第38話 神明裁判ⅩⅤ 破局 / カタストロフィ
「イニィさんっ! 無事ですか!?」
「ナギくんっ!?」
崩落した尖塔の瓦礫を乗り越えて、イニィさんが囚われていた場所へと駆けつけた。
……不思議なことに、黒いドレスに身を包んだイニィさんはティアの赤い雨にも尖塔の土埃にも汚れた様子がなかった。祈りを唱えたから、イニィさんだけを神様が護っていたのだ。……そんな自分の姿に、イニィさんは少しバツが悪そうに顔を顰める。
「……助けに来ました。遅くなって、本当にごめんなさい」
「ナギくん、僕は……」
「イニィさん」
何かを言いかけたイニィさんの言葉を遮って、俺は思いを口に出す。
「イニィさんは、もう少し人を頼るべきです」
「……はえ?」
お説教されるとは思ってなかったのだろう。
思わず目が点になるイニィさん。
「なんでも一人で抱え込みすぎなんですよ。……そしてもっと文句を言ってもいいですし、ムカつくことがあったらキレていいんです。『
「え……あ……そうかな……?」
「今度からこんなに簡単に捕まっちゃわないで下さいね? 抵抗して、国に指名手配されたって別にいいじゃないですか。どっか他の国に逃げちゃいましょうよ!」
暗い顔をしたイニィさんを励ましたくて、精一杯明るい声を出す。……助けた人たちに恨まれるなんていうのが、そんなに簡単なことじゃないのは俺も分かっているけど。
「でも。もしまた捕まったら助けに来ますよ。……何度でも」
「……!」
「——そうだ、エルミナさんが向こうで戦っているんです。イニィさんに手を貸して欲しいと」
パキンっ! と金属が割れる軽い音がして、イニィさんを縛っていた魔封じの首枷と手枷が外れた。……魔力を見る眼が無くなっても、肌感覚で分かる。恐ろしいほどの魔力のうねりが、イニィさんから吹き出していた。
「……ありがとうございます。ナギくん、一つお願いがあります」
「はい、なんですか? 俺にできることなら、何でも聞きますよ?」
「一度だけ、抱きしめて下さい」
「ふぇっ!?」
急な申し出に焦って変な声が出てしまった。
……良くないな。良くないぞ。
ティアのこともあるのに、そんな。
「……変なこと考えてます? 違います、そういうんじゃないのですっ! ……ただお礼と、元気が貰いたかっただけなのです!」
「ああ、そう、ですよね。ライクの方のですよね」
ラヴじゃなくて、ね。そうだよね。
おずおずと、俺は手を広げてイニィさんが抱きついて来るのを待つ。……こんな時に何してるんだ俺、という思いが
イニィさんは俺にギュッと抱きついてきた。
俺は、そっと背中に手を回す。
「……ナギくん、本当にありがとう。助けに来てくれて、とっても嬉しかった。……ライクじゃない方も、ちょっとだけあるのですよ?」
「えっ!!?」
バッ!と俺から離れて、イニィさんはとんとーん、っと身軽に瓦礫の上を駆けていく。
「そっちの本当のキミの顔の方が僕は好きなのですよーっ! 危ないので避難してて下さいね!」
イニィさんはそれだけ言うと、とーん!と高く飛んでエルミナさんが待つ戦場へと向かっていった。
ティアの方を見る。
「…………………ぎぎぎぎゅぎぎぎごごぎぎ」
「違うんだ、ティア。そういうのじゃないんだ」
怒っている。そういうのじゃないのに。
……聞いたことのない怖い唸り声を響かせて、ティアは俺のことをじとっと睨みつけていた。
ガラガラ、と遠く王都の城下町で建物が崩る音がする。……赤い雨を止めなければ、被害はどんどん大きくなってしまう。
……何とかティアを落ち着かせて、止めないと。
「ティア、俺の声が聞こえるか?」
「ぎぎぎゅぎ、ぐぎぎぎ、ぐるるるふるる」
ティアは俺とも目を合わせず、低い声で唸り続けている。
一瞬、意思の疎通が(どんな形であれ)取れた気がしたが、ティアは再び赤黒い【
『ぎゅあああああおおおああおおおんん!!』
天に向かって狂おしい絶叫をあげるティア。
……その声に反応して、天空に立ち昇っていた血煙が集まってできた赤い雲が、更に密度を上げて大きくなる。
血色の雲は陽の光を遮り、空全体を覆い隠していく黒雲となっていく。……それに伴って血雨は激しくなっていった。
「痛っつ……!」
しゅううぅぅ……と雨を浴びた所から薄い煙が上がって溶けていく。それでも眼を開けて、ティアへ向かって俺は話しかけ続けた。
「ティア、ティア! 俺の声が聞こえないのか!? もうやめてくれ!!」
「はぁー、女に頼ることしかできない男ってのはイヤだねぇ」
「!? ギースっ!」
「何そのリアクション。さっきから居ましたけどぉ?」
ギースは瓦礫の上にしゃがみながら、黒い傘で血雨を避けつつ人を馬鹿にしきった声で突然話しかけてきた。……少なくとも、一瞬前までここにはイニィさんと俺しか居なかったはずだ。
「はぁ、お前なぁ。見てられなさ過ぎて口出しちゃったわ。やめてくれぇぇーってお前、さっきからそればっかじゃねぇか。今の自分がどれだけ惨めかわかってますか?」
「……分かってる、分かってるよッッ! でも他に何ができるって言うんだ!!」
バガッッ!!
——ギースの差している黒い傘で横殴りにぶっ飛ばされた。……傘で殴られたとは思えないほど重たい打撃を受けて、腕の骨が嫌な音を立てる。
「……一丁前に口答えしてんじゃねぇよ、ボケ。なーんも考えてねぇだろ、お前。……良く考えろよ、今のお前にあるものは何だ?」
「……ぐ、っ。くそっ、何もねぇよっ!!」
そうだ、俺には何もない。
冒険者に、『
そのために手にした【
……俺に今、他に何が残ってるって言うんだよ。この状況を変えられるものなんて、俺には何も残ってないんだよっ!!
「ダメだな。零点。諦めたらそこで戦闘終了ですよ、って教習所で習わなかった? どうしたよ? 妙に諦め良くなっちまいやがって。しぶとさだけがお前の唯一の美点だったじゃねぇか。……まだあるだろうが。使えるものが一つだけ」
「…………何だよ、それは」
ギースはニヤっと笑って俺の胸をどん! と畳んだ傘の先で突いた。
「男の最後の持ち物と言えばコレしかねぇだろ。——お前の命だよ!」
++
——雨足が強まる。
『
(……ここでこの敵を斃しても、
エルミナは世界最強の人類の一人だ。
最上位の冒険者として何十年も世界を巡り、人類の危機を人知らず救ってきた。
だからこそ分かる。分かってしまう。
——この状況は詰みに近い、と。
だが。
「お待たせしました。……まだ、諦めてはダメなのです」
「来たか。……諦めてなどないさ。とっととコイツを片付けて、世界を護るとしよう」
黒い魔力を放出するイニィと、
真白い魔力を放出するエルミナ。
その
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