第12話 迷宮行路Ⅳ 屑捨て場


 第二階層の迷路には攻略のためのヒントがある。次の第三層への正しい順路には、必ず『発光キノコ』が生えていているのだ。


「そんなの見たらわかるだろ、って思うかもしれないけど、意外と知らなきゃ気が付かないんだよなぁ」


 少なくとも俺は初回の第二階層攻略では気が付かずに普通に遭難しかけた。あと数時間帰還が遅れたら捜索隊が派遣されて大赤字になるところだった。


「さぁ、第三階層の入り口までもうあと少しだ! 今回は第三階層ちょっとだけ覗いて、怪我しないうちに帰るぞー」


「あのっ、ナギさん! ちょっといいですか?」


 【剣士フェンサー】のガドが急に俺の前に飛び出してきた。どうしたどうした。


「第二階層に、最近になって発見された脇道があるって話、聞いたことないですか?」


 何それ知らん。

 聞けば俺が辞めてたここ三ヶ月の間に発見された新エリアなのだと言う。


「場所は第三階層の降り口のすぐ側らしいんですけどね。どういう仕組みか分からないんですが、深層域の危なすぎて近寄れないようなモンスターの死骸が落ちてて、運が良ければ剥ぎ取った素材で大儲けできるって話なんですよ!」


 ありえねー。なんだその与太話。

 有り得なさすぎて、噂の出所が気になるぞ。


「ってわけで、ちょっと寄って行きませんか?」


「お前ねぇ。そんなあからさまな怪しい儲け話とか信じちゃダメだぞ? なんかすげぇ罠くさいし」


「う……そっすか、ですよね……」


「——ナギさん、私からもお願いしてもいいですか?」


 俺のごく当たり前のツッコミを受けて、ガドがしょんぼりと引き下がろうとした時、意外な人物が援護射撃に出た。三人で一番常識人に見えるアリサさんだ。


「ガドは実家に病気の家族がいて、少しでも早く稼げる冒険者になりたいんです」


「おいっ、アリサ! 何を勝手に!」


 おいおい、話変わってきたな。

 続けて?


「ごめんなさい、ガド。……でもナギさんなら分かってくれると思うから。——可能性が低いことは分かってます。無駄な寄り道が、ダンジョン探索では何より危険だという事も。……それでも、ナギさん、ティアちゃん。お願い、できませんか」


 深々と頭を下げるアリサに続いて、ガドとザックスも慌てて頭を下げる。


 ……ううむ、どうしたもんかなぁ。

 冒険者になる理由なんて本当に人それぞれだ。そこに貴賤も良い悪いもない。だから、早く稼げるようになりたいという願い自体は叶えてあげたいのだが……。


「くるるる」


「ティア?」


 バックパックから頭を出したティアは、唸るように低く鳴きながら、触手で俺の服の裾を引っ張った。……その行動からはどことなく否定的なニュアンスを感じる。


「心配してくれるのか。ありがとな。……でも、ちょっと俺の我儘に付き合ってもらっていいか?」


「ふるるるるっ……きゅっ!」


 もう知らないっ! とでも言うように、ティアはパックパックに戻っていった。ごめん、ありがとう。後で埋め合わせするからさ。


「……分かった。行こう」


「ナギさん!」


「ただし! 絶対に深追いは禁物だからな? 順路から外れた場所で遭難すると、捜索隊が発見するのが難しくなるんだ。……稼げる冒険者になるには、こんなところで死んでられないでしょ?」


「分かりましたっ! ナギさん、ありがとうございます!」


 ガドが破顔し、アリサもザックスも嬉しそうに顔を見合わせる。

 彼らは幼馴染だからな、きっとガドの家族とも顔見知りなのだろう。気持ちは同じなはずだ。


(——うん、ここはまだ第二層で、俺にはティアもいる。まだ彼らを守りながら、対処できるはずだ。


 よし、と俺は気合いを入れる。

 せっかくだから、噂の場所が本物であることを祈ろうか。




 ++


 第三層への入り口へと続く順路から、最後の十字路を逆側へと抜けた先に、少しだけ広い空間が広がっていた。三方を壁で囲われた、中にぽつんと岩があるだけの一見行き止まりに見える小部屋。……だが、それは巧妙に隠されたフェイクなのだという。


