第6話 ざわつく冒険者ギルド


「それで、実際のところはどうだった?」


「……これを」


 試験終了後。

 ナギとティアが冒険者資格の再発行手続きに向かったあと、ギルドマスターである『倚天斬鱗スレイヤー』マードックとアルベドは執務室で向かい合っていた。

 ティアという名の、誰も見たことがない新種の魔獣が、どれ程の能力を持つ存在かを確かめようとしているのだった。


 マードックの問いに対して、アルベドは小手ガントレットを脱いで左の掌を見せる。


「……ほう、痛そうだな?」


「痛いですよ、めちゃくちゃ。悪いんですが、良いポーション持ってませんか?」


「あるぞ、飲め飲め」


 マードックは腰に付けた小鞄ポーチから水色の溶液の入った瓶を取り出して、アルベドに投げて渡した。


「ちょっ!? これ霊薬エリクシルじゃないですか!」


「よいよい、早く治癒しないと治りが悪くなるぞ?」


 豪快なようで周りの世話フォローが得意なのがマードックという男だった。こんな男だからギルドマスターなどという煩雑で面倒でしかない仕事が務まるのだとも言える。


 アルベドは小瓶の中身を一息に飲み干した。

 ぐちゃぐちゃに複雑骨折して、赤紫色に内出血していた左掌は見る見るうちに元の形と血色を取り戻していった。


「ふぅ。ありがとうございます。マスター」


「構わないとも、冒険者アルベド。……だがしかし、アレの危険性は想像以上の様だな?」


 アルベドは模擬戦の光景を思い返す。

 

 空中に揺蕩う無数の触手。

 伸縮自在と見えて、訓練場の広さではその長さの限界は測れなかった。

 それらの一本一本は、恐ろしく強靭でほどに硬い。

 そして、それが音の壁を破る速度で、無数に、連続して、飛んでくる——。


 ぶるるっ、と無意識に背筋が震えた。


「……よく生きて帰ってこれたな、と自分のことを褒めたい気持ちです」


「がははははっ!! 天才剣士様がすっかり殊勝なことではないか! 高く伸びた鼻を綺麗に折られたと見える」


「笑い事じゃないですよ! あの力が暴走したらと思うと……」


「ふむ、それよ」


 マードックは腕を組んで、人差し指を立てた。



「……っ、断言はしかねます。あくまで私見で良ければ」


「それで構わん」


「……恐らく、ありません。ただし、絶対条件があります」


「主人である冒険者ナギ・アラルの身の安全、か」


 マードックも先の試験を見物していた。

 ナギが受付で一悶着している最中に、既にギルド内で異形の新種魔物を連れた【調教師テイマー】の情報は異常事態として上に連絡が回っていた。


 冒険者ギルドは力の集団だ。

 いついかなる時も有事に即応できるよう、些細な違和感もイレギュラーな事態も見逃さない。これは受付嬢から末端の調査員にまで徹底して教育された、冒険者ギルドの鉄則であった。


 この体制により、ナギとティアの存在はギルドに到着してから十五分後には冒険者協会トップのギルドマスター・マードックまでが知ることとなった。

 そのため、実はあの冒険者資格再発行試験には、気配を殺したギルド最上位幹部たちがこぞって見物に訪れていたのだった。


「うむぅ……」


 自分の目でティアがナギへの攻撃に対して怒りを露わにした瞬間を目撃したマードックとしても、概ね同じ感想を抱いていた。

 だが、その結論としては真逆の考えであった。


「だがなぁ。このあとナギは襲われるぞ?」


「!」


 冒険者同士でのいざこざ。

 足手纏いの初心者を教育という名目で連れまわし、労働力として搾取する。

 もしくは一人の冒険者に対して複数人で袋叩きにして金銭やアイテムなどを強奪する。

 そんなことは日常茶飯事なのだった。


 ……悪しき慣習ではあるが、それが発生すること自体はギルドマスターは放置していた。

 どこまでいっても冒険者とは力の存在なのだ。あらゆる危難を己の力で乗り越えてはじめて『冒険者』を名乗れる。……冒険者から危機を遠ざけるなど、成長の機会を奪うようなもの。マードックはそう考えていた。


