また逢う日まで
幕末となったこの世に存在する維新志士と新選組の戦い。それを、戊辰戦争と言う。そして維新志士に協力しろというのは、新政府側を支持するということ。新選組のような旧幕府軍と戦わなければならない。勿論、柏尾兄のいる新選組と。
ここで少しだけ何かが引っかかる。師匠は維新志士のはずなのに、どうしていま岸和田藩なんかに居るのだろうか。少しだけ足元に目線を泳がせ、私はため息をついた。
「全く。岸和田の人は、私のために足を運んでくれる人が多いね」
「すまんな。どうしてもの頼み事なんだ」
そう言ってらしくもなく頭を下げる師匠に、私は事の重大さを思い知った。長廣さんのように、わざわざ私を誘うためにやってきたのだろう。私は俯いて少しだけ思考を巡らせる。颯や葵は連れていけない、じゃあ私だけが出ていくしかないのか。二人に危ないことをさせられないし、絶対に守ると決めたのだ。たとえ私が隣にいられなくなっても。
「……分かった」
***
その夜、私は颯の寝床へ忍び寄った。昨日はたまたま一緒に寝ていただけで、元々は別々の部屋で寝ていたのだ。部屋の中ではまだ颯が起きているらしく、行燈の明かりが障子から透けてぼんやり明るい。私が障子をそっと開けると、颯はこちらを振り向いた。
「えっ、もしかして夜這いしに来た、?」
「違うよ」
「寂しくなったのか?」
「…」
優しく微笑む彼の顔を見て、私は颯の胸へ飛び込んだ。自分から飛び込むことなんて、あんまりない。けれど、これが最後になってしまうかもしれない。悔やんで死ぬくらいなら、恥ずかしい思いもしながら再会できる方がよっぽどましだ。
私が彼の胸に顔をうずめると、颯は優しく私の背中に手を回す。ぎゅっと抱きしめられ、数秒間二人で抱擁を交わした。そして、私は口を開く。
「私、戊辰戦争に行かなきゃ」
「…一人で?」
「うん」
お互いの声が静かな夜の空気を揺らす。私が短く答えるなり、私を抱く颯の手に力がこもった。ふっと彼の方に顔を向けると、悲しそうにくしゃっとなった顔で私を見ていた。優しい行燈の光が、陰る颯の頬を伝う涙を光らせる。声を押し殺してむせび泣く颯の頬を、私は優しく撫でた。そんなに泣かれたら、私行けないじゃん。ごめんね、颯。心の中でそう呟くと、自然に私の目頭が熱くなった。
「泣かないでよ、情けない」
「嫌だ、律。俺も行く」
涙が溢れそうになるのをこらえて、私は颯にそう言った。けれど、彼は子供のように駄々をこねて私を強く抱きしめた。
「駄目だよ。岸和田城や葵を誰が守るの?」
「ひどいな、律。そんなこと言われたら…行けないだろ、」
「ごめん」
「絶対許さないからな、っ…」
子供のように我儘を言って、私を離そうとしない颯に私は苦笑した。号泣する彼は、いつもの姿からはまったく想像できない。いつのまにか、私の頬にも一粒の光が流れていた。
「絶対、生きて帰ってこいよ。待ってるから、」
「うん。早死にしたら、向こうでゆっくり待ってる」
「馬鹿律」
「これじゃいつもと逆だね」
頑張って作り笑いを張り付けて、私は笑った。口元が強張って、上手く笑えなかった。私たちはもう一度、優しい抱擁を交わす。私が颯の手を取って手の甲に唇を落とすと、颯は私の頬に口づけた。まだ、口づけを交わすのは照れくさくてできなかった。
「愛してる」
「私も……愛してる」
小さな声でそう伝えて、私は颯の部屋に背を向けた。そして、夏の虫が静かに鳴く夜闇を、涙の花を咲かせながら疾駆した。
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