第16話 迷宮迷路Ⅳ 接続者/コネクター


 もう一つ、俺には予測できることがある。


(これがギースの描いた絵図なら、恐らく『捜索隊』は来ない)


 入口で申請した帰還予定を超えて「未帰還者」となった冒険者は、ギルド側が用意する「捜索隊」という専門の救助チームによって捜索、救助が行われる。

 膨大な捜索代金と引き換えに最悪彼らに救助されるという手もあったが、おそらくギースによって「俺が無事に帰還した」という退場記録に書き換えられていることだろう。


 他者の救助を待つ線は絶望的。

 いっそ笑えてくる救いの無さだ。


「はっはーっ! よーし、じゃあティア。どうやって地上に戻るか相談するかぁー!」


 ヤケクソめに大きな声を出すとちょっと元気が出てきた。……敵を呼ぶ、とか考えてはいけない。己を鼓舞することは時に何よりも優先されるのだ。


 助けが来ないなら、自力で何とかするしかない。


 結局、それしか無いのだ。ごく当たり前の結論に達したが、その余りの難易度に眩暈がしてくる。……それにしても、なんか上手く身体が動かないな。シビシビしておる。


 体。感覚がない。

 手脚。シビシビでまともに動かない。

 口、というか首から上。なんとかセーフ。


 結論。


(うーん、完璧に『麻痺』ってますな、コレ)


 どうやらあの時刺さされた毒の小刀ダガー、アレに麻痺毒も含まれていたのだろう。


「そういや、アリサさんが俺に使ってくれたの【解毒キュアポイズン】だったな……」


 傷口自体は【解毒キュアポイズン】の副次効果で微量の回復が入ったのか気が付いた時には塞がっていた。

 だが、アリサさんの【解毒キュアポイズン】で解毒できるのは、あくまで毒のみ。麻痺の効果だけは消えないで残った、と。……そして、俺は知っている。


「麻痺は自然回復しねぇんだよなー」


 ダンジョン攻略において、『麻痺』のステータス異常は「戦闘不能」と見なされ、経験値も獲得できない。まぁ、ダンジョンで身動きできないのは実質死んでるみたいなもんだしな。


「だが、生きたままモンスターの餌になるつもりはないぞ。ティア、俺のこと触手で運べるか?」


「くるるるっ!」


 ティアの背中の両側から翼のように伸びる触手のうち、一番太くて力のある一対が俺の両脇の下に入ってきて軽々と持ち上げた。

 そしてそのまま、俺はティアの背中に乗せられ、触手でぐるぐる巻に固定された。

 ……これさ、なんというか絵面的に大丈夫? なんか巣穴に持ち帰ってから食べられる獲物みたいになってない?


「えーと、ティアさん?」


「くるるっ、きゅるるるっ!」


「いやまぁ確かにこうでもしなきゃ動けないけど、ちょっと恥ずかしいっていうか」


「ふるるるるっ、きゅっ!」


 わがままいっちゃ、めっ! 的なイントネーションでティアから怒られてしまった。

 ……しゃーない。この窮地を脱することを思えば、他の冒険者に多少変なヤツと思われるくらいどうということはない!


「きゅっきゅるー♪」


 ……なんだか妙にティアの機嫌が良い。

 おかしいな、俺主人マスターのはずなのに言いくるめられてない?


 見た目はさておき、移動する準備は整った。

 次は当面の行動指針だが——


「まずは現在地の把握、それからなんとかして麻痺を治さないとなぁ」

 

 ダンジョン脱出において、最も重要な要素と言えば「今自分がどこにいるか」を正確に把握できているかという点だ。

 現在地を誤って認識していたせいで、地上へ帰還するための『緊急脱出魔法陣エスケープ・ポータル』手前の通路を丸一日グルグル回り続けて、「もう地上には帰れないんだぁ」と泣きべそをかいていた冒険者もいる。……あぁ、そうだよ昔の俺だよ悪いかよ!


