火花を散らす


「ふーん。じゃ、さっそく楽しませてもらいましょうか」

そう言って、「黒羽」の一員の青年はにかっと笑った。しかしその笑顔は心から笑うようなあたたかいものとは反対の、切り取って張り付けたような笑みだった。そんな無機質な笑顔に、俺は寒気を覚える。その時、青年が背中に背負っていた長い太刀を手にした。夜闇のなかで月明かりに鈍く光るそれは、青年の掌に不思議と馴染んでいた。

「僕は「遊馬あすま」といいます。君は?」

「郁馬颯。来い、遊馬」

キッと青年を睨んで俺も刀を手にする。何度か練習で振り回してようやく手に馴染んだ刀は、頼もしい重さを俺の腕に伝える。青年は俺のそんな様子を見ると、冷たさは拭いきれていなかったが愉しそうに口元に微笑を刻んだ。氷のような冷たさを含んだ不気味な白銅色の彼の瞳に、俺は自分の背中に戦慄が駆けのぼるのを感じた。

その瞬間、遊馬が動き出した。

重い太刀を手にしているはずなのに、それを感じさせない軽やかな動き。不気味な薄ら笑いを浮かべながら、俺に向かって突っ込んでくる。俺は刀を構え、遊馬の攻撃を躱すか受けるか判断をするために目を凝らした。

「はっ、!」

気合が口から迸り、遊馬が太刀を振るった。その、斬撃の速度といったら。俺はぎりぎりで躱し、遊馬の太刀は俺の短い黒髪を掠めてびゅんと風を斬った。ただでさえ重いというのに、斬撃の速度が通常の範囲を超えている。俺の頭上で風を斬った音が耳にこだまして、背中を冷たい何かが駆け上がる。こいつは相当強い。

しかし怯んでいてはどうしようもない。俺は勇気を振り絞り、刀を遊馬に向かって振るう。京都…山城国で冬弥さんに稽古をつけてもらった経験が、こうして今役に立つ。修練を積んだあの日々を思い出せば、少し勇気と自信が心に芽生えた。

俺の斬撃を遊馬が太刀で受ける。きぃんと鋭い音が部屋の空気を揺らし、鉄の焦げ臭いにおいが鼻をつついた。じりじりと鍔迫り合いを続けるが、少しずつ俺の刀は押し戻される。

「斬撃がいい重さですね。心地いいです」

「…五月蠅い」

汗ばむ肌を冷や汗が流れる。遊馬は汗一つ掻かずに涼しそうな顔をしていた。俺が力を振り絞って太刀をはねのけると、少し遊馬の体勢が崩れる。そこを狙って斬撃を繰り出そうとするが、上から太刀を振り下ろされて慌てて防御の姿勢をとる。しかし間に合わず、肩からざくっと太刀に斬り裂かれてしまった。鮮血が畳に零れ、月光に当たってゆらりと輝いた。

「そろそろ降参してくれませんか?僕は強い人と戦いたいんですけど」

「…律には、指一本たりとも触れさせない!」

冷たい声が上から降ってくるが、ここで降参してしまうほど俺は弱くない。こんなやつに臆してどうする。律に任されたんだ、律のところに行かせはしない。

俺の怒号を聞くと、遊馬はふふっと鼻で笑った。

「こんなに弱かったら、その人を守れもしませんよ。むしろ今まで守られていたんじゃないんですか?」

おかしそうにくすくす笑いながら、遊馬は太刀を引いた。完全に舐められている。

そうだ、俺は弱い。ほんとうは律の隣に立てるような強さも持ち合わせていない。だけど、彼女は俺が居ないと生きていけない。律が苦しいとき、辛いとき、誰かが背中をさすってやらなきゃ駄目なんだ。

彼女は天邪鬼だから、素直になれない。ほんとはもっとずっと苦しんでいるはずなのに、いつも澄ました顔をして薄く微笑んでいる。それに、気づいてやるのが俺の役目なんだ。律がいつでも涙を流せる場所を作ってやる、それが俺の役目なんだ。だから、ここで引くわけにはいかない。

「俺は、彼女を守るって決めたんだ」

先刻とはまるで違う、ゆるぎない意志によって体は突き動かされる。腹の底からふつふつと勇気が湧いてきて、刀の柄をぎゅっと握った。遊馬はまた作り笑いのような笑みを張り付けて俺を見据えていた。

俺はふうと小さく息を吐くと、ひとっとびで間合いを詰めた。どうしてそんな芸当ができたかは分からない。いや、もしかしたらこれが俺の本気なのかもしれない。今まで守るべきものがなにか、しっかり自覚できていなかったのだ。でも、今は違う。

驚きと動揺の色を瞳に浮かべる遊馬に向けて、俺は斬撃を繰り出す。間一髪で太刀で斬撃を受け止められたが、俺はするりと受け流した。そして、素早く手首を返して先刻の斬撃を辿るように遊馬の胸を切り裂く。いつかに彼女が俺を負かした剣技。

遊馬の羽織がみるみるどす黒い赤に染まっていく。白銅色の瞳を見開いた彼は、よろめいたがなんとか立ち止まった。そして俺の顔を見ると、瞳に狂気の色を鮮やかに浮かべた。

「面白いですね…もうすこし甚振ってから殺したほうがよさそうです」

そして、今までとは違う嬉しそうな笑みを浮かべた。しかし、その表情はもう人ではなく血に飢えた死神のようだった。

しかしそれに臆することなく、俺は間合いを詰める。彼も何か覚醒しだしたのか、太刀の振り方が変わっている。今までの軽やかで素早い斬撃ではなく、骨の髄まで叩き潰してしまいそうな乱暴な剣筋だ。その斬撃は狼の牙のように、俺の皮膚を抉り痛みと出血を伴わせた。しかし俺も負けていない、彼の躰に的確に斬撃を刻んでいく。よく冬弥さんからも重いと褒められた剣筋が、遊馬の皮膚を鋭く切り裂く。

しばらく血飛沫の派手な熾烈な戦いを続けていたが、とうとう限界がやってきた。なんと遊馬が、太刀を手から離して畳に崩れ落ちた。どうやら俺より少し小さな体は貧血を起こしたようだ。派手に畳に倒れた遊馬の手や足を縄で縛り、太刀を外へ捨てる。そして、すこし青白くなった顔を見ながらつぶやいた。


「俺の、勝ちだ」


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