「ナギに対しての同業者からのちょっかいを、ギルド側で予防することはしない。これはギルドとしての基本方針だ。……だがな、その結果として自業自得のバカ共が虐殺されるのを放置することはできん」


「手を出す方が悪いのでは?」


「かははは、お前もなかなか口が悪いな? それとも友人思いなのか。……やり過ぎなければ、バカ共がどれだけ痛い目をみようが構わん。が、殺しは御法度だ」


 アルベドは考える。

 ナギがこれまで馬鹿にされてきたのはその大半が自分たちも下位に位置する青銅ブロンズ級冒険者たちだ。

 出戻ってきて早々に、今まで下僕扱いしていた最弱テイマーが、一気に自分たち青銅ブロンズ級よりも上の白銀シルバー級になる。……気に食わないものは多いだろうな。

 

 恐らく、この数日中にナギは同業者からの襲撃を受ける。

 その際に、ナギが傷付けられることを奇妙で、それでいて恐ろしい生き物が果たして赦すだろうか。

 アルベドは模擬戦の中で本気でナギを傷付けるつもりはなかった。殺意の有無は、魔獣にとっては簡単に分かることだろう。……その上であの怒りっぷりだ。今思い出してもゾッとする、あの怒気。


(……ムリだな。ムリムリのムリ。アレをマジギレさせたらだーれも生きて帰ってこれん)


 ここにきて、アルベドは再来の生真面目さを放棄しようとしていた。

 本当に、なんでこんな他人の馬鹿の尻拭いを、始まる前から考えなくちゃならないのか。バカバカしいにも程がある。


「くくく、そんな顔をするようになった男は、俺は高く買うぞ?」


「苦労人ばっかり選んで幹部にしてるって噂ですよ。俺もその一人ですか?」


「お前はお前でまだまだだ。だが、見込みは十分にある」


「ふっ、嬉しくない褒め言葉ですね」


 遠い目をし始めたアルベドとは異なり、ギルドマスター・マードックは脳裏に最悪のシナリオを描き始めていた。


(冒険者ナギが言うように、アレがまだ仔ドラゴン——だとして、今後十分に成長した後で人間に牙を向いた場合……この王都ガルガンディアは一瞬で壊滅するだろう)


 国最大の都市で発生する未曾有の大破壊。

 人的被害、経済的損失、共に想像を絶する規模で損害が出るだろう。

 だが、人智を越える天災の如き存在が相手でも、人間が打てる手を諦めずに積み上げていくしかない。それこそが、人間の持つ本質的な力なのだから。


 ギルドマスター・マードックは、厄災への備えを早急に進めることを決意した。




 ▼


「おおおっ、見ろよティア! これっ!」


「きゅるるるーっ!」


 陽の光を反射して白銀に輝く冒険者認証プレート。俺が五年間泥に塗れて這いつくばっても全く届かなかった中位冒険者の証。

 手の中でキラキラ輝くそれに、俺の名前がしっかりと刻み込まれていた。


「本来的には、白銀シルバー級は転職クラスチェンジを経て二次職に就いた冒険者のことを指します。……ナギさんはまだ基本職の【調教師テイマー】のみの状態ですので、この昇格は例外中の例外です。その辺りをちゃんと理解しないと……」


「うおーっ、すげぇな白銀プレート! これ全部本物の真銀リスリルで出来てるんだってよ!」


「くるるるー!」


「あっ、ちゃんと話聞いてない。私は知りませんよー?」


 その時の俺は、とにかく舞い上がっていた。

 ティアと出会ってから急に人生が拓けて、冒険者にもまた戻れて、憧れの存在である『世界を旅する冒険者ワンダラー』にも出会えて、俺の人生遂に始まったな! って思っていた。


「きゅいきゅいっ!」


 俺の足元で触手をふりふりして一緒に喜んでくれているティアの頭を撫でる。

 すべすべでつやつやで、子猫の毛皮よりもなお柔らかな触り心地。ティアも俺の手に気持ちよさそうに頭を擦り付けてくれる。


 とってもいい気分だった。

 なんでも全て上手くいきそうな、根拠のない自信が湧いてきていた。



「………………」


 だから、愚かにも俺はその時。

 本来気付くべきことにこれっぽっちも気が付いていなかったんだ。

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