第4話 冒険者資格再発行試験


 村を出発してから、一月が経った。

 

「やっと、見えてきた…王都ガルガンディア!」


 丘から見下ろす街道の先に、巨大な城壁にぐるりと囲まれた巨きな巨きな都市があった。

 峻険な山を背にして、崖に張り付くように高く聳え立っているのが『王城アロンダイト』。その麓に広がる円形広場の脇に、俺たちが目指す場所があった。

 

 そう。それは俺がかつて夢を抱いて門を叩き、夢破れて去った場所。

 そして、もう一度夢見た冒険を始めるための資格を得る場所。


「帰ってきたぞ、冒険者ギルド……!」


 ここからもう一度、俺の冒険譚は始まる——!




 ▼


「……ええっと。ナギ・アラルさんは冒険者資格を既に失効されています。新規の発行はお受けできません。……ってこれ、三ヶ月前にちゃんと説明しましたよね、私。普通こういう大事なこと覚えてません?」


「いや、忘れてはないんだけど、そこをなんとかなんないかなーって……! 頼むよニニアさん〜〜!」


 顔馴染みの受付嬢にそれはもう怒涛の勢いで頭を下げる。ペコペコーッ!と擬音が聞こえるほど頭を下げて、両手を擦り合わせて懇願する。


(情けなくなどない! 今の俺は全然情けなくない! 夢のために頑張っているから!!)


「おっと、そこまでだ。無駄な行為で他人の時間を浪費する事ほど醜悪なことはないな。……そうだろう、ナギ?」


「げっ、アルベド……!」


 赤い髪の優男風の剣士が、俺と受付嬢ニニアさんとの間に割って入った。

 ……コイツの名はアルベド。俺と同期合格の冒険者で、確か今はもう白銀シルバー級までランクを上げた中位冒険者だ。


「お前の行動は、いつも忙しく仕事をされているギルド職員さん方への職務妨害行為に他ならない。ましてや、お前はもう冒険者ですらない部外者だ。……普通に衛兵を呼べば、地下監獄送りが妥当だろうな?」


「ぐっ、相変わらずなんて嫌な野郎だ……」


 コイツとはかれこれ長い付き合いになるが、本当にウマが合わない。嫌味な物言い。尊大な態度。微妙に顔が良いせいで、ぼちぼち女性冒険者からの人気があるのも許せねぇ。


「クソっ、なんだよお前も俺が冒険者に戻るって言ったら笑うのかよ」


「笑うね。笑うに決まってる。お前はバカの天才かってね。……たった三ヶ月で何かが変わるほど、お前がここで過ごした五年間は軽いものだったのか?」


「…………」


 五年間。

 俺が十六で冒険者になってから、一度は完全に諦めるまでの年月。


 残念なことに、俺は本当に冒険者の才能もセンスもない人間だった。

 本当に本当に、残念な話だ。


 夢を見て都会に出てきて、自分に才能がないことに気が付き、もっと現実的な職業の道に進む。そんな話、どこにだってありふれている。

 俺自身そういう決断をした人を間近に見たこともあった。ただ、自分がそうなることをこれっぽっちも想像出来ていなかった。……俺は本当にバカだった。


「同期でも適正が無いと違う道を行く決断をした人間は沢山いる。俺は、彼らのことは決して笑わない。それどころか、自分の夢を捨ててでも成したいことを見つけた人間に、俺は尊敬の念すら覚える。……だが、お前は違うだろう?」


「…………」


「お前は誰よりも才に乏しい癖に、いつまでもいつまでもしつこくこの道に縋り付く大馬鹿だ。何度も俺が別の道を勧めようが、自分の夢だからの一点張りで人の話を聞かないクソ馬鹿野郎だ」


「…………」


「それで、自分が世話になった恩人を見殺しにして、やっと折れたかと思ったらたった三ヶ月で帰ってきやがっただと? お前は本当の本当に大馬鹿野郎だ! 今更何しに帰ってきやがった!!」


 アルベドの怒声が冒険者ギルドの大広間ホールに響く。ここに来ていた冒険者たちも、何事かとざわつき始めている。


「…………アルベド、悪い。だけど俺には、やっぱりこの道しかないんだよ」


「……っ! そうか。志だけは立派なことだ。だがな、お前の現実は何も変わらない。足手纏いの雑用係として色んなパーティでコキ使われるだけの生活に、お前は何の夢を見る?」


「俺一人じゃ変わらないだろうさ。……でも、今はもう一人じゃない!」


「きゅるるるるっ!!」


 俺の足元から高らかに咆哮を上げるティア。

 いいぞ、今のは最高のタイミングだったぞ、相棒!


