我儘な心

「あんた、まだ喋れるでしょ。殺しの動機は?」

私は彼の前にしゃがみ込むと、血にまみれる顔に目線を落とした。横向きに畳に倒れている彼に質問を投げかける。

「…弟が、忍に情報を売られて…幕府の奴に…、殺されたんだ」

途切れ途切れに言葉を紡いで、彼は喋りだした。暗赤色の双眸は、細く開けたり閉めたりを繰り返す。

「あんたの弟がやっていたことは、どんなことだったの?」

「幕府の奴らの、殺しだ…」

「で?なんのために?」

「……殺しが、楽しいと言ってた、でも、絶対に嘘だ…」

ここまで話を聞いている限りでは、殺される原因となったのは明らかに弟の行動だ。しかし、人間の情というのは実に厄介で、衝撃的な事実はすぐに納得することができない。こいつは今でも、死んだ弟がなにか理由があって殺しをしていたんだろうと思い込んでいる。

「言っていたなら、本当の事だよ」

「違う。絶対に…違う」

そう呟いて、彼は眉間に皺を寄せた。私はさらに続ける。

「あんたの弟の復讐は別にしようが勝手だけど、それ本当に彼のためになるの?」

「……」

分かってるはずだ、あんたは。

「娯楽のために人殺しをした奴を庇って、死人に甘言を囁き続けるの?本当に弟が好きなら、止めてやったらよかったのに」

そう言い放つと「霧」は目を見開き、私に向かって瀕死とは思えない形相の顔を向けた。

「五月蠅い…!お前に、なにが分かる!」

そう言うと、私の胸に短刀を突き立てた。死に際になってまで、こんなに力が出せるとは。でも、今溜まった感情の吐き捨て場がない彼にとっては、私に当たることで発散できるはず。そう思って私は、突き立てられる短刀の鋭い痛みに耐えた。

ようやく、彼の動きは止まった。手に握っていた短刀を取り落として、すすり泣き始める。

全くもって、可哀そうな奴だ。

きっと弟のことがとても好きだったのだろう。先刻の私の言葉で、弟がそんなことするはずがない、と思っている自分の裏に、弟を疑っていた自分を見つけてしまった。どうしようもない気持ちを抱えて、葛藤しているのだと思う。

そんな思考を巡らせていると、すすり泣きの声が止まっていた。どうしたのかと私が視線を落とすと、彼はまっすぐに私を見つめていた。

「せめてもの、償いに…、俺を、殺してほしい」

「もういいの?」

「ああ。弟が…待ってる、迎えに、行かないと…。すまない、お前の手を…汚してしまう、ことになる」

「別にいいよ。元々そのつもりだし」

負けず嫌いな性格が邪魔して、強気な言葉を口にした。しかし、愛刀を構える手は小刻みに震えている。まだ、死ぬ気で戦って殺したほうがましだ。殺してくれとせがまれるよりかは。

根はいい奴なんだろう。敵である私の言葉に耳を傾け、心を入れ替えることができたのは、彼の人の良さがにじみ出ている。そんな気持ちを心に浮かべながら、私はなるべく苦しまないようにすとんと彼の首を落とした。

そうして私は、彼の前で静かに手を合わせ、安らかに眠れるよう心から祈った。

「律よ。すまない、辛いことをさせてしまった。心から詫びる」

「いえ、大丈夫です」

私が「霧」のそばを離れると、大河さんが喋りかけてきた。とても微妙と言うか、変な顔つきになっている。そんな顔になるのは無理もない。私だって正直、もうあんな殺し方はしたくない。とても気分が悪い。しかしそれを言葉にできるわけもなく、私は淡々とそう答えることしかできなかった。

「痛った…」

今更刺された傷がずきりと痛む。

痛む体を動かしながら、私は思考を巡らせた。今回の事件で引っかかるのはそれぞれのの形。私が「霧」に言ったことはおそらく正しいと思う。しかし、正しいだけがすべてじゃない。「霧」は、人殺しを楽しんで弟をも愛していた。

それだけ強い愛ということなのか。

私にはまったく縁のない言葉だが、意味くらいは知っているつもりだった。けれど、私が知らないがあるみたいだ。

全く、まだまだ知らないことがありすぎる。



私にも、そんな風に思ってくれる人、私を愛してくれている人がいるだろうか。

「まあ、いないだろうな」

そう呟いた途端、意識の紐がぷつんと切れた。思考は強制的に中断され、激しい戦いに晒された小さな体は畳にぱたりと倒れた。

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