第13話 迷宮迷路Ⅰ 騒乱の序曲


「……やぁ、新人冒険者諸君。仕事は順調のようじゃねぇか。いや、実に結構」


「ギース……っ!」


「なんなのお前ら。どいつもこいつも人のこと犬猫みたいに気安く呼び捨てにすんじゃねぇよ。舐めてんの?」


 ナギとザックスが我武者羅がむしゃらに来た道を走って正規の順路に戻ったところで、【猟師ハンター】ギース・クロムウェルとその取り巻きたちに遭遇した。


 普段のガド達であれば、この場でギース達が待ち構えている理由を「口封じ」だと気付いただろう。

 ……だが、


「……はは、はははっははははは!!!!」


「な、なんだァ!?」


「……頭イッちまってるのか、テメェ」


「うるっせぇなぁ! 何がおかしいコノヤロウ!!」

 

 突然、大笑するガドの様子に、ギースの取り巻きたちは動揺を隠せず、強い語気で罵り、嘲りの言葉を吐く。……だが、それは彼らが無意識に感じている「根源的な恐れ」の裏返しなのだ。彼ら三人は生まれて初めて聞く、狂気に犯されている者特有の声に、心の底から恐怖していた。


「お前らさぁ、まだ気が付いてないみたいだけど、もう終わりなんだよ」


「……あぁ?」


 ギースは低い声を返す。

 普段であれば、この新人冒険者のガキ共はギースが威嚇的な声を出すだけで顔色を青くして震えていたが……どうも様子が違う。


「……聞き間違えかもしれねぇ。もう一度、教えてもらいてぇんだが……俺たちが、なんだって?」


「自分が何に手を出したのかも分かってないんだもんなぁ」


「少なくともさぁ、俺たちはを見たからさぁ」


「本当はまだ気が付いちゃいけないことに気付いちゃってさぁ」


「だから、俺たちはとっくにもうお終いなんだよぉ」


「お前らものことも分かってるから、絶対に赦さないってさぁ。ひひっ、ひひひひひひ!」


「……お前ら、何を言ってやがる?」


 全く会話になっていない。

 ガドとザックスの二人ともが、妙に間延びした物言いで、独り言か譫言うわごとのように、口から意味不明の言葉を垂れ流している。


 二人とも、こっちと目を合わせているようで視線が合わない。よく見れば瞳孔が開いており、眼球が細かく揺れている。


「なんだコイツら……ぶっ壊れてやがる……」


 なんだ? 何が起こった?

 ギースは困惑した。

 ここにきてはじめて、自分の計画外の出来事が進行している可能性に思い至った。




 ▼


 新人冒険者のガキ三人組を使って、あのクソ生意気な【調教師テイマー】に地獄を見せてやろうと計画を立てたのはギースだ。


 ナギ・アラルのことは昔から目障りだった。

 【調教師テイマー】としてはただの一匹も従魔を得られず、冒険者としても致命的にセンスが無い明らかな『無能』。

 そんな、人よりも明らかに才能が乏しい弱者であるにも関わらず、自分の夢を諦めることだけは決して許容しない。

 ——どんなに惨めな場面からでも、何度でも立ち上がってくる、あの眼。


 ギースは無能なくせに諦めだけは悪い人間が、反吐が出るほど嫌いだった。


 それでも一度は自分の無能さを思い知り、泣きながらギルドを去ったあの負け犬が、何を勘違いしたのか再び王都に戻って冒険者を続けていると聞いた時には耳を疑った。

 それだけでも十分我慢ならないが、復帰して即白銀シルバー級での再登録なぞ、不愉快を通り越して久々に大笑いしてしまった。


(人間、身の程を知って、自分のレベルに合わせて慎ましやかに生きるべきだよなぁ?)


 ナギのことを徹底的に、潰す。

 「気に食わない」という理由でだけで、ギースがそう決めるには十分だった。


 このギースという男は、他の冒険者の裏事情を嗅ぎ回ることをライフワークとしていた。

 ギースの基本的な考えとして、他者の抱える問題や弱みといった情報を握ることは、相手を自分の支配下に置くための“ごく当たり前”の準備だと捉えていたからだ。


 だから、ギースは自然とそのことを知ることになった。——三人の新人冒険者共は皆、だ。


 この三人は「同じ村の出身だ」と言う割には、どこの地方で育ったかなんていう話題にはちぐはぐな答えを返したり、すぐにはぐらかして答えないでいた。……これに「何かあるな」と勘付いたギースが探りを入れたところ、その事を知るに至ったのだ。


