岸和田城攻防
新たな旅仲間と
受けていた依頼も完了したので、傷を完治させた後に私たちは仕切り直して大阪を目指すことにした。しかし大河さんのお屋敷を出ていく際、葵が付いていくと言って聞かなかったので、旅仲間に葵も加わることとなった。これまた随分にぎやかになりそうだ。
別れ際に大河さんに、持って行ってくれと脇差を頂いた。これは旅路に使えそうだ、ありがたい。
江戸に生まれて今を生きている私だが、江戸時代では戦闘は数えるほどしかしていない。なぜなら、ほとんど師匠のところで修業をしていたからだ。
そんなこともあって、久々に師匠と会って昔話がしたい。今は守らねばならないひよこも増えたし、護身術も合わせて教えてもらおう。
「だんだん暑なってきたなあ~」
「そうだね」
隣を歩く葵が、そう言って汗ばんだ肌を手拭いで拭いた。伊吹屋敷を発ってからすでに一週間が経過し、季節は夏に変わりかけている。このごろ夜も薄い毛布でいいくらいになってきた。
「旅って意外と疲れるんやな」
「まあね。ずっと歩いてるし」
二人で会話しながら、太陽がさんさんと輝く日の元を大阪に向かって足を運ぶ。私ももう一つの隣を歩く颯は、疲労と喉の渇きで無言になっている。ちょっとかわいそうだったので、私は自分の水筒を無言で彼に押し付けた。
「えっ、半分だけ?」
「全部いいよ。喉乾いてるんでしょ」
「ありがたき幸せ…」
先刻、山肌に滝があるのを見たので、おそらく川が近くにあると考えた。だから、こいつが全部飲み干したとしても、川でまた汲めるだろう。そんな思考はドンピシャで当たり、夕暮れになるころには大きな川の傍に着いた。今日はここで野営しよう。
「颯!魚おんで!とってきーや!」
「やだよあんな深いところ。お前が行ってこいよ」
「ええ~。お魚食べれると思ったのに~」
なんだかやいやい言っている。そんなに魚が食べたいのかな、まあ最近食べてないし捕ってこようかな。そう思いながら、切り火で器用に火を起こすと、火が消えないようにふうふうと細く息を吹きかける。やがて火がぽっと上がり、私はその辺に落ちている枯れ葉や杉の葉を焚火に投下した。これがよく燃えてくれるのだ。
ふうと額の汗をひと拭いして、もらった脇差で魚を刺す棒を作る。まだ夕方と言っても日は沈んでいないので、手元が見えるうちにやっておこう。
落ちている枝を拾って、塵をぱっぱと払ってから脇差で削りだす。ほんとはこんな用途のために渡してくれたんじゃないと思うけど、使えるものは使っておこう。丁度三本出来たので、脇に置いておいて、私は着物の袖をたくし上げた。夕日が見える前に魚を捕っておかないと。
「よいしょ」
袴は脱いで丁寧に畳む。着物もある程度脱いで、
ばしゃばしゃと川の中に入り、川底をじっと見つめる。揺らめく水面のせいで見えにくいが、魚が五匹ほど大ぶりなものが泳いでいる。鮎か、おいしそうだな。
「さてさて今日の晩飯だ」
そんなことを一人呟きながら、気配を気取られないようにじっとする。魚が気を抜いて近寄ってきたところを私はとっ捕まえた。
ばしゃっ!と盛大な水しぶきが上がり、私の手には三匹の鮎がぴちぴちを暴れていた。鮎のお命頂戴してから、背骨を波打つように作った串を刺していく。そして荷物の箱の中からこの間補充した塩を取り出して鮎に振りかけた。焚火の近くの地面に串を刺して、これで完了だ。
「あららら、律ちゃん!えらい無防備なかっこしてどないしたん?!」
「魚、今焼いてるよ」
「それはありがとう…ってあかへん!もしかして川入るために脱いだんか!」
「え、うん?そうだけど」
なんだか慌てふためく葵。そうか、颯にこの姿を見られることを気にしてるのか。そう思えばそうだった、早く着替えないと。なんだか颯の存在を忘れているみたいになってしまった、ごめん颯。しかし、少し申し訳なく思ったその感情は、すぐに消えていった。
振り返ると颯がこっちを見たまま棒きれのように突っ立っていた。
ふつふつと体の中に熱気が満ちていくような、そんな感覚。よっぽど怖い顔をしてしまったのか、颯がばひゅっと音が鳴りそうなくらいの勢いで後ろを向いた。
「ご、ごめん律!見るつもりじゃ!」
「…いいよ」
震える声で弁解しようとした彼の言葉を遮る。まあ元は私が悪い。ここで彼を怒鳴りつけたとしてもお門違いだ。でも無防備な姿を見せてしまった自分に、見られてしまったという事実に、私は頬を赤く染めるのを止められない。だけど、こう呟かずにはいられなかった。
「助平」
ぺたりと川岸に腰を下ろして、知らんぷりをしながら焚火の火を見つめる。葵がわたわたしながら私の濡れた体を拭いてくれて、脱いだ着物と袴を持ってきてくれた。
しばらく颯はその場で固まっていたが、どしゃっと後ろ向きにぶっ倒れた。なんでだ…。終始葵は慌てっぱなし、わたわたしっぱなしで、その次の日は少しだけ気まずかった。
颯が撃沈した理由が、律はともかく葵にバレるのは時間の問題だ。
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