 静まり返る冒険者ギルド大広間ホール

 ……あれ、なんかこう、思ってた反応と違うな?


「……おい、ナギ」


「なんだよ?」


「お前の足元の、その、今なんか鳴いたそいつ。……それ、なんだ?」


「何だって、お前。どう見たってドラゴンだろうが。コイツはティア。俺と従魔契約を結んだ、だ!」


「ん、ん、んん〜〜ッ、ちょっと、一回待ってもらっていいか?」


 いいけど、何だどうした。

 アルベドは、受付のニニアさんのところまで行って、俺に聞こえないようにこそこそ耳打ちしている。


(あんな魔物見たこと無いのですが、ニニアさんご存知ですか?)


(私だって無いですよ、あんな奇妙な生き物! 迷宮ダンジョン内の魔物図録カタログにも載ってません。……新種の魔物でしょうか?)


(だとしても、【調教師テイマー】としてレベルアップすら碌に出来なかったナギに契約できるとは思えませんが……)


「おおい、まだかー。もういいかー」


「まだだ! もうちょっと待て!」


 まだだそうだ。


(何だか私、アレを見つめていると頭がクラクラしてきました。……軽く常時発動パッシブの精神汚染が入ってるかもしれません)


(抗精神汚染の護符を装備しました。……あ、本当にちょっとスッキリしますね。一体何なのだ、あの生物は……)


(何なのかわからないですが、確実に言えることが一つあります)


(ええ、間違いなく。——アレはどう見ても、

 

「まだかー?」


「よし、いいぞ」


「なんだったんだ、今の時間? ……まぁいいや、もう一度言う! 俺はこのティアと一緒に今度こそ『世界を旅する冒険者ワンダラー』を目指す!」


「くるるぅっ!」


「…………」


「…………」


「ちゃんと聞けよぉっ! 俺が新しいスタートを切るシーンをよおっ!」


「いや、すまんすまん! ちゃんと聞いている!」


 んだよもう。ちゃんとしてよね。



 ▼ 


「冒険者資格再発行試験?」


「あぁ、そうだ。出戻りの人間がもう一度冒険者になるためには、この試験を受けて合格する以外の道はない」


 アルベドは俺に向かってそう説明した。

 一度冒険者を辞めた人間が再登録するためには、自分が辞めた時よりも一ランク上と同等の力があると試験で証明しなければならないらしい。……再び冒険者になるからには、一度辞めた時点からの研鑽を見せろ、というわけだ。


 俺が辞めた時のランクは黒鉄アイアン級。

 駆け出し冒険者が三ヶ月で最初の屑石ストーン級からランクアップしてなるのが黒鉄アイアン級だ。……つまり、俺はそこで五年間足踏みしていたということ。改めて自覚すると、本当にがっくりくる事実だ。


「きゅるるる……?」


「ああいや、大丈夫だよティア。もう昔の話だ」


 冒険者資格再発行試験では、黒鉄アイアン級の一つ上の青銅ブロンズ級相当の実力を示さなければならない。……だが、俺とティアなら、絶対に大丈夫だ!


「試験は冒険者ギルドの訓練場で、試験官との模擬戦を行ってもらう。……勝ち負けは試験結果には関係ない。自分のポテンシャルを十分に発揮でき、それが水準に達していれば合格となる」


「……わかった。それで、試験官は誰だ?」


 俺の質問に、アルベドは獰猛に嗤う。



「試験はギルドから委託を受けた、受験者のことをよく知る、受験者よりも高位の冒険者によって執り行われる。——つまり俺だよ、ナギ」

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