 王都の外れの古びた修道院に、年老いたシスターが中心になって何人もの子供の面倒を見ている。…‥そのことを知ったとき、ギースは「なんて都合のいいガキ共だ」と内心ほくそ笑んだ。


 そしてギースとその取り巻きたちは、ある晩散歩するような気軽さで孤児院に押し入り、夕食の支度をしていたシスターに暴行を加え、泣き喚く子供を二、三人ぶちのめして黙らせた。

 その上で、無傷で残していた年長の子供一人に「手間かけて悪いんだが、ちょっとしたお使いを頼まれてくれないか?」とシスターの頭を笑顔で踏みにじりながら、申し訳なさそうに依頼恫喝した。


 急いで帰ってきた三人の冒険者の一人、【治癒術師ヒーラー】の少女が泣きながら「なんでも言うことを聞きます。だから、お母さんやみんなに酷いことをしないで下さい」と土下座して懇願した。


 ギースはその光景を眺めて、満足そうに嗤う。


「お前、今日から俺の奴隷ちゃんな? そこのお前とお前も! ……奴隷ってのはなぁ、ご主人様の言うことを何でも聞くもんだ。実に大変な仕事だ。でも、大切な家族のためだったら、なんでも頑張れちゃうよな? な? 簡単だよなぁ?」


 そう言って、至極簡単に三人の冒険者を自分の支配下に置いた。


 ここまでは本当に簡単な仕事だった。

 暴力と脅迫によるマインドコントロールは、ギースの特異技能ユニーク・スキルである。過去、この力の前に膝を折らなかった冒険者はいない。——たった一人の例外を除いて。


(ナギよぉ……お前と遊ぶための『オモチャ』が手に入ったぞぉ。楽しみにしててくれよ?)

 

 そして、三人を手駒に悪意の罠を張り巡らす。

 それは【猟師ハンター】たるギースの本領であった。




 ▼


(……猛毒の小刀ダガーで昏倒させた上で、『転送罠』でダンジョン内のどこだかへ飛ばす。たったそれだけの、シンプルな計画だった筈だ。だが、ガキ共のこの壊れようはなんだ? 『アレ』とは何のことだ? ——コイツらは一体、何を見た?)

 

 ギース・クロムウェルは危機感を募らせる。

 小さな違和感の原因を探り、自分の身に迫る見えない危険を予測する。ナギになくて、ギースにはある「冒険者としての資質センス」が、正にこの『危険予測』だった。


 ——嫌な予感がする。

 ギースは直感的にそう、強く感じた。


「ぁー、もういいもういい。……付き合ってられねぇよ。おい、さっさと済ませて帰るぞ」


「で、でもギースさん……」


「いいから、やれ」


「……っ、へい」


 ギースが不機嫌さを増していることに恐怖を覚えた取り巻き達は、剣を抜いて棒立ちになっているガドとザックスを至極あっさりと斬り捨てた。


(なんだ、こいつら。抵抗しねぇ……!? 人間斬った手応えじゃねぇぞ……?)


 手の内に残る不気味な感触に慄きながらも、予定通り二人は始末した。

 ……だが、あともう一人、女が居たはずだ。


「おい、お前らちょっと行って探してこ「あぁ。なんだ、ここに居たんですね」


 !?

 突如、ギースの真後ろから声がした。

 その声の主は、今正に探しに行こうとしていた【治癒術師ヒーラー】の小娘だった。


「お……まえ。今どこから」


「貴方達を捕まえておけ、と言われているのですよ」


 何に? なんて間抜けな確認はしない。

 少女のその言葉を聞いた瞬間に、ギースは弾けるようにその場を駆け出した。

 取り巻き共を置いてけぼりに、たった一人で猛然と逃走を始めたのだ。


「え、ちょっと、ギースさん!?」


「ほら二人とも、早く起きて? ■■■様のお役に立たないと」


 ギースは後ろを振り返らない。

 振り返ることは、できない。


「は? なんで、……ぎぃゃああああああああああ!!!!」


「いたい、来るな、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」


「ああああぁぁああ、あああぁああああ」


 背後から聞こえる断末魔の声。

 それと共に通路に響く、骨を砕き、肉をすり潰すような吐き気を催す音。

 それらを頭を掻きむしって振り切りながら、ギースは飛ぶようにダンジョンを駆け続ける。


(何だ、何が起こっている!? 俺は一体、何の尾を踏んじまった?)


 ギースの『危険予測』は過去最大のアラートを発し続けている。

 ——だがどこまで走って逃げても、纏わりつくような悪寒が消えることは、決してなかった。

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