第9話 迷宮行路Ⅰ 解体の基本


「うっ、わぁあぁぁぁーー……っ」


「ここが、ダンジョン……!」


「広い! ていうか、なんで空があるんですか!?」


「はしゃぐなはしゃぐな、新人ニュービーたち。慌てるとコケるぞー?」


 迷宮第一層。

 大迷宮グラン・メイズの大鉄門を潜り抜けると、そこは一面に青空と森林が広がる広大な大地であった。

 ……物理的には地下の筈なのに、なんで空があるのかというと、ここがまるっきり「異空間」だからだ。


「ふふふ、詳しい原理とか聞くなよ? 俺も知らんし」


「ええっと、古代の呪法によって創成された『仮想領域』なんだと座学で習いました」


「あっ、そうなんだ?」


 へーっ、初めて知った。

 いや、俺が教えてもらってどうすんだ。


「ま、まぁ成り立ちは一先ず置いておいて、キミらは周囲の警戒を厳にするように! この辺でもぼちぼちモンスターに出くわすぞ」


「はいっ!」


 返事の良い後輩共である。みんな真面目だ。

 新人冒険者パーティの三人は、聞けば、皆同じ村出身の幼馴染なんだそうだ。


 リーダーの【剣士フェンサー】ガド。

 【弓闘士アーチャー】のザックス。

 そして【治癒術師ヒーラー】のアリサ。


 みんな同い年の十六歳。

 俺が初めて冒険者になったのもこの歳だった。


(初々しいなぁ……俺も初めてダンジョンに潜った時は興奮したなぁ)


 その時にはしゃぎ過ぎて上ばっかり見てて派手にすっ転んだことは後輩たちには内緒だ。


 迷宮第一階層では、基本的に弱いモンスターしか出現しない。

 それも単独での出現が主で、新人冒険者たちは落ち着いて複数人で単独の敵を叩けばいい。

誰が考えたのかは知らないが、冒険者にとって都合の良い仕組みになっている。パーティの慣らし運転には最適だ。


「お、ちょうどいい獲物が来たぞ。……戦闘準備!」


「おおっ!」


 がささっ!と草むらから飛び出してきたのは、『はぐれウルフ』だ。

 故郷の森に出現する『森林狼フォレストウルフ』よりも一回り小柄な痩せっぽちの狼で、たった一匹で出現するからウルフ種の最大の武器である群れによる連携行動も取れない。典型的な弱い魔物だ。


「ガド! 前衛として攻撃を引きつけろ! ザックス! 逸れウルフが攻撃を空振りした瞬間を狙うんだ!」


「はいっ、ナギさん!」


 ……おーっ、人間相手に指示出すなんて初めてだけど、ちゃんと指示を聞いてもらえると嬉しいものだなぁ。


「あ、あのっ、ナギさん。……私はどうすれば?」


「あぁ、【治癒術師ヒーラー】のアリサさんは何かあったら動いてもらうから、それまでは待機で! ……油断しちゃダメだよ? 結構後ろから来たりするから。ほら、こんな感じで! ティア!」


「くるるるっ!」


 しぱーんっ! と快音を響かせて、ティアの触手が背後攻撃バックアタックをしようとしてきた別個体の逸れ狼の頭を粉砕する。


「ひゃあっ!」


「ナーイス、ティア! いえーい!」


「きゅるー!」


 俺とティアは手と触手でハイタッチ。

 流石にこの辺のモンスターに遅れは取らなさそうだな。よしよし。


「しっ!」


「ギャインッ!」


 ザックスの放った矢が逸れウルフの脇腹に刺さり、それが致命傷になったようだった。


【逸れウルフ二体を撃破しました。ナギ・アラルとその仲間は経験値30を獲得しました。】


 ふむ、順調順調。

 じゃあサクッと魔石だけ取って行きますか。


 サバイバルナイフで手際良く逸れウルフの心臓から小指大の小さな魔石を抉り出す。

 ……こんなもん、本当に二足三文にしかならないんだけど、つい手癖で回収してしまった。


「うっ……」


 アリサさんが口を押さえて目を逸らす。

 ……あれ、魔物の解体って教習所でも習わなかった?


