尋ね人


そのあと、城の中で気絶していた奴らを全員士族に引き渡して、いろいろ片づけを済ませた。その日の夜は、葵と颯はともかく、茶々まで私と一緒に寝ると言い出した。そんなに寂しかったのかと聞くと、皆そろえて首を縦に振ったので照れずにはいられない。少々の気恥ずかしさを感じながら、皆同じ部屋でぎゅうぎゅうになって眠る。私の隣には茶々と葵がいて、颯は一人だけ少し離れたところに布団を広げた。ごめんと謝ると、別にいいよと言いつつ揶揄ってきたので脇腹をつねってやった。

「りっちゃん、おやすみ」

「律ちゃんおやすみ~」

「おやすみ」

葵と茶々はそういうなり、しばらくしたら穏やかな寝息を立て始めた。長い激闘が体に応えたのだろう。長い時間戦わせてごめん、今日はしっかり休んでね。そう心の中で彼女たちに話しかけて、私も寝付こうとした。しかし、なかなか瞼は重くならず、瞳は冴えたままだ。どうやったら寝れるだろう。

障子の隙間から零れる月明かりが、畳に光の道を落としている。夏の爽やかな夜の風に乗って、ころころりーと草陰で鳴く虫の声が耳に届く。私がぼーっとその虫の音に聞き入っていると、ばさりと布団の中で誰かが動く音が聞こえた。

「律」

「なに?」

「そっち行きたい」

「……別にいいけど」

「分かった」

明るい月明かりのおかげで少し明るい部屋を、颯が移動する足音が聞こえる。瞼を閉じたまま布団に横たわっていると、颯が隣に潜り込んできた。よいしょと小さな声で呟いて、私のすぐ隣に横たわる。颯は天井を見上げて仰向けに寝転ぶと、ふうとため息のような息を吐いた。私が顔を颯の方へ向けると、颯は天井を見上げたまま私の手を優しく握った。私の頬はほんの少しだけ火照って、体に熱を含ませる。私は指を少し動かして、颯の人差し指をきゅっと握りかえした。ふっと隣で少し息をのむ音が聞こえて、颯がこちらを向いた。目だけ動かしてちらりと見ると、嬉しそうな、驚いたような顔をして微笑んでいる。そういう顔は、ずるい。

「馬鹿」

「はいはい」

私はふいっと顔を背けて、火照った顔を隠そうとした。けれど、颯にはもうバレバレだろう。彼だけ余裕があって、私にはあまりないのが結構悔しい。しばらくそのまま手を握られていると、颯が静かに口を開いた。

「律、俺のこと好き?」

「うん」

「じゃあさ、」

「ん?」

意味ありげに切った颯の言葉が、部屋の静かな空気を揺らす。外の風と虫の音が、さわさわと涼し気な音を立てた。颯は私の腰を足ではさむようにして、四つん這いに私の躰に跨ると、右手で私の横髪をさらりと耳にかけた。くっついてるわけでもなく、そんなに遠いわけじゃない微妙な距離に、私の心がゆらゆら揺れる。夜の暑さも、彼と近づいているせいの熱も相まって、私の頬は先刻とは比べ物にならないくらい熱く熱を帯びた。月明かりが、颯の顔の輪郭を強調する。

「俺と、夫婦めおとにならないか?」

低く、優しい声で颯がそう囁いた。彼の顔がらしくもなく火照っているのを見て、私は余計に頬が熱くなった。夫婦、たしかに彼は私にそう言った。

「ほんとに」

「本当」

「私のこと、貰ってくれるの?」

「貰わせてほしい」

嬉しさに脳が陶酔して、颯の言葉が信じられない。まるで夢のような、もしかしたら夢なのかもしれない。緊張で私が躰を震わせていると、愛しむように颯が優しく頬に触れてきた。伏せた睫毛を持ち上げると、悪戯っぽい笑みを浮かべて私を見つめる颯の顔。彼と、夫婦になりたくないわけがない。

「いいよ…」

「え?」

「だから、いいよ」

「え?」

「馬鹿」

ぽつりとつぶやくように言ったのがいけなかったのか、颯はなかなか聞き取ってくれなかった。ちゃんと二回目は繰り返して言ったのに、まだ聞き返す。恥ずかしいからもう答えたくない。ぷいと顔を横に向けると、颯が笑いながら謝ってきた。

