第18話 迷宮迷路Ⅵ 人魔変態
『あのー』
「ひぇっ! は、はいぃ!?」
『すみません、いきなりでご迷惑かと思うんですけど……ちょっと助けてもらえないですか?』
…………
あれ、聞こえなかったのかな?
念話って難しいな、相手の反応がないと、ちゃんと声が届いてるかどうか分からないし。
『おーい、聞こえてますか?』
「あ、は、はい! 聞こえてるのです!」
……なんかめちゃくちゃ緊張した声で丁寧な返答をいただいてしまった。ここよりも深い階層から上がってきた冒険者さんだから、どう考えても俺よりも上位の人だと思うんだけど。……きっと誰にでも丁寧な対応をする人なんだろう。自分もそうありたいものだなぁ。
俺がそんな感じで一人で感心していた時。
向こうの冒険者さん——イニィさんは、極度の混乱ド真ん中にいたのだと後から聞いた。
(魔獣に話しかけられたのです!?!?)
——と。
ちょっと前にも念話が飛んできていたが、緊迫した(自分の)命の危機だったのと、その後の(モンスターの)命の危機を目撃したせいで情緒がしっちゃかめっちゃかになり、すっかりそのことを忘れてしまっていたそうだ。
「いやいやいや、普通誰だって頭がおかしくなりますって。モンスター大虐殺してる悪魔みたいな魔獣からいきなり『助けてくれー』って言われても、それは僕の台詞なのですが??? としか思わないのです」
「確かにー」
それはそう。俺だってそう思う。
++
「あ"ーっ、身体が動くって素晴らしい!」
ゴキゴキボキボキゴキッッ! 麻痺ったまま何十時間も過ごしたからか、身体が異様に凝り固まっている。……ん? その割には、なんだか身体が軽い?
通りすがりの冒険者さんに念話で声をかけ、ティアの繭からずるるっ、びたーん!と丁寧に地面に降ろされた俺は、数十時間ぶりに麻痺を解除してもらった。
あーっ、マジで腰が伸びるーっ!
……ところで、俺を助けてくれた恩人の冒険者さんは何故そんなに距離を取ってるんだろう。
「初めまして。俺、冒険者のナギ・アラルって言います。助けてくれてありがとうございます!」
俺はニッコリ爽やかに笑って挨拶した。
第一印象には笑顔が大事だよな?
それを見て冒険者さんは、すっごく扱いに困ったような、微妙な表情で、曖昧に笑った。
……ものすごく、距離を感じる。
「僕はイニィ・ラピスメイズ。冒険者なのです。あの、失礼ですけど……ナギさんは、人間なのです?」
そこからかい。
あれおっかしいな、完全初対面のはずなのに好感度が地の底スタートだぞ??
「えーっと、逆に人間じゃないものに見えます?」
「……はい、見えます。というか、貴方もう、半分くらい人間じゃないのです」
ははは、何をバカな。
と笑うと「ゴォオオッ!」と顔の前に炎が上がる……え、なんだ今の。
「手鏡持ってるのですが、自分で見るのです?」
「あ、はい。ご丁寧にどうも…………は?」
冒険者さんから手鏡を受け取って、自分の顔を眺めてみる。……ん、んん?
「な、なんじゃ、こりゃああああ!?」
俺が叫ぶと、鏡の中の『魔人』も同じく大口を開けて叫んだ。——あー、やっぱり俺なのか。
自分の体を改めて見回す。
服装。今朝出発した時に着ていた至って普通の冒険服。ポケット多数。
肌の色。変化なし。……んー? よく見たら色が暗くなっている。元々地黒だったのだが、今はハッキリと褐色肌といえる色合いに変化している。
瞳の色。……おお、青っぽくなってる。元は極々ありきたりな灰色の眼だったのが、虹彩が青く縁取られ、全体として
髪の色。……白く、なってる!? 元は王都では珍しい黒髪だったのに、今は燃え尽きた囲炉裏の灰みたいに真っ白になっている。うーむ。ティアの色が移ったのかな?
おおー、ふーむ、むむむ?
「はわぁー、なんか自分じゃないみたい……」
「そういうのはもうちょい上まで見てから言えばいいと思うのです」
ん? 上?
角。角ぉっ!?
白髪となった頭の左右から、うにょんと丸っこい角が生えている。……鹿の生え替わってすぐのベルベットに包まれた赤ちゃん角のようだ。触るとぷにぷにして、中に硬さを感じる。
「はへー……もはや人間じゃないみたい……」
「だからそう言ったのです! 挙句、さっき笑った時口から火吹いてましたし。……やっぱりキミ、人型モンスターなのです?」
イニィさんは、スッと眼鏡の奥の目を細めて、懐から取り出した白く尖った
どうしよう。自分でもそんな気がしてきた。
だが、ここで認めたらマズい!
「いやいやいやいや! 歴とした人間の冒険者ですって! 認証プレートありますっ!」
「…………確かに、冒険者認証プレートで『種族:
後天的に、というかついさっきだ。
気を失うまでは、俺は普通の俺でしかなかった。——となると、思い当たる原因は一つしかない。
「ティアさん……? なんか知ってるでしょ」
「きゅるるるる、くるるるる、きゅ!」
なになに? ちっこいナイフでちょっと刺されただけで血が出たり痺れて動けなくなったりしてよわよわでかわいそーだからちょっとカタくしてあげたよ! これでもう安心だね!
「……ということみたいです」
イニィさんは再び頭を抱えた。
……これについては、俺も同じ気持ちだ。
こうして俺は、見た目上、人間を辞めた。
ティアには、今後人体改造をする前には事前に説明とか相談とかをちゃんとしてね? とお願いすることも忘れていない。
++
「たぶん、まだ終わりじゃないのです。——この後に、『
イニィさんは、断言する。
魔物の波が引いて、辺りには不気味なほどの静寂が広がっている。
俺は全然知らなかったが、これまで今まで下の階層から湧き上がるように出現していたモンスターたちは、すべて深層域から来たのだという。俺たちは襲われた順に倒してきただけだから全く知らなかった。
……本当によく倒せたな、俺ら。
「ティアさんの力が無かった場合、地上にまで押し寄せていたでしょうね。……あの魔物一体討伐するのに、通常だと上位冒険者パーティが一つ以上必要になるのです」
なにそれこわい。
「僕としてはそれを簡単に処理できてしまうティアさんの方が……いっ、いえ。話を続けるのです。——『
『
万を超える魔獣や魔物を率いる群れの中心。強さが絶対の掟であるモンスターの世界の中で、全ての存在に自らの存在を認めさせるだけの隔絶した強さを持つ存在。
……そんなのが、これからここまで上がって来るのだそうだ。
「……」
「帰っちゃダメなのですよ? おそらく、この戦いにはナギさんとティアさんの力が必要になるのです。……ここでちゃんと活躍したら、ギルドには僕からいっぱい頑張っていたと報告してあげるのです!」
イニィさんは、ちっこい体でむんっ!と胸を張る。小柄な子が背伸びしてるみたいで微笑まし「ぎゅい」……はい、なんでもありません。
「というか、イニィさんてやっぱり冒険者ギルドの上の方に話を通せるくらい、結構凄い人なんですか?」
俺の問いに、
「あれ、まだ言ってませんでしたっけ? 僕は『
そう言って、小柄な眼鏡美少女はイタズラっぽく笑って「しーっ」と人差し指を口元に当てた。
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