第22話 夜の会合

学長室から出た後、私たちはそのまま寮へ戻った。


セレナはひとまず顔を洗ってから、私の部屋に来ると約束し、特別寮の前で別れた。


私が部屋に戻るとニアが心配そうな顔をしてこちらを見ていた。


「お嬢様……」


「ごめんね、ニア。いつも心配ばかりかけて」


「いいえ! そんなことは気になさらないでください。私はエリザ様が有意義な学園生活が送れるのなら、どんなことだって協力いたします」


ニアは本当に優しい女の子だ。


こんな子を不安にさせている私は決していい主人とは言えないだろう。


そして、私が着替え終わった頃に、セレナがロゼを連れて私の部屋まで訪ねて来た。


ロゼは相変わらず気まずそうな顔をして俯いている。


「ひとまず入って頂戴」


私はそう言って彼女たちを部屋の中に招き入れた。


そしてニアには少しの間、席を開けるように言った。


ロゼは椅子に座ってからもずっと俯いている。


私はついため息をついてしまった。


「ロゼ。なぜ、あのような事をしようと致しましたの?」


その質問を聞いて、ロゼはびくりと肩を動かす。


そして、青白い顔で私を見つめる。


「あのような事?」


セレナの方は全く気付いていなかったようで、一人理解できないでいた。


私がロゼのしようとしたことが分かったのは、このゲームの筋書はどうなっているのか知っていたからだ。


本来、それはエリザの仕事で、ロゼはそれを手伝っただけ。


今の私たちと同じように偽った作戦を伝えられ、実行したにすぎない。


「ロゼ、あなたはこう言いましたわよね? アメリアに無許可で魔法を使わせたい。そして、停学処分を受けさせようと」


私がそう言うと、彼女は深く頷いた。


「しかし、それはあなたの本心ではなかったのでは? 停学処分程度ではぬるい。結局は学園に帰ってきてしまうのだから。だから、あなたは別の方法を独自に計画していた」


ロゼは俯いたまま、ただ黙って聞いていた。


「別の方法? あの作戦は嘘だったのですか?」


ついて来るのがやっとなセレナが聞いて来る。


「そう、ロゼは私達に嘘をついていたのです。わたくしたちがアメリアにどんなに懇願しようと魔法を使うとは思えない。だから、身体能力の高いアメリアにあの崖を降りさせようとさせたのではありませんか? だから、樹木の近くに都合よくロープが置いてあった。しかし、あのロープは一部、人の手によって切込みが入れられていました。あのまま、彼女が使用すれば、ウサギを助ける前にロープが切れて、彼女自身が崖から落ちてしまう。そうすれば、死なないにせよ、大怪我はしていたでしょうね。最低な結果でも彼女が自分の命の為に無許可で魔法を使う。そうすれば、本来の目的は確実に叶うことになる」


「そんな!!」


セレナはそんなこととは思わず、驚愕の声を上げた。


「あなたは予測していたのよね? わたくし達が魔法を使ってくれとお願いすれば、代わりに自らの判断でロープを使って崖を降りると。あの崖は脆い。どんなにアメリアの身体能力が高いと言っても、ロープなしでは降りられません。それに、自らの判断なら、万が一わたくしたちが彼女にお願いしたと知れても、わたくしたちが咎められることはない。そして、崖から落ちるという恐怖体験をすれば、彼女は自ら学園を去るとでも思ったのでしょう。それはあまりに浅はかというものですよ、ロゼ」


今はこうして私自らロゼを正しているけれど、本来はエリザが考えた策略。


私もゲームをしていなければ、きっとロゼの思惑には気づかなかった。


実際、ゲームではエリゼの思惑が成功する。


アメリアは自ら崖を降りようとして転落し、大怪我をする。


講師たちの処置が早かったから助かったものの、本当に危なかった。


この事件を知ったクラウスが憤慨し、誰かに仕掛けられた罠ではないのかと調べ始め、切れ目の入ったロープとウサギの毛の入った檻、そして微かではあるが魔法の痕跡を見つける。


それによって、全てはエリザが仕組んだことだとばれるのだ。


そのことをクラウスがエリザ本人以外に話すことはなかったが、結局のところ、ウィリアムが彼女の身の危険を感じ、彼女を守ろうとして今まで以上に彼女の側にいるようになる。


夏の休暇も彼女を自分の別荘に呼び、住まわす。


こうなってしまえば、二人が恋仲になるのは時間の問題だった。


ウィリアムからアメリアを引き放すための作戦が裏目に出た結果となるのだ。


これは本当に最悪な結果だ。


恋仲になったと知った彼女が激怒し、アメリアへの苛めをエスカレートしていくのは目に見えてた。


その先にはエリザが攻略対象に殺されるという破滅の結末が待っているのだ。


だから私は止めたかった。


もし、私が行動に移さなくても、ロゼかセレナが近い行動に移す。


そうなるぐらいなら、私自身が動こうと決意したのだ。


このままこのゲームの思惑通りの未来にしてたまるか。


ずっと黙っていたロゼがやっと口を開いた。


「エリザ様はなぜ、わたくしの考えを全て予測できたのでしょうか?」


それは最もな質問だ。


しかし、本当の事を話すわけにはいかない。


「それは、あの日以来、あなたの様子が少しおかしかったからですわ。学末テストの後、あなたから何か危機感みたいなものを感じました。そう、もう自分ではコントロールできないような切迫したような焦りの様なものを。だから、止めなくてはと思ったのです。わたくしがあなたの最初に立てた作戦通りに事を運べば、最悪な結果を回避することが出来る。あなたは本気でアメリアを殺そうと思ったのですか?」


「まさか――」


ロゼは必死で顔を上げた。


そんなことだろうとは思っていた。


少し脅して、学園から去ってくれればいいとぐらいにしか思っていなかったのだろう。


「それでも運が悪ければ死んでいました」


「でも、アメリアには魔法が」


「確かに彼女なら魔法で最悪を回避できたかもしれません。しかし、とっさの事で魔法が使えなかった可能性もありましたし、彼女が彼女の意思で使わなかった可能性もあった。それにこんな杜撰な作戦ではいずれわたくしたちのやろうとした目論見などすぐにばれてしまう。そうすれば、余計わたくしたちの立場が危ういものとなっていたことが予測できなかったのですか?」


その言葉を聞いた瞬間、ロゼの目から涙が溢れ、泣きだした。


この世界は残酷だ。


私がやらないと決めたら、他の者に辻褄合わせをさせるだなんて。


アメリアの人生が予定通りに進めば他がどうなってもいいというのか。


私は今、この世界のシステムに怒りを感じている。


アメリアの危機は脱することは出来た。


しかし、ここは何もなかったで済まされる世界ではない。


あの時ほどではないが、何かアメリアにとって大きな衝撃的出来事が必要だったのだ。


そして、学園内で問題になるほどの事件が。


今まさに、アメリアの処遇について講師たちが話し合っているはずだ。


きっとサディアスはアメリアを守ろうと奮闘しているだろう。


でも、それでいい。


アメリアの停学処分ぐらいでこの危機で終わせられるのなら、私は多少の悪行ぐらいはやってのけよう。


だが、筋書通りの破滅ルートを受け入れてやる気はない。


そのためには明日の騒動は今後の運命の要となって来る。


この世界の流れを大きく揺るがすバグを、私は作ってやるのだ。

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