第8話 迷宮に行こう!


 翌日は快晴だった。


 昨夜の出来事が胸の中でムカムカしていたせいで俺はなかなか寝付けず、寝不足の頭に眩しい朝の日差しが瞳を通して直接ブッ刺さるみたいだった。きつい。


「……今日は休みにしよう」


「とっとと起きなぁ! タダ飯喰らいは出てってもらうよ!!」


 もぞり、と布団に還ろうとした俺を宿屋のおばちゃんが文字通り叩き起こしにくる。

 ……元冒険者であったこのおばちゃんは、力も素早さも俺より高く、抵抗することは許されていない。


 力ずくで布団を引っ剥がされて床にゴロゴロゴロゴロ!っと転がされる俺。


「いってぇーな、おばちゃん! タダじゃねぇだろ宿賃払ってるじゃねぇか!」


「バカだね、働かないで食う飯は無いって言ってるんだよ! ホラ、いい若いモンが朝からダラダラしない! 飯食ってしゃっきりしな!」


 うううう、おばちゃん声でけーよ……。

 無駄に威勢のいいおばちゃんのデカボイスで朝イチから体力を削られながら、俺は食堂へと降りて行った。


「あっ、ナギっちおはー」


「おう、ユリたんおはー」


 このユルい挨拶をしてくれるのは家の宿屋の看板娘のユリアちゃん。俺はユリたんと呼ぶことを許されており、それはとても名誉なことである。……ちなみに、信じ難いことだがあのおばちゃんの血縁上の娘である。

 

「ティアちんもおっはおはー」


「きゅるー」


 ユリたんは初対面からティアのことを一切変に思わず、今も普通に触手を掴んでニギニギしている。曰く、「ぷにぷにしてて癒される」そうな。わかるぅー。


「ねぇ、ナギっちってさ、最近白銀シルバーに上がったんでしょ?」


 朝食のパンとスープを持ってきてくれたユリたんが話しかけてくる。


「そうだよ? それがどしたん?」


「や、白銀シルバーならダンジョンソロで潜れるんじゃね? と思ったんだけど」


「あ!」


 そうだ。そうだった。

 冒険者ギルドの定めたルールに「下位冒険者の単独での迷宮攻略は不可」というものがある。

 それは初心者のうちに迷宮で命を落とすリスクを減らす為でもあるし、早い段階でダンジョン内での団体行動や連携を身につけるため、という目的もある。……俺は苦手だったけど、団体行動。


 それが中位冒険者になれば免除されるのだ。

 白銀シルバー級に昇格した時点で、ソロでも迷宮に潜ることができ、自らの引き際を判断できる能力があるベテラン冒険者と見做される。


(地上の討伐クエストにかかりっきりですっかり忘れてたなぁ)


 ちょっと欲しいものがあり、即金で報酬が貰える討伐系クエストばかり受注していた。……それが昨日ちょうど目標金額を貯めることができ、ギースとのいざこざの後に無事に購入することができたので、いいタイミングだ。


「ナギっち、前からソロだと効率良いって言ってたじゃん? おべんと作ったげるからさ、行ってみたら?」


「ユリたん……! 俺行ってくるよ!」


「ぎゅいぎゅい」


 足元から何故かティアの機嫌悪そうな声が聞こえてくるが、ともかく今日の方針は決まった。


「うーん、今日はダンジョン日和だなぁ!」


「ダンジョン、地下だから関係なくない?」




 ▼


 そんなこんなでやってきましたダンジョンへ。


 正式名称は「ゲオマグス大迷宮グラン・メイズ」。王都がこの場所に造られるよりも遥か前の時代からこの迷宮は口を開いていたらしい。それを初代国王ゲオマグス一世が初踏破し、ダンジョン最深部から『迷宮核ダンジョンコア』を持ち帰り、建国の礎にしたのだとか。……冒険者教習所の退屈な座学で散々覚えさせられて、心底ゲンナリした記憶がある。アルベドの野郎は目を輝かせて、質問までしてやがったが。


(しっかし、久しぶりだなーダンジョン。受付は、っと……)


 ダンジョン入場には受付で潜行ダイブ登録をして、帰還予定日を申告しなければならない。その日数を過ぎると未帰還者として救助隊が結成される。……当然、その費用は有償であり、払いきれない場合はギルドが建て替え、借金として永遠に報酬から引かれ続けることになる。冒険者とは世知辛い商売なのじゃ。


「今日は久々だからお試しで一泊二日、と」


「……あっ、あのっ!」


「む?」


 記入用紙を書いていると、後ろから見知らぬ冒険者に声をかけられた。……俺? 本当に俺で合ってる?


「合ってます。……あの、白銀シルバー級冒険者のナギ・アラルさんですよね?」


「はい、そうですが」


 絶対に年下の見るからに駆け出しって装いの冒険者たちに敬語を使ってしまう。……他人から話しかけられるの慣れてないんだよ、仕方ないだろ。


「俺たち、今年登録したばかりの新人です。……迷宮に挑戦したいんですが、パーティ登録していても登録してから一年経っていないメンバーだけだと潜行ダイブできないって知らなくて……」


「あぁ、それで足止めくらって困ってたのか」


 なるほど、話が見えてきたぞ。

 つまり無駄に登録期間が長い俺が彼らのパーティに参加すれば、迷宮潜行ダイブの条件を達成できるというわけだ。そういうお誘いなのだろう。


「んー。行ってあげたいんだけど、俺もダンジョン潜るの久々だし、あんまり役に立つアドバイスとか出来ないと思うよ?」


「いえ! そんな事はないです。ナギさんの活躍の噂は、俺たちいつも聞いてますから!」


 三人の新人冒険者はみんな目をキラキラ輝かせて俺のことを見てくる。


(あー、俺って今、そんな感じで見られてるのか……)


 憧れの先輩冒険者。俺の新人の時にも、そういう立ち位置の人はいた。

 ……俺は散々迷惑をかけて、世話になっておいて、最後は恩返しもできなかったけど。

 

(勝手に憧れて、勝手に慕ってきて、勝手に着いてきて……。さぞ鬱陶しかったろうなぁ。すんません、クロウさん)

 

 今は亡き、俺の大恩人に心の中で詫びる。

 ……うん、ちょっとくらい格好付けて、あの人の真似事をしたってバチは当たらないだろう。


「……しょうがねぇなぁ。俺がそっちのパーティに入ればいいか?」

 

「いえ、それには及びません! 俺たちがナギさんのパーティに入ります!」


「パーティって俺、ソロだよ?」


「いいんです! ナギさんリーダーのパーティに入ったって、同期の奴らに自慢したいんですよ」


「なんじゃそりゃ」


 そんなもんが自慢になるのかねぇ。

 ……なんか、本当に自分が自分じゃないような気持ちだ。つい三ヶ月とちょっとまで、誰も俺のことなんか見向きもしない、ただ底辺冒険者だったってのに。全く、変な感じだよ。


「……へへへ、まぁたまには後輩の面倒も見ないとだよな、ティア」


「きゅるるるー」


 そうして俺は、頼れる相棒と新人冒険者たちと久々の迷宮潜行ダンジョン・ダイブに向かうこととなった。


「………………」


 新人冒険者のうちの一人、治癒術師の女の子がフードの奥で少し暗い顔をしているのが気に掛かったが、多分緊張しているんだろうと思って深くは考えなかった。


 ……考える、べきだった。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る