第5話 中位冒険者アルベド
正直、そんな気はしていた。
アルベドは俺の同期の冒険者の中では、頭二つ実力が飛び抜けているヤツだ。
実家は確か王都の商会の三男坊とかだったと思う。安定した商人の道を捨ててわざわざ危険な冒険者の道を選んだあたり、アイツもまぁまぁイカれてる。
幼い頃から剣の才能を認められて、その上で自分で決めた道だからと訓練を欠かさず、実戦の場でもいつも最前線で敵と切り結んできた正真正銘の「戦士」だ。
(クソ……嫌んなるなぁ。どこの英雄譚の主人公サマだっつーの)
アイツ自身は自分の家や育ちのことを鼻にかけることもなかったし、他人の出自も詮索することなどなかった。
アイツはいつだって他人と比べたりしていなかった。ただ自分のために自分の剣を磨いてきた、ただのクソ真面目でクソ優秀な、俺もああなりたいと思わせる嫌な奴だった。
「さて。……こちらはいつでもいい。好きなタイミングでかかってくるといい」
「へーへー。精々胸を借りるつもりでやらせてもらいますよ。……絶対泣かすからな」
「ふふふ、面白い冗句だ。次の職業に、道化師の仕事を斡旋してやろう」
「抜かせ、この! ティア!!」
「きゅるるっ!」
俺の指示に完全に合わせて、背中から伸びる触手をアルベドに向かって振り下ろす。
(今更だけど、直撃したらアルベド死なないか……?)
本当に今更ではあるが、一瞬四肢がバラバラになったアルベドの姿を幻視して、背筋が凍える。だが、俺の目に飛び込んできた光景は、予想を遥かに超えるものであった。
「っぶない……! おい、ナギ! ちゃんと従魔に手加減させてるんだろうな!?」
俺が見た光景。
それは、音を置き去りにする速さで振るわれるティアの触手を、剣を持っていない方の手で片手キャッチするアルベドの姿であった。
「手加減……?」
「今初めてその言葉を知った、みたいなリアクションやめろ!」
俺、手加減しろって言ったか?
いいや、言ってない。ティアには普通に「戦え!」としか指示を出していない。
……
(流石中位冒険者。十分人間辞めてやがるな)
中位冒険者は一度、
持って生まれた才能から選ぶ「基本職」を修めた後、転職条件を満たすことで冒険者は
だが、試験は始まったばかりだ。
ティアの触手はまだ何本も空中で揺らめいている。俺はアルベドが見せる一瞬の隙を見逃すまいと、さらに集中を深めていく——。
++
ナギが模擬戦に集中していく一方、アルベドはといえば、
(いや、無理無理無理無理。なんだ、あのバケモノは!!)
内心で迸る絶叫を、なんとか噛み殺しているところであった。
今の一撃で左手の感覚は無くなった。
結果的に掴みこそしたが、多分だけど骨はイッてる。ずぐんずぐんと響く鈍痛が、割とシャレにならないダメージを喰らったことを教えてくれる。今すぐにポーションをがぶ飲みしたいし、なんなら横になりたい。
ナギの従えている見知らぬ魔物を前にして、アルベドははじめから一切の油断も慢心もしていなかった。
自分が中位冒険者でありこの場での強者だ、などと自惚れることなどできなかった。
——それだけ、ナギが連れている「アレ」が不吉な気配を纏っているのだ。
(
一手誤ったら、即死する。
それが幻覚でも大袈裟でもないという極限の緊張感を、アルベドはこの模擬戦で味わっていた。
そんなアルベドの精神状態を知る由もなく、ナギはティアへの指示と連携を試すことに夢中になっていた。
「攻撃のリズムを一定にするな! 叩きつけと刺突をランダムに織り交ぜて、敵を撹乱しろ!」
「きゅる!」
「触手に頼りすぎるなっ! 敵を体の位置から遠ざけるように常に動き続けろ!」
「くるる!」
「くっ! 今のだと突っ込み過ぎだ! ティア、奴の間合いの外まで一旦下がるぞ!」
「きゅるきゅるっ!」
(触手を振るう速度に少しは目が慣れてきたが……直撃は避けないと危うい……っ!)
本来の試験の意義を考えれば、最初の一撃でナギとティアは十二分に合格の水準に達していた。
……だが、アルベドには裏の目的——冒険者ギルドからの『奇妙な新種魔獣の能力調査』依頼を達成するために、そう易々とナギたちに合格を出してはやれなかった。
「ふ、少しはやるようだがまだ足りないっ! お前たちはこれをどう捌くっ!?」
彼らの攻撃能力は分かった。
では、防御能力はどうだろうか。
中位冒険者であるアルベドの本気の攻勢が始まった。
++
(なっ!?)
アルベドの目立つ赤髪が、突如として分裂した。
「——
残像がその場に残るほどの神速で、アルベドはティアではなく俺に突っ込んできた!?
中位冒険者アルベド。その
防御を捨て、攻撃力と速度に特化したステータスを持つ【
つまり、当たったら、死ぬってことだ——!
(ぬぅおおおおおっ!?)
カキキキキキキィンッッ!!!!
なんとかその場に身を屈めることだけできた俺の目の前で、霞むほどの速さで振るわれるアルベドの剣とティアの触手がぶつかり合って激しく火花を散らす!
お、おおお、凄いぞティア!!
「っ、ふしゃあああああっっ!!!!」
突然
左右の瞳の色が、普段の紫色から赤に変わっていく……おいおい、なんかちょっとやばそうだぞ?
「ティア! 落ち着……」
「そ こ ま で っ ! !」
訓練場に稲妻の如き雷声が響き渡る。
〜〜〜〜っっ! なんだぁ、今の!? 鼓膜がキーンってなったぞ……!
どデカい声で試験を中断させたのは、身の丈ニメイルを超える筋骨隆々の大男だった。更に背中には背丈を超える特大剣を背負っており、歴戦の強者っぽい迫力が全身から放出されていた。なんだあの濃いいオッサンは……。
「試験官、アルベドよ。この者たちの試験結果は如何に?」
「……剣をこんなにされてしまっては、私からは反論の余地なしですよ。合格です」
アルベドの持つ剣は刃先が潰された訓練用の長剣であったが、見ると刀身が所々抉れるように削り取られている。
(なんだアレ……!? ティアがやったのか?)
剣が折れるところは何度も見たが、あんな壊れ方は初めて見た……どんな力がかかったらああなるんだよ。
「ふむ、俺の見立ても同意見だ。——冒険者ナギ。貴様を今日この瞬間から
「っ!? は、はい!!」
ギ、ギルドマスター!?
王都の冒険者ギルドは冒険者協会本部だ。……そこのギルドマスターとは、つまり全冒険者のトップに君臨する者だということ。つまり——
(国境を越えて活動することを許された
『
目の前に俺のなりたいものがいる。
五年かけても視界に入れることすらできなかった存在が、今すぐそこで俺のことを見つめていた。
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