死別

柏尾一郎。彼はかつて、私と同じ時間を過ごした仲間であり、兄である人物だった。師匠の元で一緒に楽しく、修行をしながら生活していた。

陸奥で東京からの援軍を待つ間、清水谷さんから師匠の遺書を貰った。貰ったが、師匠が死んだなんて事実が全く認められなかったし、実感も湧かなかった。

嘘だよね。どうせどこかで生きてるんでしょ。師匠の事だし、またひょっこりやってくるはず。

そう思いながら、私は遺書をゆっくり開いた。



『律へ


お前がこれを読んでいる時、俺はもうこの世にいないだろう。戦時中だったが、一応用意してるんだぜ?これ。

お前と違って、俺はそこまで剣の才能は無い。だから、薄々いつ死ぬかも分かっていた。多分箱館戦争中には、死ぬだろうな。最期はかっこいい死に方ができたか、ちょっと心配だぜ。

恐らく俺を屠るのは、一郎だろう。律は知らんかもしれんが、あいつとは喧嘩別れだったんだよ。あいつもまだ若かったからな、親に反抗したくなる時期だったんだろう。ま、実の親じゃねえけどな。

だから、もし一郎が俺を殺したときには、お前が仇を取ってくれてもいい。別に取らなくたっていい。一郎の馬鹿野郎をぶん殴るかは、律が決めてくれ。お前が苦しまないように、任意にしてやったぞ。

お前は口悪いし、意地っ張りだ。それに天邪鬼。だけど、お前は誰よりも優しい。人一倍悩んでいるのを俺は知ってるからな。お前は自分の生きたい道を選んで、そこで生きろ。もう俺に合わせる必要はない、自由になっていいんだ。

もっと自分を大切にしろ、そして颯と幸せになれよ。


また来世で逢おう。律。


                           東         』



じんわりと、手紙の文字が一部滲んだ。視界がぼやけて何も見えない。読んだ文章を思い出す度心がずきりと痛んで、瞳から涙が溢れた。この遺書を読んで、嫌というほど思い知らされた。本当に師匠は、いなくなってしまったんだ。

もっと話しておけば、日頃から感謝していれば、もう少し私が素直だったら。彼とまだやってみたいこと、彼から学びたいことなんか沢山あったのに。最初からこの性格じゃなかったら、こんなに後悔することなんてなかったかもしれない。もう少し一緒に居たかった。ここで私の名前を呼んでくれるのは、師匠だけだったのに。

「置いていかないでよ…」

師匠が最後にくれた襟巻を抱きしめて、私は声を漏らした。置いて行かれることは、こんなに切なく、辛いものだったのだろうか。颯や葵に悪いことをしてしまったな。罪悪感や悲しさが入り混じって、私は子供のように泣きじゃくった。

こんな時に私の背中をさすってくれる人は、もういない。優しく抱きしめてくれる人もここにはいない。泣き崩れる私を一人にしてやろうと、清水谷さんは気を使って部屋を出て行った。私は部屋の壁にもたれかかって、小さく縮こまる。


ささやかな幸せだって、絶対に続くとは限らない。きっとこれは、今までさんざん人斬りをした私への罰だ。

自分たちの正義のために戦ったとはいえ、人を殺したことに変わりはない。家で待っている大勢の人を悲しませた罰なんだ。




***



「蒼鷹、立ち直れるか」

泣きはらした目の、ぼーっとした私が部屋から出てきたのを見て、清水谷さんは私にそう問うた。私は、彼の静かな瞳を見つめて小さく口を開いた。

「はい」

私がそう言うと、清水谷さんは私の手を固く握って鼻をすすった。そして私に顔を見せないように顔を背け、少し涙に濡れた声で言った。

「これからもよろしく頼む」

「仰せのままに」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る