裏切り者
「実は、私が戦地に赴いている間にこの城を乗っ取り、再びこの岸和田藩を戦国の世へ変えようとしている者がいるのです」
長廣さんは、私に耳打ちをするようにそう言った。まるで、私たち以外には誰にも聞かれたくないかのように。しかし、おかしな話だ。それなら自慢の配下たちで城を防衛すれば……。
その時はっと、長廣さんの意図に私は気づいた。なるほど。
「…それが、自身の配下の中にいると?」
「…はい。忍に調べてもらったところ、そう言われました。しかし、まだ誰かまでは分からないのです」
そう言って長廣さんは俯いた。正座をする膝に置かれた拳をぎゅっと握る姿は、自分の配下たちを疑ったことを後ろめたく思っているようだ。仕方ない。ここは手伝ってやるしかない。
「引き受けるぜ、その依頼」「受けたんで!まかしとき!」
そう思った矢先、後ろで話を聞いていた颯と葵がそう言って微笑んだ。乗り気でいてくれてよかった。十分な気合で岸和田城の防衛に取り組めそうだ。
「勿論、引き受けます」
私がそう言って薄く笑いかけると、長廣さんは今にも泣きそうにありがとうと言ってくれた。そして、今回の要注意集団について知っている限りのことを教えてくれた。長かったので要約すると、「
そして問題なのは、この城の中に共犯者がいるということだ。茶々が血眼で詮索しても、存在しか判明せず誰なのかは謎に包まれたままらしい。うーん困った。
「そもそもの話、乗っ取りに来るって、どんな感じで来るんやろなぁ」
「そりゃ乗っ取るだから、皆殺しとかじゃないのか?」
「はやちゃん、それほんま?」
「多分そうだと思うけど、俺は」
だとしたらかなり防衛が難しそうだ。長廣さんの配下の人たちも全員助けてあげたい、しかし数が多く散らばっているため、守る範囲が相当大きい。ましてや、中に共犯者がいたら少なくとも三人は殺されてしまう。この大人数を、私たち三人で守り切れるかどうか…。というかなんか、葵の颯の呼び名ちょっと変わってる。
「せめてあと一人居れば…」
「あたしも手伝おか?」
「うわああ!」「ひえええ!」
私が独り言を漏らしたとき、天井から女の子の声が降ってきた。颯と葵の悲鳴が重なって、耳にきーんと来る。ちらりと天井を見上げると、しゅたっと天井から降りてきてくれた。
「噂をすればなんとやら、あたしは茶々どす」
艶やかな黒髪と若紫の垂れ目。装束は葵と同じようなものを纏う京美人がそこに立っていた。どうやら、この人が茶々というらしい。あの伊吹屋敷には方言を喋る人が多いみたいだ。
ふわふわとゆっくり喋るこの茶々という女性。一見するとただのほんわかした女の子のようだが、先刻の身のこなしからかなりの腕の持ち主ということがわかる。見た目で人を判断するべからずだな。
「茶々姉!ひさしぶりやん!」
「久しぶりやな。元気にしとった?」
「勿論やで!」
大人な雰囲気を漂わせる京美人な茶々。実は今年で齢25らしい。全く、そんな年に見えない。歳をくらますような美貌は、とてもすごいとしか言いようがなかった。
「律ちゃん、颯くん。初めまして、これからよろしゅうお願いね」
「うん。よろしく」
「よろしくお願いします」
茶々は愛嬌たっぷりににこっと微笑んで、優しく握手を交わしてくれた。よし、これで四人。岸和田城を「黒羽」から守り切れるかどうか。まあ、守り切るしか選択はない。
天守閣から見える岸和田藩の空は黒い曇り空で、ぽつぽつと雨が降り出してきていた。
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