第7話 見えざる悪意


 冒険者に復帰してからの俺とティアは、控えめに言って絶好調だった。


「ニニアさーんっ! 冒険者ナギ・アラル、無事に依頼完了しましたよーっ!」


 冒険者ギルドの受付カウンターに意気揚々と駆け寄って、馴染みの受付のお姉さんであるニニアさんにクエストの完了報告をする。

 今回俺たちが受けた依頼は、中位クエスト『一つ目巨人鬼サイクロプスの討伐』だ。


「え、もう終わったんですか!? ナギさん、依頼受けたのって今日の朝ですよね?」


「いやぁ、現地に行ったらすぐに標的ターゲットが見つかったんでラッキーでした! あ、討伐証明部位って確か耳で良かったんですよね?」


 驚くニニアさんの前に、倒した一つ目巨人鬼サイクロプスから切り取った一本角を提出する。

 これまでの俺だったらどう考えたって不釣り合いで、命が幾つあっても足りないような危険な依頼を、たった半日でこなしてきた。

 ……ぐふふふ、ギルド内の他の冒険者どものざわめきが心地良いわ。いつまでもお前らの知ってるナギさんだと思うなよ?


「え、ええ。——はい、確かに受け取りました。クエスト報酬は金貨二十枚ですね。一括でお渡しすることも、冒険者口座への振込もできますが、どうします?」


「今日は買いたいものもあるんで、一括で!」


「分かりました。少々お待ちください。……あの、ナギさん」


「はい?」


「早いペースで中位クエストを受けて頂いてありがとうございます。……実は今、普段中位討伐クエストに対応している上位冒険者パーティの皆さんが揃って深層域の攻略に向かっているんです。……彼らが戻ってくるまでの間、依頼が処理されずに被害が増えることが心配だったんです」


「ニニアさん……」


「だから、ナギさんのおかげで沢山の人が助かります。本当にありがとうございます」


「……!」


 ニニアさんからこんなに感謝の言葉を貰ったのが初めてだったから、俺は思わず言葉を詰まらせてしまった。

 そうか。そうだよな。

 冒険者の仕事ってどこかで困っている人の役に立ってたりもするんだよな。……自分の夢を叶えること以外の意味なんて、今までは考える余裕すら無かった。


(人から感謝されると、嬉しいもんなんだな)


 なんだかむず痒い感覚だ。

 ……話は終わったかと思いきや、ニニアさんが小声で耳打ちをしてきた。内緒話?


「……でも、本当に気を付けて下さいね? 最近のナギさん、冒険者ギルドの中で良い意味でも悪い意味でも目立ってますから」


「あー、そうですね。気を付けます」


 他の冒険者たちが俺とティアに向ける視線の中に、驚愕や嫉妬だけではない、それよりも昏い感情が乗っていることには気が付いていた。

 ……殺気っていうのかな。ムカつきと苛立ちが煮凝りになってもっとドロドロしたやつ。


(そろそろ一回、来そうな感じだよなぁ)


 あー憂鬱だ。いつものヤツだよ。

 誰か一人が大きく成功すると、決まってそれをよく思わない連中が大勢で押しかけてくるんだ。


 辞めるまでの五年間で、そういう冒険者の汚い一面も沢山見てきた。

 本当に嫌になるが……まぁ、今回についてはなんとかなるだろ。


「なぁ、ティア?」


「きゅる?」


 うちのめちゃカワ仔ドラゴンちゃんは、くるくるのお目目で俺のことを見返してくれる。

 うーん、負ける気がしねぇな。



 ▼


「よーぉ、ナギちゃーん。最近、景気良さそうじゃねぇの」


 そーら、おいでなすったぞ。

 冒険者ギルドから宿に帰る途中、ちょっと裏路地を通ったらすぐこれだ。


「……そいつはどーも。ギースも中位クエスト受けてみたら? たまには人に感謝されることもしてみなよ」


「テメェ……ギース“さん”だろうが……!」


「調子乗ってんなぁ、小僧!」


「散々俺らが教育してやったのに、その恩を忘れてるみたいじゃねぇか。許せねぇなぁオイ」


 ギースとその取り巻き三名。

 こいつらは青銅ブロンズ級冒険者の中でも特に素行の悪い、チンピラ的おじさんズだ。


 中でも【猟師ハンター】ギースは特にタチが悪い。冒険者としては長く活動しているベテランだが、クエストの達成や名声を得ることよりも法の及ばないダンジョンの中で悪事に手を染めることに楽しみを見出すタイプで、その証拠を一切表に出さないという用意周到さも持ち合わせている。


