいそうで……」
しかし、アメリアは顔を顰めて頷きはしなかった。
魔法の勝手な使用は規則違反だったからだ。
どんな事情にせよ、勝手に使えば停学処分は免れない。
アメリアにはどうしてもそのような処遇を受けるわけにはいかなかった。
「私、ロープか何か持ってきます。ここからなら何とか降りられるかもしれませんから!」
アメリアがそう言って崖から離れようとした瞬間、私は彼女の腕を掴んだ。
「それはダメ!」
「なぜです?」
私が真剣な顔で引き留めるので、アメリアは不思議そうな顔で私を見つめた。
「この崖はとても脆いのです。いくらあなたの身体能力が高いからと言ってもこの崖は無理です」
「そんなのやってみなければ――」
私達が言い争っている中、崖の下を見ていたセレナが声を上げた。
「ウサギが、ウサギが落ちちゃう!」
私もアメリアも急いで崖の下を覗き込む。
子ウサギが留まることに耐えかねたのか、今にも崖から落ちそうになっていた。
「アメリアさん!」
この時、私は真剣にアメリアの名前を呼んだ。
私もここで子ウサギが本当に崖から落ちてしまうことを望んでいなかったからだ。
彼女は悔しそうな表情をしていたが、持っていた杖を使って呪文を唱えた。
その瞬間、ウサギは崖から離れて落下し始めていたが、アメリアの風の魔法でなんとか助かっていた。
彼女はうまく風を操り、自分の手元に子ウサギを運ぶ。
その光景を後ろで講師たちがタイミング悪く見ていた。
丁度ロゼが呼びに行って到着したところだった。
「アメリア、お前……」
その中にはあのサディアスもいた。
そう、アメリアは無許可で魔法を使ったところを講師たちに目撃されてしまったのだ。
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