「……こっちです」


 先導するガドが手に携帯用ランタンを掲げながら、一枚の壁に近寄る。

 ランタンからの灯りに、岩の影が壁に長く伸びる。ガドはその黒く伸びる影の中に、


「ええっ、なんだそれ!?」


「ここが最近見つかったっていう隠し通路です。……噂の部屋は、この先にあるみたいです」


「隠し通路の情報自体ははガセじゃないのか……だったらもう一個の噂もあながち本当だったりする、のか……?」


 俺は半信半疑のまま、先導するガドの後ろを着いていく。

 影を通り抜けた先には細い通路が伸びていた。順路からも外れたその通路は、先も見通せない程に暗い。俺は先を歩くガドの持つ灯りを頼りに、足元を探りながら進んで行く。


 迷宮内で細長い道は、前後からのモンスターの挟み撃ちを注意しなければならない。狭い道では冒険者同士の連携が取れず、後衛が逃げ遅れて被弾する事故が起こりやすいからだ。

 だが、この隠し通路は全くと言っていいほどモンスターの気配を感じなかった。……変だ。おかしい。そう感じていても、実は冒険者として“自分で判断する”経験が乏しい俺には、違和感の正体に気が付くことができなかった。


「ありました、ここです!」


 先頭のガドが通路を抜けたようで、部屋の壁に反響した声が聞こえてくる。


「ここか……?」


 続いて俺も通路を抜ける。

 そこには確かに部屋が広がっていた。

 他の部屋と変わらない、岩壁で覆われた十メイル四方くらいの小さな部屋。

 ——だが。


「……何にも、ないみたいだな」

 

「………………」


 俺の後ろから着いて来ていたアリサさんとザックスもこの部屋に辿り着く。


「うーん、残念だけど深層域のモンスターの死体が出るって噂までは本当じゃなかったみたいだな。まぁ、真偽不明の儲け噂に尾鰭がつくのはよくある話だし、あんまり気を落とすなよ? …………ん、どした?」


「ナギさん、ごめんなさい。    」


「え?」


 背中側の腰の上。

 そこに服の上から真っ赤に灼けた火箸を押し付けられたのだと、そう思った。


 アリサさんが体ごと俺にぶつかってきた瞬間、視界がぐにゃりと歪み、天地の境目が分からなくなる。あれ、きもち、わる……い……?


 そのもまアリサさんに押された勢いで、俺は足をもつれさせて、前のめりに倒れ込んでしまう。

 頭が熱病に犯されたみたいに熱く、体は鎖で縛り付けられたように重い。


「——ナギさん、この場所がなんと呼ばれているか、ご存知ですか? ——『屑捨て場』と、言うそうです。遥か昔から暗殺者が犠牲者の遺体を誰にも分からないように捨てに来る、そんな場所なんだそうです」


 朦朧とする意識の中に、やけに冷たいアリサさんの声が聞こえる。

 ……ここに来ても、愚かでバカな俺は事態がよく飲み込めていなかった。


 自由の効かない体をなんとか操って、後ろを振り返って見ると、アリサさんの手に小さな小刀ダガーが握られていた。……その刃には、血がべったりと付いている。


(アリサさん、血ダメなのに、だいじょうぶ、なのかな?)


 ぐるぐると回って定まらない視界と思考の中、「きしゃああああああああああああっっっっ!!!!!」ティアの悲鳴のような絶叫、バックパックから爆発するように噴き出す無数の触手、触腕、鉤爪、牙、ぎょろぎょろと辺りを睥睨する無数の眼球、悍ましい祝詞、深海に眠りし破滅と滅びの母を呼び起こした愚者に無限の恐怖と永劫の呪いを死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死を死


「ティアッッ! やめろっ!!!!」


 ズガァアァン!!

 暴れ狂う触手たちが岩壁を打ち砕き、小部屋全体を破壊していく。——だが、俺は見た。

 必死に発した俺の声に反応して、ティアの触手はアリサさんも、ガドもザックスも、誰も■■なかった。


(やっぱりお前は、優しい仔だな——ティア)


 崩れ落ちていく小部屋から、ガドとザックスが絶叫しながら逃げ出していく。その中で、アリサさんだけが逃げずにその場に留まって何事かを話している。


「——ですが…………どうか……」


「——怨…………報いを…………」


「——はい、必ず」


 ティアの触手が細く細く伸びていって、糸のようになった先端が、「しゅるっ」とアリサさん首筋から体中に入っていって、体の外側の部分からぷつりと、ちぎれた。


「………………を捧げよ。アリサ・ミカヅキ」


「はい、ティア様……」


 意識が遠のく。

 どこか恍惚としたアリサさんの声と、はじめて聞く落ち着いた感じの女性の声。


(きれいな、こえ、だな……)


 周囲に光が満ちていく。

 金属を叩いたような高いキン、キン、キンという音。


 それはダンジョン内で「最も悪辣な罠」として恐れられる『転送罠』発動の合図。


 地面に倒れて動かない俺を中心に、地面に大きな魔法陣が浮かび上がっていく。


 だが。

 俺にはもう。

 何も————



 


 

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