奪還
気合と気合、刀と刀がぶつかり合い、凄まじい烈風を巻き起こした。両腕と両足を括られている私は、顔を覆いかくすことが出来ずに目をぎゅっと瞑った。鼻を刺激する鉄のはじける匂い。目を開くと、そこでは激戦が始まっていた。
颯が突進するようにガガチの間合いに飛び込み、刀を突きの姿勢に持っていく。対するガガチもそれに対応するべく刀を構える。がきぃんと火花を散らして、二人は後方へ思いっきり跳んだ。まさに鍔迫り合い。二人とも一歩も踏み込めず、一歩も踏み込ませない。
「これならどうかしら‼」
鍔迫り合いに飽きたガガチが、無数の毒針を颯に向かって投げつける。ひゅんと鋭い音が風を斬り、針は灯りに照らされきらりと煌めいた。私はしまったと思い、颯とガガチの間に割り込もうとしたが、その必要はなかった。颯は自分の襟巻を使って毒針を絡めとり、遠くの畳へぽいと投げた。見事にすべて毒針は襟巻に収まり、私はほっと安堵のため息を漏らした。
「小賢しい真似を…」
「戦いにズルもなにもねえよ」
とんと畳を蹴り、颯は空中へふわりと浮かび上がった。そしてくるりと空中で体勢を整えると、思いっきり刀を振り下ろす。ガガチはそれをしゃがんで刀で受けた。ぐっとガガチが刀を持ち上げ、青年にしては少し軽い颯の躰が吹き飛ぶ。畳に背中をしたたかに打ち付け、呻き声を漏らす颯にガガチは刀を振るった。ざくっという音がして、頑張っても受けきれなかった剣戟に颯が躰を裂かれる。赤い鮮血が畳に飛び散り、華を咲かせた。しかし素早く体勢を立て直すと、颯は自身の血で濡れたガガチの刀に刀を打ち付けた。よくわかったじゃん、颯。私が心の中でそう呟くと当時に、ガガチの刀に細い亀裂が広がり、ぱきんと弱弱しい音と共に砕け散った。
その隙を逃さず、颯はガガチに切り込んでいく。ばさりと肉の斬れる音が耳に届き、ガガチの腹から鮮血が流れ出る。赤黒い血はみるみる露出した彼女の肌を色づけていき、赤黒く染まった膝は畳にどさりと落ちた。
うずくまっているガガチをほっておいて、颯は私の元へ駆けてきた。脇に刀を置き、私の両腕と両足の動きを封じている縄をしゅるしゅるとほどく。縄で縛られていた手首や足首は、すこしだけ赤く変色していた。
「律。もう大丈夫だ」
「ありがと、颯」
私は安堵で涙がこぼれそうになるのをこらえて、颯の漆黒の瞳を見つめた。ゆらゆらと心配を抱えて揺れる濡羽色の瞳を細めると、彼は優しく微笑んだ。ああ、よかった。来てくれなかったらどうしようかと思った。そんな素直で幼稚な言葉は、涙と一緒に呑み込んだ。
その時、ざりっという音がして、颯の背後でガガチが立ち上がっていた。刀を手にして、視線が定まらない瞳孔を畳に向けている。人間はみな、死に際に立たされた時に驚異の力を発揮する。特に、戦闘が好きな狂人などは、気を付けなければならない。
「ふふ、そう。そんなにわてが嫌いなのね…」
「そうだけど」
「やっぱり、捕まえられないものを手に入れようとする時って、とっても燃える…」
嬉しそうに甲高く笑いながら、ガガチは私たちのほうへ向き直った。乱れた長い髪から覗く物の怪のような瞳は、先刻とはまったくもって別人のものだった。
「颯。こいつは私が片づける」
「……っ俺も、手伝うぜ!」
いつもみたいに、「わかった」と言わなかった颯を振り向く。彼の瞳には、なにかのゆるぎない決意の炎が燃えていた。そんな表情に押されて、私は承諾する。
「分かった。足引っ張ったら許さないから」
「了解!」
私は壁に飾られている刀をひっつかむ。先ほどとはかけ離れた獣のような動きをするガガチに向かって、私たちは刀を構えた。目くばせで合図をして、一斉に私たちは畳を蹴った。一番先に間合いに入ってきた私を、ガガチは折れた刀で薙ぎ払おうとする。うねうねと蛇のように曲がる剣戟が私の胴を真っ二つにしようとするが、私は愛刀で攻撃を受ける。勢いに吹き飛ばされそうになるが、両足で畳を踏みしめて耐える。そして、岩のように重い刀を力を振り絞ってはじき返した。大きく体勢が崩れたガガチの手から、折れた刀を颯がぱんと弾いて取り落とさせた。
それでも尚こちらに丸腰で立ち向かってくるので、私は足元をだんと踏み込む。途端に畳が一部ひっくり返って、ガガチの視界をふさいだ。そして私は、その畳ごと刀で真っ二つに斬り伏せた。
ざくっという深い手ごたえが手首から肩を突き抜ける。血の波がひっくり返した畳に押し寄せ、赤く染まった畳はぱたりと倒れた。そしてその上に折り重なるように、肩から袈裟切りになったガガチが倒れる。
「…っ、くや、し……く、そが…き」
悔し気に声を振り絞ってガガチが呟く。恨みがましいような色を浮かべる蛇のような瞳孔は、すぐに色あせて光を失った。部屋中に充満する血の生々しい匂いに、颯が口元を押さえて刀を取り落とした。からんと刀が落ちる音が部屋の空気を揺らし、静けさを破る。私は、えずく颯の背を優しく、収まるまでずっとさすっていた。
***
「ただいま」
「…っ、律ちゃん!」「りっちゃん…!」
岸和田城へ戻ると、城の門の傍で茶々と葵が腰かけていた。すぐに帰ってきた私に気づくと、葵は橙色の瞳に涙をあふれさせて抱き着いてきた。茶々も、後ろで鼻をすすっている。
「律ちゃんが、おらへんようになったらどうしようってずっと……っうわああぁ」
今回はいつも以上に大号泣している。そんなに心配してくれていたのか。葵が私の胸に顔をうずめて声を上げて泣いているのを見ると、私も目頭が熱くなってきた。子供のように泣きじゃくる一つ年上の彼女を、私は優しく抱きしめた。ありがとう、葵。私の心配をしてくれてありがとう。
「ありがとう、葵」
葵を抱きしめながら、私は耳元で精いっぱいの気持ちを込めて言った。その言葉に応えるように、葵も私の背中に回す手の力を少しだけ強めた。腕と足を封じられていた縄よりも、あたたかくて優しい。ガガチが私に触れた手よりも、愛しくて尊い。仲間から愛されることも自ら愛すことも、なんて嬉しいことなんだろう。
少しづつ落ち着きを取り戻した葵から腕を離し、薄く微笑みかける。頑張ってみたけどまだ薄くしかできない。そんなぎこちない笑みだけど、葵は泣きはらした目でにっこり微笑み返してくれた。
この先どんなことがあったって、葵や颯の笑顔だけは絶対に守る。
そう、再び心に刻んだ夕刻であった。
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