親方


「さ、来たけど。これからどこ行くの?」

「これからな、うちの親方んとこ案内するわ!親方も律ちゃんと話したいって言うとんねん~」

「ふうん。じゃあ行こうか。案内よろしく」

「まかして!」

私たちは朝早くに、この前のお店の前で集合した。それから葵の親方が私に会いたがっているらしいので、ひとまずご挨拶に行くことに。忍の屋敷みたいなとこって、見つからないとこにあるんだろうな。少しわくわくしながら颯の着物の袖を引いて葵に付いていく。

「え、あ、律」

「何?」

「や、やっぱいいや」

「…変なの」



***



そうして連れてこられたのは、厳かな雰囲気がある大きなお屋敷。ここまで来るのに、葵に付いていかなければ何度も道を間違えそうなところが星の数ほどあった。忍っておそろしい。

「ついたで!ようこそ、うちらの「家」へ!」

「案内ありがとう。お邪魔させてもらうね」

「ありがとうございます。お邪魔します…」

そう言って大きな敷居をまたぎ、お屋敷へと足を踏み入れた。そしてまた葵に続いて、長い渡り廊下を歩く。吹き抜けになっている廊下からは、見事な庭園の風景が見られた。大きな池に鯉が二匹。赤と金の鱗を煌めかせながら、桜吹雪に飲まれる池を優雅に泳いでいる。桜は徐々に散っているが、八重桜はもう今か今かとふっくらした蕾を膨らませていた。

「さ、ここや。親方は優しいから、そないに緊張せんでも大丈夫やで」

大きな襖の前に立たされ、緊張で少し震えている颯の背中を葵がばしっと叩いた。漆黒の丸い取手には、金箔で巧緻な装飾が施されている。私は白く綺麗な襖を、両手でゆっくりと開いた。



「よくぞここまで来てくれた。ご客人、どうぞ上がりたまえ」

「失礼いたします」

「し、失礼します」

私に続いて颯も礼をして部屋へ足を踏み入れる。そこに胡坐をかいて待っていたのは、いかにも親方と呼ぶにふさわしい、年50程の威圧感溢れる大男だった。

太い眉と立派な顎髭、鋭い眼光が威圧感をさらに強力なものにしている。私は何年かぶりに、師匠に怒られているような気持ちになった。

どうぞ座ってと促されて、私たちは畳に正座をする。目が合ったところで、大男は喋り始めた。

「うちの葵が世話になったな。儂は伊吹大河いぶきたいがだ。ご客人らの名も聞かせてはくれぬか」

「名を、律と申します。こちらは私の連れ、郁馬颯と申す者です」

緊張でがちがちになっている颯をここで喋らせるのは酷だと思い、私は颯の代わりに彼の自己紹介を大河さんに話した。助かった、と言うような目でこちらを見る颯。ちょっとおもしろい。

「ふむ。では律よ、お主に問おう。人を斬ったことはあるか」

いきなり踏み込んだ質問だ。しかし大河さんも、これで私が護衛に足る人物が見極めようとしているのだろう。

「ちょ、ちょっと父さん!それは律ちゃんに失礼やないの?!」

「分かっとる。葵、一度静かにせい」

大河さんがそう言うと、葵は言葉を止めた。緊迫した雰囲気のなか、私は口を開く。

「はい」

「では殺したことは?」

「あります」

私が質問に答えるたびに、部屋がしんと静まりかえっていく。誰かの息をのむ音、驚きの声はしだいに静かになり、部屋にいる大河さんの部下や葵も、皆私と大河さんに注目する。

「その殺しは、娯楽ではないな?」

「勿論です。守るために斬りました」

私がそう答えると、私の横に正座していた颯がこちらを見る気配がした。それに構わず、私は大河さんの瞳を凝視し続ける。

「合格だ。律よ、いきなり踏み込んだ質問をして悪かった。非礼を詫びよう」

「とんでもございません。守る立場の者は、いつだってその覚悟が必要ですので」

私に向かって頭を下げる大河さんに、私はそう言った。きっと、この任務は激しい戦いとなるのだろう。それこそ、大河さんのために人を斬らねばならぬくらい。

でも私は、今までの弱い私と違う。

「お任せください。人斬りのような殺しの仕事でも、私は大河様をお守りします」

「頼もしいな。今回の依頼を受けてくれたこと、感謝する」

そう言って強かな微笑みを浮かべる大河さんは、瞳にどこか哀しさを含ませて私を見ていた。颯も、葵も、この場にいる人は私しか気づいていないだろう。

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