第23話 迷宮迷路Ⅺ 迷宮からの帰還



「……お前の証言をそのまま鵜呑みにするわけにはいかない。以前として彼は、此度こたびの『万魔氾濫スタンピード』の重要参考人だ」


「相変わらず、頭が堅い人ですねぇぇ……!! 私と彼に、この国をほどの理由があるとでも?」


「それはこれから調べたら分かることだ。——だが、少なくともお前にはあるだろう? 復讐するだけの因縁が」


「……っっ!!」




 んー……んん? 


 なんだなんだ。何やら空気が穏やかじゃないぞ? というか誰が喋ってるんだ?


 もぞりもぞりと体を動かしていると(……ん?)、こちらの様子に気が付いた二人が話しかけてくれた。


「ナギくん! 目が覚めましたか?」


「気が付いたか。やぁ、はじめまして。……冒険者ナギ・アラルだね? いきなりで済まないが、君を拘束させてもらっているよ」


「むっ、むぅむむむ! むんむむむーっ!(あっ、ホントだ! なんだこれーっ!)」


 口枷を噛まされ、後手うしろでに回されて手枷を嵌められ、足首にも拘束具が巻かれている。その状態で横倒しにされているので、むーむー言いながらびちびちと跳ね回るしか意志の表現ができない。くっそ、びちびち! びちびちびち!


「何故だ! 何故俺がこんな目に! ……って目で見てますね。エル、彼にちゃんと説明してあげて下さい」


「ふむ、意外と余裕があるようにも見えるのだが……。だが、確かに無為に暴れられても困る、か」


 そう言うと、なんだか妙にピカピカした銀の軽装鎧に身を包んだ絶世の美少女が、簀巻きにされて転がっている俺の前にしゃがみ込んだ。


「……ナギ・アラル。落ち着いて、よく聞いて欲しい。君には今、ある疑いが掛かっている。ダンジョン深層域で故意に『万魔氾濫スタンピード』を発生させ、地上の王都全域を破壊しようとしたのではないか、とね。……つまり、国家転覆容疑だ」


「む、むぅぅぅうう(は、はぁぁぁああ)〜〜〜〜!?!?」


 いやいや! いやいやいやいや!

 えっ、俺が!? 国家転覆ぅ!?

 意味分からんぞ! というか『万魔氾濫スタンピード』って人がどうこうしたら起こせるものなの? そこからなんですが!


 口枷を咬まされているせいで、なんの説明も自己弁護も出来ず、ただ抗議の気持ちをあらわにびちびち飛び跳ねることしか出来ない。

 びちびちびち! びちびちびちびち!!


「……不服そうだな。だが、今の君の状況を今一度説明してあげよう。ここはもうダンジョンではない。冒険者ギルドの地下にある『封印牢』だ。……君の安全性が分かるまで、この場所に拘留させてもらうことになる」


 『封印牢』

 噂話程度に聞いたことがある。冒険者ギルドの建物の地下、螺旋階段を長く降りていった先に、ダンジョンの「魔素マナ枯渇罠部屋」と繋がった部屋があると。——冒険者としてのルールを破って『お尋ね者』となった人間を無力化して、閉じ込めておくための部屋。……噂通り、本当にあったのか。というか、今まさにそこで俺が捕まってる、と……え、なして?


「そして、君だ。……君の今の姿は、生まれつきとか、隠していた正体、とかではないのか? 冒険者の認証プレートの話はイニィから聞いたが……まぁ、抜け道がないでもない」


 白銀の少女騎士サマは、俺の頭から生えているぷにっと角をつんつんする。

 そうか、今の俺ってティアの力で『魔人化』していたんだっけ。……自分でも人間には、ちょっと見えないかな?


