第3話 もう一度王都へ


「……おい、クソおにい。何の真似だ」


 家の玄関の前で土下座の姿勢でかれこれ六時間。突然の兄の奇行に、いい加減にご近所の目も気になってくる妹のストレスはピークに達しているように見えた。


「ミリア、本当に身勝手な兄ですまん! 俺は、今度こそ『冒険者』になりたいんだ!」


「いや知らないよ。どこへなりとも勝手に行けばいいじゃん……は? もしかしてその道中の路銀出せとか言うんじゃないでしょうね?」


「………………うむ」


 木桶が飛んできて、土下座している俺の脳天に炸裂した。


「いづっだぁっ!? 何しやがる!!」


「死ね、クソクソおにい! 出すわけないだろこの厄病神め!」


 激憤する妹。 

 ……無理もない。全ては俺の自業自得なのだ。


 五年前。俺が十六になったばかりの頃。

 親の反対を押し切って家出同然に王都に出て冒険者になった時に、俺は家の金を勝手に持ち出していた。……そのことで、残された家族は大変な苦労をしたらしい。


 だが、男手一つで俺と妹を育ててくれた親父は、俺が冒険者を辞めて家に帰ってきたときも何も言わなかった。……俺は、もう親父は俺のことを見放したんだと思っていた。説教も拳骨も、親父は俺に何もしなかったから。


 違うよな。

 俺が先に誠心誠意謝るのが先だった。

 そんな当たり前のことに気が付かないほど、俺は馬鹿野郎だった。


「親父、ミリア! 今までのこと、俺の身勝手で苦労をかけたこと、本当に済まなかった。本当に、申し訳ありませんでした! ……だけど俺、やっぱり夢が諦められない。今度こそ、本当の『世界を旅する冒険者ワンダラー』になって世界を見てきたいんだ! ……これを、その覚悟の証として受け取って欲しい」


 俺は、妹の前に灰鬼熊オーガベアの素材を並べて見せた。


「おにい、これ……!?」


 本来、ダンジョンの下層以降の階層にしか出現せず、中級冒険者であれば複数パーティでなんとか討伐できるレベルの高位魔獣である灰鬼熊オーガベアは、その身体から取れるあらゆる素材が高値で取引されていた。

 

 爪、牙、骨は武器や防具に用いられ、きもや心臓は薬の材料として珍重され、掌や肉は高級食材として余す所なく流通していた。

 ……前は冒険者といっても魔獣の解体ばっかりやらされていたから、ティアがめちゃくちゃにぶっちぎった死骸からでも綺麗に素材回収できたと思う。これなら、売ればひと財産になる筈だった。


「おにい、こんなのどこで盗ってきたの! こんなの見つかったら殺されちゃうよ!」


「盗ってない! 俺と、このティアとでやったんだよ!」


「くるるるる……」


 ティアも、俺の隣で神妙そうに頭を下げている。妹のミリアは不審そうな眼差しでティアを眺めて、


「おにい。……その、それ、なに?」


「ティアのことをそれとかゆーな。どう見たってドラゴンだろうが」


「ドラ、ゴン……?」


 キィイィィーーーーーーーーーーンン……


 ……


「まぁ、確かにドラゴンではあるけどさぁ。そんなちびっこドラゴンが、本当にこんな大きい魔獣を倒せたの? おにい嘘ついてない?」


「誓って本当だ。俺はティアと一緒に王都に出て、もう一度冒険者になるんだ!」


「きゅるるるっ!」


 ミリアはじっ、と俺たち二人を見つめてから、はぁぁ〜〜〜〜っ、と大きな溜息を吐いた。


「あーもう、分かったわよ! もうおにいなんて知らない。勝手にすればいいよ」


 ミリアは振り返らずに家の中に入っていって、硬貨が詰まった皮袋を取ってからまた家の外に出てくる。


「ふんっ!」


「ぐぼはぁっ!?」


 握り拳大の硬貨袋が豪速で飛んできて俺の鳩尾みぞおちに的確に突き刺さる。「っし!」じゃねーよ!!


灰鬼熊オーガベアの素材の代金。足りてない分はおにいが前に持ち出した家のお金と利息分だから、文句言わないように! そのお金持ってどこへなりとも勝手に行っちゃいなよバーカ!」


 ミリアは一息に捲し立てると、灰鬼熊オーガベアの素材をどんどん家に運び込んで、最後にばたん! がちゃん! と扉と鍵を閉めた。……え、待って待って。俺明日の朝出発しようと思ってるんだけど、今晩野宿しないとダメな感じ?


「……おい」


「うわっ!? ……親父!」


 急に後ろから声をかけられてびっくりする。……裏口から出てきた親父が、俺が家に帰ってきてから初めて声を掛けてきた。


「…………今更お前がどこで何しようが、俺はどうとも思わん。勝手にやれ」


「…………」


「だがな、半端なことはするな。男が一度『夢』だとその口から出したなら、命を賭けてこい! 願いを叶えるまで、帰ってくるな」


「う……っ、元からそのつもりだ! もう諦めて帰ってきたりしねーよ!!」


 俺はなんとか最後まで強がってみせることができた。ここで意地を張れなきゃ、俺はいつまでも何にもなれないまま、歳だけ食ってジジイになっていく気がした。……夢を捨てて王都から逃げ出した日の事を思い出す。あんなのは、もう二度とご免だった。


「……けっ、口だけ達者な奴め。……持ってけ。餞別だ」


 革の袋に入れられた長い棒状のものを親父は俺に投げてよこした。うおっ、重っ!?


(っておい、これって……!)


 この袋。これを昔何度も見たことがある。

 鍛治職人をしている親父の仕事場の壁にいつも飾られていた袋。

 一度どうしても中身が見てみたくて、椅子に登って触ろうとした瞬間、親父に見つかって本気の拳骨を頭に喰らった。


「ガキの玩具じゃねぇんだぞ!! 二度と勝手に触ろうとするな!!」


 かつて、グリフォンやマンティコアといった有翼の魔獣すら狩ることができる武器を打てる工房として名高かった親父の師匠が打った長剣なのだと聞いていた。

 ごく普通の鋼の剣でありながら、驚異的な切れ味と強靱さを持ち合わせているそれは、王都の一流の冒険者が何年も工房に通い詰めて職人に認められて、ようやく手にできる一本なのだという。

 ……そんなもの、俺にくれるって言うのかよ。


「親父っ! これ……!」


「前に言ったな、ガキの玩具じゃねぇぞ。使いみちは、もうお前が自分で決めろ」


 じゃあな、と。

 親父はそれだけ言って、一度も振り返らずに裏口から家の中へと戻っていった。

 

 俺は、革袋から剣を取り出す。

 黒鞘に収められた鋼の長剣は、今研ぎ終わったばかりのように完璧に手入れがされている状態だった。

 

(親父……)


 親父はきっと、俺が出戻って家に帰ってきた時から、こんな日が来ることを分かっていたのかもしれない。


「これ以上、情けねえところは見せられないな」


「きゅるるぅ!」


 俺の新しい相棒も、弱気を吹き飛ばせ! と高らかに鳴き声を上げた。


「——よし、じゃあもうすぐ夜だけど出発するか! 鍵もかけられちまったしな!!」

 

 半ばヤケクソになりながら、俺も無理やり元気に声を張り上げる。バカみたいだが、なんだかそれで色んなことが吹っ切れたと思う。

 

 こうして俺とティアは、旅を始めることにした。

 

 目指すは王都ガルガンディア。

 もう一度、冒険者の資格を手に入れに行くんだ!

 

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