 だが、俺ももう大人だ。

 下層にまで降りたことは初めてだが、周囲の環境を調べて、正しい順路を——


「ぎゅっ!!」


「うおおっ!? あっぶねっ!」


 俺が括り付けられた状態のまま、ティアは素晴らしい反応速度で横から豪速で飛来してきた柱ほどもある投げ槍を回避した。


「ぐっ、あれは——槍投巨人ジャベリンかっ!」


 俺たちの視界ギリギリの遠方から三体の巨人が現れ、槍を投擲してくる。こちらの態勢が整う前に、第二射が放たれた。


「くっそ! ティア、回避だっ!」

 

 槍がデカい!! 同時に三本の槍が迫ってくると、真正面からの圧力が怖すぎる。

 今の今まで俺とティアが立っていた地面が槍の着弾によって爆散する。


「くるるるるっ!!」


 槍投巨人ジャベリン共との距離が遠い。

 エリアの構造が吹き曝しの回廊となっていて、槍から身を守れる壁はない。

 ティアの触手はどこまでも伸ばすことができるが、伸ばすのにも戻すのにも多少の時間がかかる。——だが、届いたっ!


 空気を爆ぜさせる衝撃波。

 ティアの触手による一撃は槍投巨人の頭部を的確に捉えた。……が。


「な……!」


 今までどんなモンスターも一撃で叩き潰してきたティアの触手攻撃は、巨人が被っている金属製のヘルムを砕き、膝を地面に付かせることには成功したものの……巨人はまた、起き上がった。


 ティアが触手の本数を増やす。

 十を超える数の触手が巨人たちに向かって空を走る。だが、巨人のうちの一体が、身を屈めてこちらへ猛然と駆け出した!


(接近戦だとっ!?)

 

 ティアの触手は残る二体を触手で打ち据え、一撃は耐えるものの二撃、三撃と攻撃を受けて巨人たちは沈む。——だが、その時間の中で巨人が距離を詰めるのを許してしまった。

 ティアの触手は——間に合わないっ!


「ゴオオオアオオオオッ!!」


「うわぁあああああっ!」


「きゅううううっ!」


 『突進チャージ』!!

 身の丈五メイルにもなる槍投巨人の体当たり。直撃こそ避けたものの、ティアの身体が引っ掛かり、掠った衝撃だけで俺たちはピンボールのように弾き飛ばされてしまう。

 地面に激突する前に、俺の体を固定しているティアの触腕がフワっと膨らんで衝撃から守ってくれた。だが、ティアは思いの外大きいダメージを受けて、身体が歪んでしまっていた。


「ティア、ティア! 無事かっ!?」


「るるるるる……きゅ、ぅ」


 ティアの苦しげな声色を聞くのはこれが初めてだった。——俺は、これまでにない強い危機感を持った。


(——まただ、また俺は何もしていない)


 ティアと出会って、冒険者に戻ってから。

 本来の自分よりも高位のモンスターをティアの力で軽々討伐して、いい気になっていた。

 なんでも言うことを聞いてくれる「力」を手にして、俺自身が強くなった気になってしまっていたんだ。


 ティアがはじめてダメージらしいダメージを受け、俺はやっと自分の役割を思い出した。


(【調教師テイマー】は従魔に命令を出すだけの存在じゃない…‥一緒に戦えるんだ!)


 『麻痺』に侵され、剣も振れない俺でもティアと一緒に戦うことはできる。


(【スキルツリー】! 俺に可能性を見せろ!!)


 眼を閉じる。

 真っ暗な脳裏に輝く樹形図が浮かび上がる。

 そして、【スキルポイント:17】の表示。




 【調教師テイマー】は“最弱の基本職”と言われている。

 理由は幾つかあるが、最も大きい理由は「調教師テイマー本来の性能を発揮するまでに、必須となるスキルが多すぎること」だ。


 例えば、倒したモンスターを配下に降す【調伏テイム】はスキルポイントが5いる。つまり、最低でもレベル6に上がらなければ仲間も手に入れられない。


(だが、今の俺にはティアがいる。このスキルは今は必要ない。それよりも——)


 手持ちにあるスキルポイント17は、とんでもない数量だ。

 通常、冒険者は強くなるためにレベルが上がるタイミングでスキルポイントを使用する。欲しいスキルによってポイントを2や3貯めることはあっても、10を超える数を残しておくなんて馬鹿げている。


「だけど、今だったらこのスキルが取れるんだ。俺たちに今最も必要で、この場を突破できる新しい『力』——!」


【スキル:『精神結合マインド・リンケージ』を入手しますか?

