沖田総司

「新撰組一番隊組長。沖田総司」

優しく言い放ったその声の中に、芯の通った強さがある。青年の顔を見た瞬間に私は悟った。彼の立ち姿からびりびりと肌を刺すような威圧を感じ、私は刀を少し握り直した。愛刀は大丈夫だよと言わんばかりに、月明かりをきらりと優しく反射する。おそらくこの沖田という男は、斎藤と並ぶくらいの強さのようだ。かなり警戒しなければ。

「新政府軍 遊撃隊隊長。律」

私はそう言い放つと、刀を肩に担ぐようにして構えた。彼はその言葉を聞くと、少しだけ表情を変えた。

「蒼鷹というのは、あなたの事ですか。斉藤さんと互角とは、舐めてかかったらいけませんね」

沖田は刀を自身の目の前に構え、ぴしっと姿勢を整える。私と彼の間に、見えない火花がちらちらと闇夜に咲いた。二人とも、相手の双眸をじっと見つめる。

「参る」

その一言と共に、私は地を蹴る。私のこの上段突進技は反応が少し遅れるが、この間合いを瞬く間に詰めることが出来る。初撃をこれにするのはいささか重い賭けになってしまうが、自分の力を信じるほかない。そう思いながら、私は蒼い閃光となって沖田に愛刀を振りかざした。

きん、と軽く受けられ、横にするりと受け流されてしまう。ここまでは想定内。私は素早く手首を返して、右下から斜めに先刻の剣筋を辿った。しかし間一髪で避けられてしまい、私の剣戟は沖田の羽織を小さく切った。その後すぐさま沖田が私を穿とうと、刀を突きだす。それを私は後ろに思いっきり跳んで避け、次の攻撃へと繋ぐ。私は彼の茶色の双眸を見据えた。間合いを詰めるため、ぴょんと宙に飛び上がる。くるりと宙返りをしてから、刀を素早く沖田へ振り下ろした。なるべく重心を下へ、早く刀を振り抜く。流石にこの速さは受けきれなかったのだろう、相殺しきれなかった力に刀を弾かれ、私の愛刀が沖田の肩に浅い傷をつける。私はそのままもう一度宙返りをして、彼の後ろ側に着地。後ろから少しだけ呻き声が聞こえた。しかし彼に休む間を与えず、私は姿勢を低くして再び突進する。蛇のようにうねる踏み込み、右往左往と踊るように間合いを詰める私に沖田は困惑している。彼の目が焦って泳ぎ始めた時、私は思いっきり跳躍して愛刀を水平に振った。

手ごたえがあり、彼の胸辺りに真一文字の赤い染みが出来た。しかし沖田は、あらかじめ構えていた刀を突いて、私の腹を穿つ。うまいところに刀が入ったようで、私の躰に電撃のような激痛が走った。今のは躱しきれなかった、とんでもない突きの速さ。次から警戒せねばならない。

痛みに耐えつつ、私はまだ空中に浮いたままの刀に力を込め、渾身の力を込めて回転斬りを放った。私の渾身の一撃は沖田の躰を斬り裂き、大きな手ごたえが肩を突き抜ける。力を使い果たした私は地面に転がって、少し間合いを取った。沖田も、刀を突き立ててはあはあと荒い息をしている。

「沖田君。すまない」

「いいんですよ、斎藤さん。無事でよかったです」

大怪我を負った沖田に、同じく大怪我を負った斉藤が駆け寄った。すまないと謝りながら、背中をさする斉藤。彼らの様子を見ていたら、なんだか私が悪者みたいだ。そう思うと同時に、私の名前を呼んでくれる仲間が恋しくなった。私はゆっくり立ち上がって、刀を納刀する。そして、お互いに顔を見合わせて笑う彼らをじっと見つめていた。まだ決着はついていないが、今回は諦めよう。彼らの笑顔を血で汚す覚悟は、今はできなかった。

「律さん、を付けないんですか?」

後ろを向いて私が歩き出すと、沖田が背後から声を掛けてきた。その声を耳にして、私は歩みを止める。振り返ると、お互いぼろぼろになって肩を組んだ斉藤と沖田がこちらを見ていた。

「つけないよ。今は覚悟が足りてない」

私は俯いた。颯や葵が恋しくなって、なんともいえない哀愁を感じているせいか、暗く落ち込んだ気持ちになった。心にぽっかり穴が開いたような、そんな気持ち。はやく師匠に会いたい。手当てしてもらわなきゃ。

「では、また逢いましょう。私は、貴女あなたを好きになりましたよ」

「ふうん。そっか」

「俺も、お前の事は好きだ」

「助平野郎」

なぜか二人して、敵方であるはずの私に微笑みかけた。沖田はとても愛らしかったが、斎藤はちょっと不敵な笑みだった。どうしてだろう、彼らは敵とはなかなか思えない。そう思いながら、私は暗闇のなか歩みを進めた。

野営地が見えてきたところで、私は一つの考えにたどり着いた。敵といえど、私たちは互いに尊敬しあえているのかもしれない。私は斉藤に命を救われたし、沖田の斉藤を守る姿勢に心が動かなかった訳ではない。そうか、私たちって尊敬していたのか。そして彼らも、敵である私の姿勢を認めてくれている。正々堂々と真正面からぶつかれるのはそのお陰なのかもしれない。

なんだかすっきりとした胸で野営地へ戻ると、隊士が一人血相を変えて私の元へ走ってきた。

「隊長!緊急事態です、箱根府軍がやられてしまいました!」

「…そう、分かった。清水谷公考しみずだに きんなるさんはどこ?」

「あちらに居ます!」

「ありがとう」

私は今回の箱館戦争の司令官、清水谷さんの元へ急いだ。まさか、幕府軍より経路を先回りして待ち伏せていたのに、負けるなんてことがあるのか。私が清水谷さんの元へ駆け寄ると、彼は焦りの色が浮かんだ目をこちらに向けた。

「蒼鷹!無事か」

「動けますが、腹に深手を負ってしまいました」

「新撰組と交戦したのか。しかし無事でよかった」

「ありがとうございます」

私は彼の足元に素早く跪き、報告と感謝の言葉を述べた。

「箱根府軍が撃破されたと聞きました。如何いたしましょう」

「…ここは放棄する。一旦、陸奥(現在の青森県)へ退却しよう」

「御意」



***



逃げるための船へ乗り込み、陸奥へ向かっている途中。私は異変に気付いた。先刻から師匠の姿が見えないし、いつもどこからともなく現れて喋りかけてくるはずが来ない。一体どうしたというのか、私は師匠と同じ隊に居た隊士に問うた。彼らは新撰組の土方の率いる軍に遭遇したらしく、敗走してしまったそうだ。

「師匠は、今どこにいるの?」

「東さんは……、僕たちを守るために盾になって、戦死しました」

その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。私の表情が変わったのを見て、その隊士は今にも泣きそうな顔をする。泣きながら逃げたのだろう、彼の目は赤く腫れていた。

「新撰組の、柏尾一郎に殺されました」

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