「そして、冒険者ギルドにメッセージを携えて現れた冒険者ランドルフの遺体。その鎧の背中に刻まれた鋭い刃先の刀疵かたなきず。君の手持ちの武器にも、鋭い剣があったな?」


 いやありますけども。

 冒険者ギルドに遺体って何のことかさっぱりわからない。大体俺に鎧を切り裂くことなぞ普通に無理だぞ? 剣の腕前の問題として。


「だからっ! そこが時系列がおかしいのです! 僕が深層域でヨロイの人の遺体を見つけた時、ナギくんはまだ下層にも来ていないはずです!」


「それは二人が知り合う前の話だろう? 確認しようがない点は現時点で事実とすることはできない。——そもそも、だ」


 銀色ちゃんは、すっと目を細めてイニィさんを鋭い目で睨む。


「そもそも……『名も亡き遺骸ジェーン・ドゥ』だったか。アレをやったのはお前だろう? 『混沌奏者カオスプレイヤー』イニィ・ラピスメイズ」


「いちいちフルネームで呼ぶな、なのです。『神聖騎士ディヴァインナイト』エルミナ・エンリル」


「むう!?!?」


 その名前は、俺も知っている。

 おそらく、世界で最も有名な冒険者の一人。

 『世界を旅する冒険者ワンダラー』の一人にして、曲者揃いの面々の中で「他者の救済」を最大の活動方針としている冒険者だ。

 その活動実績を讃えられ、【秩序ロウ】サイドに属する冒険者の代表、という立場にある人。


(この人が……!)


 この辺の知識は、俺が『世界を旅する冒険者ワンダラー』に憧れてるマニアだからという以上に、冒険者なら誰だって耳にしたことがある本当の意味での『英雄譚』だ。


 …………うへぇぁ、マジかよ。俺今『神聖騎士ディヴァインナイト』と話してたのかぁ。びちびちしなきゃよかった。変なやつだと思われたかな。どう思う、ティア——


「むっ、むむっ!?」


「お、おい、どうした!? 急に暴れるなっ」


 ティアがいない。

 俺の背負ってたバックパックはどこだ?

 イニィさんなら、何か知っているかもしれない。聞かないと! ええい、邪魔だなぁこの口枷っ!!


 ガ、ギキィン!!


 苛立ちを篭めてら、至極あっさりと鋼鉄の口枷を噛み砕いてしまった。


「なっ!? おい、暴れるなと言っているだろう!!」


 ——だが、今はそんなことはどうでもいい。

 ティア、ティアを探さないと……!!


「大丈夫なのです。ナギくん」


「イニィさんっ、ティアは!?」


「ティアさんは、おそらく無事です。——君の持っていたバックパックはそこです。ですが、中身は全部空っぽ。


「それ、って……」


「そこまでだ。勝手な情報共有は禁止させてもらう。——イニィ、こうは言いたくはないが、お前の存在が彼の立場をさらに危うくしていることを自覚するべきだ。……ただでさえ、お前は『世界に仇なす放浪者ローグ』としてお尋ね者なのだぞ」


「エルっ! その名で呼ぶと貴女でも許しません……! 僕は『世界を旅する冒険者ワンダラー』なのです。僕が、母様の誇りを穢すわけがないでしょう……!」


 ——イニィさんが声を荒げて怒るところを、はじめて見た。

 二人の関係性は俺には分からないが、『世界を旅する冒険者ワンダラー』同士の過去の経緯があるのだろう。ティアのことは気になるものの、今ここで口を挟むのは躊躇われた。……あ、口じゃなければ良いのでは?


『イニィさん、イニィさん。聞こえてますか?』


「あ……」


「感度良好だとも、冒険者ナギ。——君は【調教師テイマー】だったはずでは? 意外と器用なんだな」


「あ」


 イニィさんが俺の方を「あ〜……やっちゃったのです」と残念な子を見る目で見てくる。

 ……この部屋は念話の類は妨害レジストされるか、今みたいにオープンチャンネル化してしまうようだ。そんなん知らないじゃん……。


「どうやら、私たちは君のことをもっとよく知らなければならないらしい。——冒険者ナギ・アラル」

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