お昼ご飯


「お腹減った…」

「そろそろ飯にしようぜ」

「うん。あの町にでも寄っていこう」

ある清々しい春の晴天の日、私たちはお昼休憩をするために、とあるご飯屋さんへと入った。久々にご飯屋さんを訪れて、少々私は浮足立つ。これまでずっと自炊して食べたりしていたからだ。

「律、ふらふらしてると迷惑かかるぞ」

「あんたに言われたくない」

どんなご飯が食べられるのか楽しみで、気持ちよくご飯屋さんへの道を歩いていたら、颯から一番言われたくないことを言われてしまった。さっきまでの気分が台無し。

ご飯屋さんの暖かさを感じさせる木製の戸をがらりと開けると、足を踏み入れる。いらっしゃい、と声をかけられて私は会釈した。

お店の中はおいしそうな匂いで満たされていて、それが刺激となって私の腹の虫を鳴かせた。あーもう我慢できない。

「すみません。きつねうどんください」

「俺は…親子丼で」

「はいよ。そこで座って待っててね」

優しそうなおばあちゃんが、入口近くの席を指さして調理場の奥に消えていった。私たちはおとなしく席に座り、ご飯が出来上がるのを待つ。

周りを見渡すと、この店はだいぶ繁盛しているらしく、客が大勢来ていた。ちょうどお昼時なのもあって、小さな店内は多くの客でごった返している。私はご飯ができるまで暇なので、壁にかかっている品書きを再度見返した。

「あ」

「ん?」

どうした?と言うように颯がこちらを見てくる。私は、壁にかかる品書きを指さした。

「三色団子…」

「ぶふっ」

三色団子は、昔師匠と初めて食べた甘味で、あれ以来食べていないがとても大好きなのだ。今ここにあるなら食べたいと思ったのだが、颯の反応が少し鼻についた。

「なによ、なにもおかしくないでしょ」

「いや。性格全然甘くないのに、甘味好きなんだなーっ痛った!」

「馬鹿」

座布団の上に座っている足を、思いっきり爪を立てて抓った。あまりの痛さに颯は畳を叩いて降参する。全く、つくづく生意気な奴だ。

本当に最初に出会った颯なのかと疑いたくなるくらい、感情を素直に表すようになった。私が颯になにか影響を与えたのだろうか、それとも環境か。どちらにせよ、生意気になったこと以外はかなりいいと思うし、私も少し嬉しい。

しかし、今はもう揶揄われたので三色団子を食べる気持ちにはなれない。なにか言われたらすぐやめてしまうのは、私の悪い癖だ。しかし、直そうにも相当な胆力がいる。今回はお預けにさせてもらおう。

「お待ちどうさま。召し上がれ」

そんな茶番をしていると、若い女性が親子丼ときつねうどんを持ってやってきた。ほかほかと湯気をあげている丼を見ると、なんだかどうでもよくなってきた。お腹もすいているし、早く食べよう。

私は素早く箸をとると、いただきますと手を合わせてうどんに手を付けた。箸で麺をつかみ上げると、いい香りが鼻をくすぐる。ふうふうと息を吹きかけてうどんを冷ますと、口に持っていきつるつると啜った。

「あちち」

「大丈夫かよ」

どうやら冷まし足りなかったみたいだ。ちょっと熱かった。熱さを我慢して咀嚼すると、もちもちした麺の食感とだしの味が熱さを緩和してくれた。うん、実においしい。

「あっつ」

「大丈夫?」

目の前で颯が、先刻の私と同じようなことを言った。いつもの整った顔がくしゃっと潰れる、とてもいい眺めだ。

颯はふうふうと冷ましてから、再びレンゲを口に運んだ。もぐもぐと咀嚼しながら徐々に頬を緩ませている彼は少し愛嬌がある。

「おいしいね」

「滅茶苦茶おいしい」

私が箸を止めて話しかけると、彼はふわりと嬉しそうに微笑んだ。こいつの笑った顔、ほんとに憎めないんだよね。そう思っていたら、自然に顔が緩んでいた。それに気づいたのは、颯が私の顔をみて少し驚いていたから。

しまった、と思って、私は慌てて油揚げを頬張った。なんだか、恥ずかしい。そんな素直になれない私に天罰が下ったのか、それとも注意不足か。

「あつっ」

「学べよ」

「うるさい」

若干涙目で颯を睨むと、彼はおかしそうにくっくっと腹を抱えて笑った。もう最悪。

私はやけくそになりながら、しっかり冷ました麺とスープを完食した。

店を出たときには、二人とも大満足の満腹。久々に満たされた気持ちになって、宿を探そうと町の道を歩き出した。その時、颯が私になにかを差し出した。

「これ、食べたかったんだろ。おばちゃんに言ったら持ち出していいって言われた」

「え」

颯が差しだしてきたのは、私が食べたいと言った三色団子。私が口出しされて頼むのをやめてしまったから、買ってきてくれたのだろう。

「ありがと」

「いえいえ」

この時ばかりは、彼の優しさに緩む頬を隠し切れなかった。

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