天邪鬼
がたっという障子になにかが当たる音で、私たちはぱっと離れた。慌てて後ろの障子を振り返ると、橙色と鳶色の瞳がこちらを覗いている。全く、忍は気配を消すのが上手くて感心する。
「なに見てるの」
「あっえっとこれには訳があんねん…」
「そ、そうだな」
私がむすっと二人を軽く睨むと、障子をぱたんと閉じて二人は言い訳で取り繕おうとした。何と言おうと、盗み見ていたのは事実。
暫くして観念したのか、障子が開いて葵と大河さんが部屋に入ってきた。二人ともやってしまった、という顔をしている。親子そろって面白い顔。
「別にいいけどね。今回は」
「いいのかよ…」
私がそう言って二人を許すと、二人ともほっとした顔つきになった。傍で颯がなにか呟いたが気にしない。落ち着きを取り戻したかと思うと、葵は私と颯に向かって急に騒ぎ始めた。
「律ちゃんおめでとう!!いいやん二人お似合いやで~!!」
そういうなり颯の背中をばしばしと叩く。そのたびに結構いい音が鳴った。大河さんも、その様子を見て近くで微笑んでいる。とても嬉しそうだ、そんなに私たちのことを気にかけてくれていたのか。そう思うと、私も少し頬を緩ませた。
そして、返答を分かっていながらも颯に質問を投げかける。まあ気になることでもあったから結果オーライと言ったところだ。
「いいの?颯。私は人殺しだよ」
私は彼の漆黒の瞳をまっすぐ見つめた。心に寄り添って問いかけるように。そんな私の頭を優しくなでて、彼は微笑みながら口を開いた。
「どんな律でも、愛してる」
最初の頃からは想像できない、最上級の愛情をたたえた表情で私の瞳を見つめた。ああ、もう心配はいらない。この人なら、私をどこまでも愛してくれる。
「ふうん。てか頭撫でないで」
「だめ?」
「だめ」
頭に乗せられた手を振り払うと、颯はちょっと残念そうな顔をした。ごめん、私はそんなに堂々と甘えられる人でもないし、気の利いた立ち回りができるほど優しくない。でもこれだけは言っておきたい。
私は颯の耳に口を近づけると、優しく囁いた。
「私の「嫌い」は「大好き」、「馬鹿」は「嬉しい」だから…素直じゃなくてごめん」
最大限の勇気を振り絞って、彼に伝えた。きっとこれで颯も分かってくれるはず、というかもう気づいてるのかもしれない。私の悪い癖だけど、きっと許してくれる。
瞳を彼の方に泳がせると、颯は呆れたように笑った。
「要するに、天邪鬼ってことだろ。大丈夫、最初から知ってる」
「馬鹿」
「はいはい」
だめだ、とても嬉しい。火照った頬を隠そうと、私は俯いて下ろした髪を手でいじった。その時、葵と大河さんのくすくすという笑い声が聞こえてきて、はっと二人の方を向いた。
「うちらがおっても仲良しやな~。今夜は部屋の周りにだーれもおらんようにするわ、なんぼ騒いでもバレへんようにな!」
にしし、と葵が悪戯っぽく笑うと、颯は取り乱したように口を開いた。
「余計なお世話だ!」
「なんの話?」
私が聞いても、みんな人差し指を唇の前で立てるだけでなにも教えてくれない。なんか私だけ知らないことでもあるのかな、でもまあいいか。話したくないことなのかな。そうして、葵と大河さんは部屋をにこにこしながら出て行った。そろそろ夜も遅いし、寝ようかな。
広げてあった敷布団は一枚しかない。私はけが人だし、颯は畳で寝てもらおうかな。
「一緒に寝ようぜ」
「…いやだ」
「なんでだよ」
「蹴ってきそう」
「偏見すぎだろ…」
私が布団に入ると、問答無用で颯も入ってきた。体中痛いのに、蹴られたら絶対痛いじゃん、嫌だな。煙たがるような目で彼を軽く睨むと、彼は大丈夫大丈夫と得意げに頷いた。その自信、どこからくるんだろ。
「…おやすみ」
「早くない?」
「体痛いの」
「そういえばそうか、じゃあおやすみ」
私は颯に背を向け、目を閉じて睡魔を待った。しかし睡魔がやってくる前に、後ろから颯の手が腹辺りに回される。そして、ぎゅっと抱きしめられた。
「助平」
「いいだろ、別に」
「…蹴ったら殴るからね」
「怖っ」
いつかしたような会話を口にして、私たちは微睡みの中に落ちていく。春のやわらかで暖かい風が、私の頬を優しくなでた。庭の、八重桜の匂いがした。
「律の甘え期一瞬で終わった…」
「なにそれ」
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