激闘


「律ちゃん、森の烏がえらいよう鳴いとるわ。もうすぐ来るで」

「うん。葵は下がってて」

「…ありがとう。死なんとってな、律ちゃん」

葵の橙色の瞳と目が合う。今にも泣きそうに眉を下げて、唇をかみしめていた。そんな彼女に私は薄く微笑みかけ、だいじょうぶだよとは言わずに背中を向けて大河さんの近くへ寄った。葵はしばらく私を見つめていたが、やがて決心したように隠し部屋へと隠れにいった。颯も、いってくると言ったときに、同じような顔をしていたな。そんなことをふと思い出したが、大丈夫。私は絶対に負けない。

すると、大河さんが静かに私の頭を優しくなでた。驚いて彼を見上げると、また哀しそうな目。しかし、その奥にはしっかりとなにかの決意が燃えていた。


その時、うなじの辺りがちりっと疼き、私は後ろを振り返る。強い殺気。来た。

その瞬間、豪奢な襖がひと薙ぎでばらばらに崩された。

襖のかけらが、私達の足元にぱたんと落ちる。これ絶対高いやつじゃん。買い替えるの大変そうだな。

「…お前が伊吹大河か」

恨みや怨念の籠もった重い声色は、私が想像していたより若かった。足元をみていた目線を上げ、私はやつを見据えた。

全身黒い装束に、口元を覆う襟巻きが暗殺者の雰囲気を醸し出している。瞳は血のような真っ赤な色で、復讐の色に燃えていた。男にしては長い髪をゆるく後ろで結んでおり、帯には短刀を差していた。

「あんたが「霧」?随分派手なご登場だね」

ぶっきらぼうな私の物言いは、よく人を苛立たせるらしい。けれど、嫌な奴は嫌なやつなんだ。優しく喋りかけるなどできそうにない。

「なんだお前は。……伊吹の護衛と言ったところか」

「当たり。あんたを返り討ちにするためにいるんだよ」

不穏な空気が部屋の中に漂う。私の群青の瞳と、彼の暗赤色の瞳孔がぶつかる。

しばらくにらみ合いをしていると、「霧」はふっとこちらに殺気をぶつけた。

「小娘。俺の復讐の邪魔をしようと言うなら斬るぞ」

私がずっと動かずに彼を睨みつけていると、「霧」は私に再び目を合わせた。そうして、腰の短刀を抜刀する。私も愛刀に手を掛け、鋭い音とともに抜刀した。

部屋に差し込む夕日のオレンジ色の光が、私の刀に落ちて刀身を輝かせる。私は、美しく輝く刀身を「霧」という襲撃者に遠慮なく向けた。

一瞬眩しそうに眼を細めた彼の様子を見て、私は畳を軽く蹴った。普段なら大して重要ではない一瞬の誤差が、生と死を分ける戦いであればとても重要になってくる。

がらりと隙をみせる胴に、私は思いっきり刀を振りかざした。しかし、刀は浅い傷を胸に残して押し返されてしまう。

反応速度の速さ。こいつは、強い。

暗赤色の不気味な瞳と視線が合う。こいつは、忍殺しを繰り返していただけある、やはり腕の立つ剣客だ。

彼の口元がにやりと皺を作り、私の胴にお返しとばかりに剣戟が下る。その刃が腹を斬り裂く前に、私はぐっと刀を引き戻して、刀の柄で剣戟を受けた。刀を押し返し、もう一度間合いを取り直す。

一度体勢を立て直そうとしたその時、「霧」の短刀が目の前に飛んできた。目くらましか、もう一本短刀を持ってるみたいだ。思考を巡らせながら、飛んできた短刀を刀で薙ぐ。短刀は私の目の前で砕け散り、破片に「霧」の姿が映った。背後だ。

素早く振り返り、刀を肩に担ぐように構え、斬撃を繰り出した。少しばかり威力の弱い剣戟は、相手の斬撃の威力を相殺しきれず、短刀が左肩を貫くのを許してしまった。しかし私の愛刀も、相手の胸を大きく切り裂く。

お互い後ろに大きく飛んで間合いを取る。広い部屋は外より劣るが戦いやすい。

相手も自分も、はあはあと荒い息を吐きながら、視線を絶対に外さない。短刀を突き刺された肩から、鮮血が綺麗な畳へと零れ落ちた。薄青の着物がみるみる血に染まっていく。

「お前。なんて名前だ」

「あんたに言うわけないでしょ」

時間稼ぎのつもりか。なにか策があるのか、とにかく手っ取り早くこいつを殺さねばならない。先刻から大河さんに向かって、私が受けていなければ即死の剣戟を下している。早いところ決着をつけなくては。私は刀に付いた血を、相手に向かって払った。もちろん、両目とも一瞬だけ血の水滴で視界がふさがれるはずだ。すぐにそのトリックに気づいた彼は、血の水滴を短刀で斬る。しかし、間合いを詰めてきた私に対応するのに少し遅れた。

私は体を思いっきり引き絞るように構え、相手の斬撃を待つ。彼は案の定短刀を突きの形に構えて、私に向かって思いっきり穿った。

私はそれをすれすれで跳んで躱して、突き付けられた短刀の上に片足を乗せた。そして軽く上で飛び跳ねて、目くらましをした際に天井に投げておいた愛刀を手に取った。柄を握ると、畳に足がつくと同時に刀を下へ振り下ろし、「霧」を袈裟斬りにした。

ざくっという手ごたえと、生臭い血の匂いが濃くなって、「霧」は畳に体を横たえた。重傷を負った肩口から、真っ赤な鮮血があふれ出てくる。

「っくそ…、あい、つだけは…絶対に、ころ…す」

おぼろげに暗赤色の瞳孔を霞ませて、彼は口から鮮血を溢れさせた。まだ治療しても助かるはずだ、そうなるように少し手加減した。

忍殺しを繰り返す理由。それによっては、彼を生かして帰すことになる。

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