血も涙もない

「昔の兄のような存在でさえも斬り殺せるのか。お前は血も涙もない女だな」

「別に、いいでしょ。それにそれは昔の話だし、こいつは今敵なの」

「それも、そうだな」

ふっと背後から声を掛けられて、私は振り向きざまにそう答える。案の定、斎藤がいつの間にかそこに居た。それに、沖田も。しかし敵意は全く感じられない、一体どういうことだろうか。初めて会った時、二人とも戦意むき出しで私に向かって立っていたのに、今ではそれが全くない。私はそれに不思議さを感じて、狐に包まれたような感覚になった。

「また逢えましたね、律さん。無事で良かったです」

「うん。ありがと」

まるで友人のように話しかける沖田。ますます私の頭は混乱した、こいつらとは敵方な筈なのに。しかも目の前で部下の隊士を殺されたというのに、私にこんなに普通に話しかけている。一体、のはどちらの方だろうか。

「あのさ、さっきから気になってるんだけど。あんたたち殺気が無さすぎない?」

「ああ、そうだな」「はい、そうですね」

「いや違うでしょ。ここ戦場で、私たち敵、分かる?」

どうしたのだろう、こいつら等々頭がいかれてしまったのか。私は少々不安と呆れを感じつつ二人にお説教のような形で問いかける。幸いここは林の中なので、こんな滑稽な姿を私直属の部下、槇尾まきおくんに見られる心配はない。ついてきてたら終わりだけど。そして私がそう問うた時、動いたのは斎藤だった。不意に腕を捕まれ、後ろの木へ背中をくっつけられる。普通の隊士だったら、ここで殺されるとおびえているところだが、私は怯えない。なんたって殺気が全くない。刀も抜刀する気配はゼロで、一体私に何をしに来たのだろうという疑問ばかりが頭をよぎる。私が混乱していると、斎藤が口を開いた。



「律、俺と夫婦になる気はないか」



「……頭打った、?」



明らかにおかしい。戦場で、敵で、ほぼ初対面のような人に「夫婦にならないか」なんてどうかしてる。私は訝しげな目線を目の前にいる斎藤に送り続けた。ほんとにお前もだよ。仲間が殺されてるって言うのに、敵将の女にそれ言う?頭打ったんじゃないの。

「返事は」

「えっと、私人妻だから。無理」

「ぶふっ」

斎藤の催促と私の答え、そして沖田の吹き出した声が立て続けに続いた後、重たい沈黙の空気が流れた。

「てか何急に。理由は?」

「さっき、お前は兄弟子だった奴を斬り殺しただろう。容赦なく、自分の心の声に従って、な」

「それが?」

「それが決め手だ。信念を貫く姿に惚れた。それに前から気に掛けていただろう、気づかなかったのか?」

「え、怖。無理なんだけど」

え、本当に何?急に怖いんだけど。ちょっと一番隊組長さんどうにかしてよこいつ、なんかめっちゃ押しが強いんだけど。そんなことを思いながら、私は藁にもすがる思いで沖田に目をやった。しかし彼は腹を抱えて笑うばかりで、こちらの視線に気づく気配もない。

「しかしそうか、お前が人妻だったとは。今の話は忘れてくれ」

「言われなくても忘れるよ。助平野郎」

一応話にけりが付いたとき、沖田がふーっと息を整えて口を開いた。そして、衝撃の事実を口にする。

「今日は斎藤さんが気持ちを伝えるって言うんで、私はお供としてついてきたんですよ。まさかこんな面白いことになるなんて」

「え、?うん?」

こいつ私に話をするためだけに戦場に出てきたのか、新撰組三番隊組長としてどうなのそれ。明らかに駄目でしょ。でも沖田の話によると、「斎藤さんは不器用なんですよ、けど一途です」だそうだ。下心とかでは無さそう、本当に私の事好きなんだこいつ。感謝はするけど、呆れ感は拭えないな。そんな戦場とは全く無縁の話に、木陰で座り込んで花を咲かせる。いつか颯や葵たちと楽しく喋っていた旅の風景が脳裏によぎり、この空間がすごく楽しかった。そして不思議と私たちの間には、敵意は消え去り友情が芽生えていた。本当は交わることのないはずだった人斬り達は、お互いの信念や気概に惹かれて、敵という大きな壁を越えていた。

私と同じことを考えていたのか、沖田がふいに口を開いた。小雨が降ってきた曇天を見上げながら、静かに呟く。

「…もし私たちが敵じゃなかったら、本当に仲良くなれていたかもしれませんね」

「敵味方関係ないんじゃないか、沖田君」

「そうかもね、私も二人のことは好き。一人の人間として、だよ」

「律さん…」「律、」

私も沖田につられて、本音をほろりと零す。私が零した本音に、沖田と斎藤はぱっとこちらに顔を向けた。ちょっと照れくさくなって、私は「なに、見なくていいじゃん」と顔をそむけた。だけど二人はそんな私を見てくすりと笑うだけで、なにも咎めようとしなかった。

「私も大好きです。一人の友人として」

「俺は女として好きだ、律」

「斎藤、雰囲気壊さないで」

雨が木の葉に当たって散る、ぱらぱらという音が心地良い。師匠を亡くして復讐と悲しみに落ち込んでいた心が、温かい友情によって少しだけ綻んだ。本当ならあり得ない、敵との友情。誰にも認められないかもしれないけど、刀を交えたから分かることだってある。これは、私たちしか分からない、共有できない心地よい空間なのだ。しばらく私と斎藤と沖田は、ささやかな幸せを分かち合った。

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