「ごめん、律。ちょっとした悪戯」

「馬鹿」

「ごめんな」

「別に、いいよ。怒ってない」

私がそう言うと、怒ってるじゃん、と笑いながら颯は言った。揶揄われてちょっと悔しい気持ちにはなったが、別に悪くはない…かもしれない。私が軽くむっと睨みつけていると、颯が頭をぽんぽんと撫でた。

「頭撫でないで」

「だめ?」

「だめ」

私は体の向きを変えて、寝る姿勢に入った。なんだかちょっとだけ瞼が重くなってきた気がする。耳元で、颯の息遣いが聞こえた。

「おやすみ、律」

「ん…」

低く優しい声が、私を微睡みのなかへ沈めていった。



***


「なんで此処で寝てんの!」

「痛ったあ~…」

翌朝目覚めると、颯がすぐ隣…というか同じ布団に入ってきて寝ていた。昨夜に夫婦めおとの話をして、寝たところまでは覚えている。しかし、ここで一緒に寝ていいなんて私一言も言ってない!

ばしっと颯を叩くと、寝起きの彼が呻いた。その後も枕でばしばし叩いていると、颯ががばっと起き上がって来た。

「やったな~、それ!」

「うわっ」

布団にがばっと押し倒され、颯が私の上を跨るような形で四つん這いになっている。この光景に、昨夜のあの気恥ずかしかった空気を思い出してぶわっと体が熱くなった。すると、颯が口を開いた。

「くすぐりの刑」

「あっ、——っ、あう…!!」

「へへ、どうだ」

「馬鹿!」

「ぐえっ」

私ははあはあと息を切らしながら、颯に向かって枕を思いっきり投げ当てた。蛙がつぶれたような声を上げて、どさっと倒れる。ふん、いい気味だ。

私がぷいっとそっぽを向いたとき、後ろからくすくすという笑い声が聞こえてきた。はっと振り返ると、茶々が母親のような目でこちらを見ていた。葵はにししと悪戯っぽい笑みを浮かべている。私は頬が少し熱くなるのを感じた。

「二人はほんまに仲良しやな」

「ま、まあ」

「律ちゃん、照れてるとこもめんこいなぁ~」

そう言うなり葵は私の頭をなでなでと優しく撫でてきた。私がそのままじっとしていると、うつぶせになった颯が恨めしそうな目でこちらを見てきた。気にしない気にしない。けど、起きていきなり叩いたのは悪かったかな。流石に理不尽だよね。

「颯、叩いてごめん」

「えっ…いいよ?」

「ありがと」

私が謝ると、颯はそぞろ笑みを浮かべる。その笑みを見て、私は颯がちゃんとなにもかも分かってくれていることを知ってほっと安心した。素直じゃないこの性格、早く直さなきゃな。



***



その日の昼、私たちは昨晩の城の片付けの続きをした。割れた床やバラバラになった襖、汚れた畳や障子など、ありとあらゆるものを取り替えたり修理したりした。岸和田城に住む長廣さんの部下さんたちも、率先して手伝ってくれて片付けは素早く進んでいった。

そして、夕刻頃。私が障子を張り替えていると、葵が私を呼びに来た。

「律ちゃん!なんか、律ちゃんのこと訪ねてきた男の人がおんで!」

「…!葵、今その人どこにいる?」

「城の門の前で待たしとる!うちがそっちやるから行ってきーな」

「うん。ありがとう」

私は念のため、愛刀を手にして城の門へと駆けて行った。草履を履いて外へ飛び出し、城の入り口の前にある階段を一気に駆け降りる。門に近づいていくと、人並みの背の高さの男が立っていた。藍の着流しを身にまとい、短い髪のその男には見覚えがあった。

「よお、律。元気でやっとったか?随分でかくなったな」

その男は、私が傍へ近づくと明るく話しかけてきた。不敵に笑うその生意気な笑みも、無精ひげの生えた顎も、鷹のように鋭く光る眼光も私は知っている。私は彼に微笑み返すと、口を開いた。

「二年ぶりだね。師匠」

私がそう言うと、東師匠はふっと再度頬を緩ませた。

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