新天地、大阪へ
「あ、あれちゃう?!おっきい街やなあ~」
「ようやくか~長かったな~」
「ほら二人とも。まだ歩くから気抜かないで」
忍の伊吹屋敷を出てから三週間が経過。ようやく大阪の街…正しくは岸和田藩が見えてきた。この旅の間に季節はすっかり夏へと変化し、少し歩くだけで汗をかくような暑さ。そして颯の水分摂取量は化け物のように増えていく。
「さあ、師匠はいるかな」
期待に少し胸を膨らませながら、歩みを少し早めた。久々に会えるかな、師匠。まあ、居ないかもしれないんだけれど。
***
街に入ると、多くの人で店や通りはにぎわっていた。まるで、冬弥たちと楽しく過ごした京都の町のようだ。
大きな街には士族も居るので、私は自分の刀を前の髪紐でしっかり結んでおいた。刀を差しているものはよく話を聞かれたり、犯罪の濡れ衣を着せられたりするからだ。颯は一応、伊吹さんから護身用の人が斬れない刀をもらっているが、斬れないのでなにもしなくても大丈夫。
しかし、10歳の時に東さんを訪ねて、17で出ていったから…実に2年ぶりということになる。2年前は30後半くらいだったから、今は40くらいになっているだろうか。わくわくと通りを進んでいると、とある士族に声をかけられた。
「すいませんお嬢さん。≪律≫という名前に聞き覚えはありませんか?」
「ありますけど、それが何か」
「実は人探しをしていまして、≪律≫という名前の少女の行方を秘密裏に追っているのです」
秘密裏って言ってたな、一体どういうことだろう。
私は一か八かで話しかけてきた優しそうな士族に、正体をばらすことにした。
「多分それ、私だと思います」
「えっ…?え、あ、そうなんですか?!」
大きなリアクションでわたわたと慌てる士族を見て、私たちはぶふっと吹き出してしまった。その様子をみて、士族は恥ずかしそうに頭を掻くと、お偉いさんのところへ案内すると言った。どうやらお偉いさん直々にお話があるらしい。
最近勃発した、新政府側と幕府側の武力衝突に巻き込まれろというのなら御免だ。参加しなければ無駄な人斬りをしなくて済む。
そう思いながら、私たちはその士族にてくてくついていった。
「失礼します。例の少女を連れてきました」
士族の人が大きなお城に入り、いかにも偉い人がいそうな襖に呼びかけた。やっぱり警備はちゃんとしているけど、昔と風景はあまり変わっていない。二年前と変化があまり見られない故郷を見ると、なんだか少し安心した。すると、入りたまえ、という優しそうな声が襖の奥から聞こえて、伊吹屋敷のような豪奢な襖が開かれた。部屋に入ると、畳に胡坐をかいて座ったお偉いさんっぽい人いて、私たちににっこりと微笑みかけた。
「初めまして。私はこの岸和田藩を治めている、
「さすらいの律。鳥羽伏見の戦いに参戦しろってことだったらお断りだよ」
私が冷たくそう言い放つと、長廣さんはとんでもないと首を振った。大体、なんで藩主がここに居るんだ、戦争に参加しているはずなのに。
訝しげな私たちの目線に気づいたのか、長廣さんは口を開いた。
「貴女にどうしても頼みたいことがあって、戦地から岸和田城へと戻ってきたんです」
「ふうん。聞くだけ聞こうか」
私がそう言うと、長廣さんはほっとしたような顔つきになった。
「私が留守の間、この城を賊などから守って頂きたいのです」
「報酬は?」
「お金もお渡しします。困りごとなどありましたら、いつでも私を頼ってもいいようにします」
結構うまい話だ。一体どうしてそんなに賊を恐れているのか。この話にはなにか裏がありそうな気がする。まずはそれを問い詰めてから依頼を受けるか受けないか決めよう。
「まずは、詳しく聞かせて」
「分かりました」
慶応4年7月。鳥羽伏見の戦いの裏で、大きな戦いが始まろうとしていた。
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