第11話 迷宮行路Ⅲ レベルアップと選択肢


 ゲオマグス大迷宮グラン・メイズ、第二階層。


 青空と森が広がる世界だった第一階層からは大きくその様子が変わっている。

 第二階層はいわゆるダンジョンらしい洞窟が広がるエリアで、岩をくり抜いて作られた坑道が複数の分かれ道で枝分かれし、縦横無尽に伸びて迷路を形成している。


 先程までの太陽光(古代呪法による擬似太陽だが)が燦々さんさんと輝き、開放的な自然が広がる第一階層と比べると、この第二階層の通路は薄暗く、狭く、息苦しい。


 ——この圧迫感が、まだ経験に乏しい冒険者たちの判断力をじりじりと削り、焦らせる。


「くっ! すまない、一匹抜けたっ!」


「チッ! 弓矢じゃ足を止められねぇ。アリサ、逃げろッ!」


「わあぁっ!?」


 ワイルドボアの突進攻撃をかろうじて、といった様子で回避したアリサは、転倒の衝撃で復帰が遅れた。——そこに反転してきたワイルドボアの鋭い牙が迫る。


「ほい、っと。大丈夫か?」


 俺は倒れたアリサさんの腕を掴んで立たせて、


「ブモオオオッ!!」


「ひゃああああっ!? ……あ、あれっ?」


 たった歩幅一歩分距離を空けただけで、アリサさん目掛けて突っ込んできていたワイルドボアは、呆気なく俺たちの横を走り抜けていった。


「みんな、敵の攻撃をよく見ろ! ワイルドボアコイツらは一度走り出したらずっと真っ直ぐにしか走れないから、焦らずよく見て回避するんだ!」


 そのままひらりひらりとワイルドボアの突進を回避しながら、敵の進行方向を誘導する……今っ!


「ティア!」


「きゅっ!」


 ワイルドボアの真正面から、ティアは複数の触手を長槍のように高速で突き出す。

 先端の太さを指一本分にまで、密度と硬度を増した触手の銃撃は、ワイルドボアの分厚い頭蓋骨を軽々と撃ち抜いて、背骨、尾骨までを一息に貫通した。


「……るるるるるっ!」


 ティアが貫いた触手に力を込めて一気に引き抜くと、そのうちの一本の先端に貫かれた小石程度の魔石が付いてきていた。


「おおー! やるな、ティア!」


「きゅいきゅいーっ!」


 ティアに魔石を奪われたワイルドボアは急激に生命力を失ったようで、ズズン、と静かに横倒しに倒れて絶命した。


 ティアは魔物の魔石を食糧としている。


 ワイルドボアから抉り出した魔石は、触手に貫かれた瞬間に内包する魔力を全て吸い尽くされた抜け殻になってしまっていた。……これでは魔石として売却はできないけど、ティアのお腹が膨れたのならヨシ! なのである。

 

【ワイルドボア一体を撃破しました。ナギ・アラルとその仲間は経験値50を獲得しました。】

 

 第二階層に入り、魔物モンスター一体あたりの獲得経験値量が増え、狩りの効率は良くなってきている。……そろそろ三人のうちの誰かはレベルが上がりそうかな?


【冒険者アリサ・ミカヅキはレベル5から6へレベルアップしました。スキルポイント1を入手しました】


 お、噂をすればなんとやら。

 アリサさんのレベルが上がったことを『世界の声』がパーティメンバーに告げる。


「レベルアップおめでとう、アリサさん!」


「ありがとうございます。……あの、ナギさん」


 レベルが上がったばかりだというのに、何故かアリサさんは浮かない顔をしている。どうしたんだろうか。


「助けてもらって、すみませんでした。……私、役に立ててないですね」


 両手でロッドをギュッと胸に抱き、不安そうに俯くアリサさん。……あー、なるほど、そういうお悩みかぁ。


「いやいや、そんなことないよ! パーティはみんな役割があって、特に【治癒術師ヒーラー】はパーティがピンチになってからが本番なんだから、全然に気にしなくていいよ!」


