勿忘草

長い長い戊辰戦争が、ようやく終結したのは五月になってから。終わるまでの間は、それはそれは激しい命の取り合いだった。その中でも私と新選組は、凄まじい激闘を繰り返し、本気で殺し合った。だけど時には隠れてお喋りをしたりすることもあった。命を奪ってしまった人、奪われてしまった人、名前は一生忘れない。師匠も、柏尾兄のことも。


私、生き残ったよ。師匠。




***



幕府軍が投降したその日、生き残った新撰組の皆が私を訪ねてきた。近藤、土方、沖田、斎藤の四人と、私は最後に少しだけ会話をすることにした。近藤と土方は、この間仲良くなったばかりだ。土方は特に「敵は斬る」なんて敵意むき出しだったけれど、言葉や刀を交えると段々口の利き方も変わってきた。私としてはとても驚きだった。親友なんて数人でいいのに、また増えちゃうじゃん。

気持ちがいい晴天の下、若葉の茂る木陰に私たちは腰を下ろした。

「ようやく終わったな、戊辰戦争も」

そういって穏やかに笑う近藤。私は彼の横顔を見て、ふっと頬を緩ませた。

「これからどんな世の中になるかな」

「楽しみですね」

私の言葉に沖田も賛同し、二人してふふっと笑い合った。ようやく戦争は終わり、新選組の皆が目指していた世界は創れなかったけれど、新政府の彼らが上手くやってくれるだろう。私たちの気持ちは、今や頭上の青空のように蒼く澄み渡っていた。後悔など、もう無い。私たちは、己の守るもののために一生懸命頑張ったのだ。まあ強いて言えば、土方は納得行ってなさそうだけど。

「土方、いつまでも拗ねてたら駄目だよ」

「うるせえ、俺は拗ねてなんかねえよ」

「土方さん、律に手出したら容赦はしません」

「斎藤さんは本当に律さんのこと大好きですね~」

「ほんと気色悪い。寒気する」

私がそう呟くと同時に、近藤と土方がぶふっと失笑する。沖田はからからと無邪気に笑っていた。当の斎藤は「それが何だ」と澄ました顔でしらを切っている。ほんとに、こいつらと一緒に居ると楽しい。私も思わず、ぶはっと吹き出してしまった。



***


そして、本州へ船で帰ることに。残念ながら新撰組の皆とはここでお別れのようだ、帰る船が別になってしまった。港で、私たちは最後の別れを惜しんだ。

「律さん、元気でいてくださいね」

「うん、皆もね」

近藤が私に微笑みかけ、私も彼に笑みを返した。そして他の皆とも別れの一言と笑顔を交わし、一歩後ろへ下がる。しかしその前に、握手として手を握った四人の手に一輪の花を握らせた。たまたま先刻、そこに咲いているのを見つけて摘んでおいたのだ。青紫の花弁は新撰組の羽織に映えて、彼らの手元で華やかに花開いている。カモメの鳴く声と、しょっぱい匂いの潮風が頬を撫でた。私は襟巻をぐっと口元まで上げると、くるりと体の向きを変えて船に向かって歩みを進めた。しかし、船まであと少しというところで、後ろから大声で名前を呼ばれる。沖田だ。

「また、会いに行きますね——!」

その言葉に、私は頬を緩ませる。そして、大好きな戦友であり元敵方である皆に、大声で言葉を叫んだ。

「待ってるから——!」

私のその一言は風に乗って、皆のところまで届いたようだ。沖田や近藤が大きく手を振った。私も振り返した。白くぼやける視界を袖で拭い、私は船へようやく乗り込んだ。私が渡した花、それは勿忘草。花言葉は、誠の愛・真実の愛。それと、「私を忘れないで」。沖田はきっとその意味が分かったのだろう。彼らなら、きっと岸和田まで私に会いに来てくれるはずだ。私がそんな思考を巡らせながら船内を歩いていると、誰かとぶつかりそうになり、お互いに「おっと」と声を漏らした。するとそこには、懐かしくも驚きの人物が居た。

「律さん、?」

「な、長廣さん…?」

岸和田城藩主、岡部長廣さん。今や岸和田城で帰りを待つ茶々の想い人である。そういえば彼も戊辰戦争へ参加すると言っていたな。私は久々に長廣さんと少し喋り、船の長旅をともにしようと考えた。

「さあ帰ろう。私たちの城へ」

「そうですね」

数々の戦友を乗せた船は、本州へ向けてゆっくりと動き出す。

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