「習いましたけど、アリサの奴血を見るのが苦手で……」


「あぁ……そりゃ難儀だなぁ」


 血を見ないで済む冒険者って、神に祈らない聖職者よりも稀なのではないだろうか。


「……あの、アリサさん」


「すみませんっ、私、ごめんなさい……!」


 涙目で青い顔をするアリサさんの様子を見て、俺はその手に刃に血のついたサバイバルナイフを握らせた。


「ひうっ……!」


「もし良かったら、俺が解体の仕方を教えるよ。綺麗に解体できたら、あんまり血は見ないで済むんだよ?」


「……そうなん、ですか?」


「うん。俺さ、昔こんな事ばっかりやらされてたから解体これだけは得意なんだよね。……二人も後ろで見てて、多分後で役に立つと思うからさ」


 ガドとザックスの二人も、頷いて俺の手元を注視する。


「解体は、目的によって採取部位が変わるんだ」


 大まかに分けて三パターン。

 一つ目は討伐した魔物から素材を剥ぎ取る場合。魔物の死骸のどこが高値の素材になるかをよく知っていなければ、折角の素材を傷付けて台無しにしてしまう。


「これはとりあえず慣れてくるまでは考えなくていい。迷宮の浅い階層のモンスターなんて基本的に高い素材獲れないから」


 二つ目は討伐クエストなどで、モンスターを倒した証明として「討伐証明部位」を剥ぎ取る方法。有名どころだとゴブリンの耳とかだろうか。


「うぅ、ちょっと、気持ち悪いですね……」


「気持ち悪いよね……俺もそう思うよ」


 ゴブリンの群集団コロニーの殲滅クエストなんかを受注した日にはバックパックの中身がゴブリンの耳でぱんぱんになるなんてことも珍しくない。あれは本当に最低の光景だ。しかも臭い。


 最後三つ目。今日この場で覚えて欲しいのは実はこれだけだったりする。


「解体の一番基本で、大切なこと。——魔石の回収だよ」


「ナギさんがさっきやってたやつですね。……でも、なんか異常に早くなかったですか?」


「慣れてくるとワンアクションで出来るようになるよ。でも、最初はゆっくりやってみようか」


 倒したもう一体の逸れウルフを横倒しにして、アリサさんの持つナイフの切先をウルフの左胸に付けて、狙いを定める。


「魔石は大体の場合、心臓の横に並んでくっついているんだ。うまく肋骨を避ける必要があるけど……そこ、ナイフ半分まで差し込んで!」


「ううっ……で、できましたっ」


「上手くいったみたいだね。そしたらそのままナイフで真っ直ぐ下に切り込みを入れる……」


「あっ、今刃先になにかコツって当たりました!」


「あった? それが魔石だよ! それが見つかったらあとは指で掴んで引っこ抜いてもいいし、ナイフで引っ掛けてもいい」


 アリサさんはどうしても直接臓物に触れることに抵抗があるようで、なんとかナイフで魔石を取ろうと奮闘していた。そして、少し時間はかかったものの、無事に魔石を回収することができた。


「取れた……私、初めて一人で取れました」


「良かったね! アリサさん、丁寧だったからすぐに上達すると思うよ」


 手に取ったほんの小さな魔石を陽に透かせて眺めるアリサさん。

 手やナイフには血が付いているものの、ほんの少量で彼女も気にしていないようだった。


「すげぇ……手際が良すぎる」


「教習所の教官よりも早いし、無駄がない。勉強になる……!」


 ガドとザックスもそれぞれ得るところがあったようだ。

 ふーっ、こんなことでも一応先輩冒険者として彼らの役に立っただろうか。


 たった二匹の逸れウルフに時間を取ってしまった。

 先を急ごう。今日中に第一階層を抜けて第二階層まで行くぞー!

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