「……そう、でしょうか」


「というか、高レベルのパーティになればなるほど冒険者ランクの高い【治癒術師ヒーラー】を欲しがるものだし。役立たずってのは従魔を一匹も持ってない、どこぞの【調教師テイマー】みたいなヤツの事を言うんだけどさ。——あ、そうだ。今手に入れたスキルポイントで、新しいスキルを取らない?」


「……スキル、ですか?」


 冒険者がレベルアップした時に、成長の証として【スキルポイント】を一つ入手する。


 冒険者は脳裏に浮かぶ【スキルツリー】の導きに従い、【スキルポイント】を消費することで、各々の【職位クラス】に応じたスキルを新たに獲得することができ、冒険者としての能力を拡張していくことができる。


「そう。スキルの取り方一つで、同じレベルの同じ【職位クラス】の冒険者でも、全然出来ることが変わってくるんだ」


 冒険者のレベルはそう簡単に上げることができない。

 次のレベルアップまでに必要な経験値は、レベルが上がれば上がるほど大量に必要になるため、ダンジョンの上層で弱いモンスターを狩り続けていても強くなることはできない。——冒険者は常に今の自分よりも強い敵と戦って、乗り越えていくことを求められている。


(だから解体ばっかりやらされてた俺はレベル上がらなかったんだよなー、ってやかましいわ)


 不毛な自虐思考に陥りそうになるのを張り切って、アリサさんへのアドバイスを続ける。


「新しいスキルを取って出来ることが増えれば、アリサさんも自信が付くんじゃないか?」


 限られた【スキルポイント】を使って、どのスキルを取得するかには、無限の選択肢がある。だからこそ、スキルにはその冒険者の真価を決めるほどに重要な意味合いがあるのだ。


「強い冒険者は、スキル同士の組み合わせで何重にも効果が増すような、『相乗効果シナジー』が発揮できる取り方をしてる、って話だよ。……いや、俺も詳しくは知らないん、だけど、さぁ……」


 ……俺はつい最近まで黒鉄アイアン級でずっと足踏みしてた、レベルもろくに上げられないダメ冒険者だったので、スキル周りの情報は基本的に人から聞いた話しかできない。うー、カッコつかないなぁ……。


 徐々に説明が尻窄しりつぼみにしょぼくれていく俺の様子に、アリサさんはクスッと笑ってくれた。


「……ナギさんは十分凄いと思います。私たちが知らないことを知っていて、それを丁寧に教えてくれる。——そんな冒険者、今まで周りにいませんでした」


「そうですよ! 他の先輩たちみんな怖ぇえーんですもん! あと脳筋多すぎ!! なんですか『とにかくグッ!っとしてバゴーン!だ』って! 意味わからん!!」


「ガド……近くで誰か聞いてたら不味い。叫ぶなバカ」


 近くで俺たちの話を聞いていたガドとザックスも話に加わる。……そっか、新人の時ってそういうの分かんないよなぁ。ちなみにその脳筋の冒険者はギルドで有名な肉体言語使いの人だから頑張って馴染むように。


 ……俺たちがわちゃわちゃしてる横で、アリサさんがゆっくり目をつぶって、何かを決めている様子だった。

 ——そして、目を開いた。


「ナギさん、スキル取りました。……私、ちょっと出来ることが増えたので、もう大丈夫です。……ナギさんが危ない時は、私が助けてあげますから」


 アリサさんはそういって俺に微笑む。

 ……何故だか、その視線に背筋がゾクッと震えた。なんだっ、今の??


(はーぁ。というか、人に偉そうに言う前に、俺は俺で自分のことを決めなきゃならないんだよなぁ。……どうしようかな、これ)


 目を瞑ると脳裏に浮かぶ【スキルツリー】。

 そこに浮かぶ【スキルポイント:17】の表示。


 ティアが灰鬼熊オーガベアを倒した際に得た膨大な【スキルポイント】の使いみちを、俺はまだ決められないでいた。

 

 

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