 ……辞める前の時には受注資格が「パーティのみ」のクエストに参加するために、一時的にコイツらとパーティを組んだこともあるが……本当に最悪の経験だった。それを「教育」ですかそうですか。


「あのさぁ」


「あ?」


「言いたいことも、やりたい事も大体わかってるんだけど、時間が勿体無いからこういう茶番はナシにしない? ……囲んでボコって金を巻き上げに来たんだろ? 遊んでやるから、とっとと来なよ」


「舐めてんのかテメェ……!」


「望み通り、やってやる」


「あとで泣き入れてももう許してやらねぇぞ」

 

 おーおー。チンピラおじさん共が吠えよるわ。ティアも戦意の高まりを感じて「くるるるるる……」と低く鳴き声を上げながら、触手をひゅんひゅん動かし始める。

 ……ん? 待て、ギースの様子が変だぞ?


「バカ共が、俺の断りなく勝手に始めんじゃねぇよ。……違うんだよ、ナギ。そうじゃねぇ。俺は今日、お前に謝りに来たんだよ」


「………………はぁあ!?」


 今、なんて言った?

 謝る? ギースが? 俺に?


 この街で最も関わり合いになりたくない冒険者のギースが、あのいつもニヤニヤと薄ら笑いを浮かべて、カモにできそうな新人冒険者を探して歩いているようなギースが、俺に謝るだって??


「…………なに企んでやがる」


「お前がそう疑うのも無理はねぇ。……だがな、俺はもう後ろ暗いことをするつもりはねぇんだ。——お前への仕打ちも、他の冒険者たちへの事も、心から反省している。……ナギ、済まなかったな」


 深々と俺に向かって頭を下げるギース。


 怪しい。怪しすぎる。

 ギースが今このタイミングで俺に頭を下げるメリットはなんだ?


 ……よく見れば、路地裏の薄暗がりの中でも分かるほどギースは小刻みに震えていた。


「……この間のお前の試験の場に、俺も居たんだ」


「!」


 俺のティアの冒険者資格再発行試験。

 中位冒険者アルベドとの模擬戦。

 

「お前とお前の従魔を見た。——とても、とても俺じゃ敵わわねぇ。アルベドの野郎は掴んでやがったが、俺は最初の一撃で頭を割られてそれで終いだ。……心底ブルったぜ。これまでの行いを悔いるほどにな」


 ……あぁ、なるほど。

 ギースが何をしたいのか俺にも分かった。

 つまり、自分が逆襲されることを恐れていたのだ。


「いつお前が俺の前に現れて、問答無用でその従魔をけしかけて来るかと思うと、夜も眠れねぇ。……見ろよ、このくまを! もう三日まともに寝てねぇ!」


「いやそれは知らんけども」


「もう勘弁してくれ! 俺はお前に二度とちょっかいを掛けねえ。他の新人冒険者のガキ共にもだ! ……近いうちに俺はこの街を去る。だから、それまでそっとしといてくれないか?」


「……随分虫のいい話に聞こえるけどな? お咎めは無しで済まそうってか?」


「おいおい、それはお前……。お前にも関係ある話になってきちゃうだろう? ……ナギよ、お互いそこは賢くいこうぜ」


「ちっ」


 ……俺は苦い記憶を思い出す。

 以前にコイツらと一緒に魔獣の密猟紛いのことに手を貸したことがあった。儲かるクエストがあるからと誘われ、断りきれなかった。

 ……冒険者に復帰したばかりの俺も、今更そんなことを突かれたくはない。クソっ。


「……いいよ、行けよ。俺もお前なんかと関わるのはもう真っ平だ」


「おお、おお! そうか、許してくれるのか。すまねぇなぁ、ありがとうなぁ、ナギ!」


「許しちゃいねぇよ! とっとと失せろ!」


「へへへ、そうさせてもらう。じゃあなぁナギ」


 

 そんな捨て台詞を残して、ギースと取り巻き達は路地の暗がりに消えていった。


 冗談じゃねぇよ。二度と会いたくない。

 気が付けば、俺の掌はぐっしょりと冷や汗で濡れていた。

 ティアが隣にいてくれるのになんてザマだ。……情けねぇ。


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