第10話 迷宮行路Ⅱ 迷いの小径


 

 俺たちは正しいんだろうか。

 本当に、こんな事をしていいのか。



 冒険者ガド・ランベックは苦悩の中にいた。

 あの時に言われた、粘つくような嫌らしい声が、今も頭の中にこびりついて離れない。


『——ヤツか? あぁ、只のクズ冒険者だよ。表面上親切を装い油断させ、お前たちのような新人冒険者を食い物にする、そんなどこにでもいるクソ野郎さ』


 本当にそうだろうか?

 俺たちが騙そうとしているこの人は、本当はただの善人なんじゃないだろうか。


 懐に隠した武器が異様に冷たく、重い。

 出発前に奴らから渡された一振りの小刀ダガー。その小ぶりな刃先に仕込まれた混合毒コンポジット・ヴェノムに触れれば、傷口は直ちに腐り落ち、被害者に迅速なる死をもたらすという。

 

『この毒は特別でな、擦り傷一つ付けるだけでいい。ヤツはそれで終わりだ。——なぁ、お前みたいな無能の間抜けでも、こんな簡単な仕事くらいはできるだろう?』


 受け取った時に手が震えた。

 生まれて初めて、『人を殺す為だけの道具』を持ったのだから。


『なぁ、安いもんじゃねぇか。大切な家族たち全員と、知りもしない冒険者一人。どっちが大切かなんて、今更考える必要もないだろう——?』


「——大丈夫ですか」


「っ! ……あ、あぁ」


 後ろを歩いていた【治癒術師ヒーラー】のアリサが小声でガドに声をかけた。


「……もう少し普通にしていてください。先程から足元ばかり向いていますよ? 前衛職は前方警戒、でしょう?」


「……そう、だな」


 仲間には動揺しているのが丸分かりらしい。

 ガドは不安定に揺れる自分の気持ちを整えるため、静かに一つ大きく深呼吸をした。


「……大丈夫ですよ」


「え?」


「私たちは、私たちの大切な人たちを守りたいだけ。……ただそれだけなんです。だから、大丈夫なんです」


「……うん」


 アリサの言葉に頷きを返すガドの言葉は、年相応よりも幼く、まるで道に迷って不安な子供のようであった。


「……ねぇ、ガド。不安なら私が——」



 ++


 第一階層も残り僅かとなった。


 ここまでは単独のモンスターの襲撃ばかりを受けていたが、第二階層への下り階段付近では複数同時出現も割とよく発生する。


「レッサーコボルト二、逸れウルフ一! 隊形は現状維持! ガド、敵を引きつけるスキルとか持ってるか?」


「は、はいっ。『アピール』があります!」


「じゃあそれを使って! 前衛の負担はキツくなるけど、後衛には絶対攻撃を通すな! アリサさん!」


「はいっ!」


「回復魔法の準備を。それからガドの様子を見て、ヤバくなったら直ぐ発動を!」


「分かりましたっ!」


 シュコッ! と小気味良い風切音。

 ザックスはこちらを見てニヤっと笑う。


「俺には指示くれないんですか? ナギさん」


「お前はやるべき事がよく分かってるだろ? ザックスは遊撃! それからアリサの後方警戒もだ! お前がこのパーティの目になれ!」


「了解ですよ、っと!」


 彼らは本当に優秀だ。

 各々の役割をきちんと果たすことができる能力があり、連携も的確だ。この辺りは一緒に育った幼馴染ということもあるかもしれない。


 三人は同数の三体の魔物に対しても、全く危なげなくテキパキと処理をしていく。


(うーん、やることなくなっちゃったな)


「きゅーるー」


 暇そうなティアは、さっきから触手をふよふよ伸ばして蝶々を追いかけるなどしている。緊張感皆無だなぁ。……まぁ、ティアがこの階層の敵に今更緊張することもないか。


「……そうだ、ティア。見せたいものがあるんだけど」


「きゅる?」


 俺は、背中のバックパックを下ろして、ティアに向かって口を開ける。


「ジャーン! どう?」


「きゅるるー!?」


「ふふふ、凄いだろー」


 バックパックの内側には、物理法則を無視して物置小屋ほどの広さの空間が広がっていた。

 中は仄かに明るく一番奥まで視界が通っており、暑くも寒くもなく快適な気温をしていた。

 そう、これこそ俺が金貨百枚を貯金して、昨夜ようやく買うことができた『マジックバッグ(小)』だ!


 空間拡張の魔法が施されたバックパック型のバッグで、格納したアイテムの重量を無視することができる優れもの。

 ちなみに、このマジックバッグを買うので予算ギリギリ精一杯で、中身にする回復ポーションなんかの消費アイテムは何にも入ってない。


(うーむ、我ながら盛大に本末転倒してるなぁ……だが、こういう使い方もできるのだ)


「ティア。今日からここがティアのおうちだ」


「きゅっ!? ……くるるるるっ!」


 ティアは俺の方を見て驚いたように声を上げて、それから嬉しそうに喉を鳴らした。良かった。ちゃんと喜んでくれてるみたいだ。

 ティアはマジックバッグの入り口に、もぞりもぞりと潜り込んで中に「にゅぽんっ」と入り込んだ。


「きゅーるー……!」


 バッグの口から少し反響したティアの声が聞こえる。あはは、ひろーいってか。ここならいつでも俺がそばに居られるし、ティアも休まると思ったんだ。我ながらいいアイデアだった。


「ナギさん、終わりました!」


「なんか途中から全くこっち見てなかったでしょ? 何してたんです?」


「……えっ、それってマジックバッグなんですか? へぇー、初めて見ました!」


 三人は魔物を倒して、更に魔石の回収まで終わらせてからこちらに戻ってきた。うむ、優秀優秀。


「やぁ、みんなお疲れ! 全然楽勝だったね?」


「そうでもないですよ。見て下さいよこれ。レッサーコボルトの一撃くらって、めちゃくちゃ青アザ出来ました」


「うわぁ、痛そう」


「でもアリサが回復してくれないんですよ。酷くないです?」


「うむ、アリサくんナイス判断。前衛職は死にかけまでは擦り傷だからね。魔力温存を優先、この傷は放置でいいよ」

 

「えぇーっ、そんなぁ!」


 パーティメンバーに笑いが広がる。

 ……あぁ、なんかいいなぁ。こういうの。

 昔、本当に冒険者になりたてだった頃にこんな風に同期たちと笑い合いながら冒険したことがあった。

 もう、古い記憶だ。

 この子達は、俺たちよりも長く、仲良く冒険者を続けて欲しいなぁ、と俺は強く思った。

 



 ………………

 …………

 ……


 途中で時間がかかった場面もあったけど、それ以降はとても順調に進んでこれたので、予定よりも随分早く第二階層に到着することができた。


 俺は三人に向き直って、先輩冒険者らしく少し事前説明をする。


「よし、ここから第二階層に降りるよ。基本的にこれまでの動きでまだ通用するけど、単純に敵の強さが上がってるから処理に時間がかかると思う。……だから大事なことは、焦らないこと」


「……!」


「ん、まぁいざとなったら俺とティアが何とかするから安心していいよ。な、ティア?」


 俺が後ろのバックパックに声をかけると、返答の代わりにバッグの口から一本白い触手がにょろんと伸びてきて、俺たちから少し離れた草むらにいたレッサーコボルトの頭をすぱーんっ! と引っぱたいて爆散させた。


【レッサーコボルト一体を撃破しました。ナギ・アラルとその仲間は経験値20を獲得しました。】


 うーん、ウチの仔、頼りになるなぁ。

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