 スキルポイント:17→2


  はい / いいえ 】


 『精神結合マインド・リンケージ』 

 それは本来、従魔の意識のコントロールを奪って、身体を自らの手足のように動かしたり、従魔の鋭敏な感覚によって周囲の観察や危険予知を行うスキル。

 ——だが、実際には【調教師テイマー】であれば誰もが知っている特大の「」なのだ。


 このスキルは調教師テイマーの意識と従魔の意識を文字通り共有させる。

 このスキルを使えば使うほど、「個」としての意識の境界は失われる。主従も、自他、彼我もなくなり——あるのは混然と混ざり合って一つになった『超意識』だけ。


 真水に落とした一滴のインクが水に広がるともう元の水には戻らないように。一度でも使うと二度と元の自分には戻れない禁忌のスキル。


 だが、俺は敢えてそれを選択する。

 俺がティアと一緒に戦うために。

 どこまでも一緒に旅をするために。

 これから先も、ずっと一緒にいるために。


(俺自身に闘う力なんてない。でも、ティアのすぐ隣で、何があっても離れないで側にいると決めた。……そうだ。俺はティアに、



 俺は【はい】を選択。

 スキルを『有効』にセットした——




調教師テイマー:ナギ・アラルによって第一の鍵『献身デヴォーション』を確認。『真白■輝く■亡び■災■』の封楔が一段階、解放されます】





 思考が、視界が、死生が。

 暗転する。

 暗澹する。

 安心する。


 俺の意識はティアと完全に融合している。


 頭蓋骨が軋みながら捻れていく感覚と共に、世界が極彩色の螺旋の中にあるブラックホールに吸い込まれていく。


 その世界の中で俺は二人ぼっちで。

 だから心から安心していて、

 何の心配も無かった。

 

 ティアの触手はどこまでも伸びていく。

 あぁ、そうか。

 あれは空間中に実在するのではなくて別の高次元を経由して対象に触れているのだ。

 ならば三次元空間の距離の移動など問題では無い。膝の上の子猫を撫でるように、今そこにいる敵に手を伸ばせばいい。


 俺からティアに伝えられることもある。

 要は、『解体』と同じ。

 体の構造を理解して、繋ぎ目を解いていく。

 ただそれだけ。

 あ、そこに魔石があるから頂いていこう。


 ティア、食べていいよ。



「きゅるるるるるるるるるるるるる!!!!」



 空間を激震させる、絶叫。 

 その声に歓喜が宿っていることに、俺以外の人間が気付けるだろうか。

 

 槍投巨人ジャベリンの周囲全ての空間から、ティアの触手が無数に“湧き出す”。

 それらの触手は力強く叩くことも、突き刺すこともしない。……ただ、そっと巨人の体を撫でるだけ。


 ぼど、ぼどぼどぼどどどどど。


 巨人の身体のパーツが元からそうであったみたいに、バラバラに解けていく。

 体の中にきちんと収められていた内臓や骨格、そして血液が、割れた器から溢れるように地面にこぼれ落ちていく。


 ……ほんの数秒の出来事。

 ティアの触手の一本には、俺の握り拳ほどの大きさの魔石が握られていた。

 ギ、ンッ! と力を入れられて砕かれる魔石。


(わ……ぁ)


 俺の目にも『視えた』。

 砕けた魔石から蛍のような燐光が浮かぶ。

 あぁ、きれいだなぁ。


「きゅるるっ」


 光はティアの触手を通じて、体内に吸収された。……食べたのだ。


「あは、あはははっ!」


 思わず、笑みが溢れた。

 おいおいおいおい!

 こんな美味しいもの、食べた事がないぞ!


「はははあは、あはあははははは!!」


 そうか!

 命。生命だ。俺が今食べたものは!

 ティア、いつもこんなに美味しいもの食べてたのかぁ。なんだよ教えてくれよぉ。そうしたら

 

槍投巨人ジャベリン三体を撃破しました。ナギ・アラルと■■■は経験値——】


 そうしたら。

 俺は。

 


【スキルの適合を確認。冒険者ナギ・アラルは有資格者と認められました。スキルは自動的に『常時発動パッシブ』に変質しました。】


【おめでとうございます。貴方は地上十三人目の『接続者コネクター』となりました。】



 ——そこで、意識が、途切れた。

 

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