兄弟子

朝起きて、朝餉を食べて。とくにいつもと変わらない朝。


朝餉を終えると、私は城の広い庭を使わせてもらって師匠と鍛錬をする。姿勢や太刀筋の悪い癖などを教えてもらい矯正して、より相手から読みにくい動きやすぐ反応できるようにするためだ。ある程度私の癖は分かったから、今は素振り中。庭石に腰かけてぼーっとしている師匠だが、その鋭い鷹のような眼光はちゃんと私を見ている。いつもあんなにふざけた態度をとっている癖に、こういうところは生真面目だ。しかし、私は師匠のこんなところも嫌いではない。

「律。兄弟子のこと、覚えてるか」

「なに急に。覚えてるけど」

唐突に師匠が話を振ってきて、私は木刀を下ろして師匠のほうへ体を向けた。鳶色の眼光は、いつものあずまとしてでなく剣客のあずまとしての光を放っている。なにか言いたいことがあるらしい。実を言うと私が師匠のところでお世話になっている際、柏尾一郎かしおいちろうという名の兄弟子がいた。彼は整った顔立ちから、よく町の女子おなごにもてはやされていた罪な男。優しく素直で無邪気な彼は、剣のことになるとぎらぎらしていたけど、いい兄弟子だった。私にも熱血指導してくれて、家族のように大事にしてくれた。私も彼のことを家族の一員だと思っていた。その柏尾兄が、一体どうしたと言うのだろう。

「あいつ、新選組に入隊したそうだ」

「ふうん。柏尾兄なら選びそうな道だね」

「ただ、問題がある」

新選組に入隊したという話は、別に無所属のは私には関係ない。剣の腕を見込まれて選ばれたのなら、私も嬉しいところだ。しかし、であればこの報告は喜べないだろう。師匠の声色と視線から、私はあることを悟った。

「師匠、維新志士だったんだ」

「まぁ…な。俺は薩摩藩出身だ、昔は偉人の傍付き剣士なんてやってたもんだ」

「そう。それで?まだなにかあるんでしょ」

私がそう投げかけると、師匠は参ったというように苦笑した。お前の勘の良さにはいつも参るな、と笑いながら彼は口を開いた。

「律、お前も維新志士側に協力してほしい」

こないだより熱を帯びた風が、私たちの間を通り抜ける。松の木の幹に止まっていた蝉がじーじーと鳴きはじめた。

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