第22話 迷宮迷路Ⅹ 白と黒の大魔獣


 俺たちの目の前に現れたものは、

 

 ティアと同じ大きさをして、

 ティアと同じだけの触手を持ち、

 ティアと違う完全に無傷の状態の、


 ————


「くぉおおおおおおおおおおおんん!!!!」


 天に向かって咆哮を上げる黒いティア。

 背中の左右から伸びる太い触腕と、そこから枝分かれして無数に伸びる触手で模られた三対六翼の黒き「羽翅はね」。


 天に向かって伸びる大樹の如き立ち姿は変わらないのに、月のない夜の闇を煮詰めて固めたような艶のない漆黒の体躯からは、とてつもなく禍々しく不吉な気配が漂っている。

 

 姿形だけを見ればティアと全く同じに見えるが、よく見れば、その体はドロドロとした粘性の物質で形作られており、その正体が『無明の虚無シャドウ・ゼロ』なのだと分かった。


「————最悪なのです。ヤツは『万魔氾濫スタンピード』の中で、最も強いモンスターの姿をコピーし続けていたのでしょう。だから、僕が深層域で見た時は『百腕巨人ヘカトンケイル』の姿をしていた。——そして今、ヤツが知る最強の敵……つまりティアさんの姿に変身シェイプシフトしたのです」


「それで、形だけじゃなくてティアの能力までコピーしたってのか……!?」


 あの風切り音も、

 大気を震わす鳴き声も、

 敵を一撃で破壊する触手の悪魔的な威力も、

 全部全部、俺たちのものだったのに。


 黒いティア——『無明の虚無シャドウ・ゼロ』は毒々しい緑色の眼光を輝かせながら、こちらを睥睨する。


(敵に回ると、なんて威圧感だ……!)


 あらゆるものに形を変えて、敵対者の最も強みとする能力を模倣コピーし、馬鹿げた基礎能力でオリジナルを凌駕する——それが『無明の虚無シャドウ・ゼロ』の真の脅威なのだ。


「るるるるる……」


 一度は倒れたティアだが、傷付いた身体で立ち上がり、敵に向かい合う。

 ————ダンジョン下層。雷鳴轟く断崖絶壁のフロアに、白と黒の大魔獣が対峙する。


「くぉおおおおおおおおおおおおおんん!!」


「きゅおおおおおおおおおおおおおっっ!!」


 空間を烈震させる二頭の『衝声シャウト』。

 ティアの頭上でその双角に捕まりながら、俺はあまりの轟音に脳を揺さぶられ、それだけで意識を失いそうになる。——だが、ここで落ちたら俺もティアも終わりだ。


(まだだ、まだ俺にもできることがあるはずだ……っ!)


「くぉおおっ!!」


「!! きゅるるるっ!」


 空中でぶつかり合う、黒と白の触手。

 『無明の虚無シャドウ・ゼロ』の方の黒いティアはあれだけ魔素マナを削ったにも関わらず、澱みない動作で触手を連撃する。片や俺のティアは全身に負った傷のせいで動きに精細がない。触手を動かす度に俺にもティアの激痛が伝わる。


 痛みの濁流に飲まれまいと、俺は必死で敵の状態を『視る』。

 先程までの子供大の体格から、今はティアと同じ見上げるほどの大きさに変身している。体内の魔素マナはティアと同じ体を構成するために巨大に膨れ上がっているように見えた。……だが、違う! 見つけた!!


 激しい戦闘の中、俺は見た。

 『無明の虚無シャドウ・ゼロ』の毒々しく緑色に輝く『魔核コア』……一般的なモンスターの魔石にあたる部位に細かな亀裂が入り、そこから膨大な魔力が漏れ出ていた。


 ひび割れた器から水がこぼれるように、こぼれた魔素マナで無理矢理形作ったのがあの「黒いティア」なのだ。


(ヤツも不死身じゃない。『魔核コア』を割られて、中の魔素マナを全部失えば、きっと倒せる!!)


 俺は手を、ティアの二つの角から離す。

 

 白と黒の触手が目の前で激突する。

 火花と衝撃波が爆ぜる中、俺は腰から剣を引き抜く。


(サバイバルナイフじゃサイズが足らない。——『魔核コア』まで届かない)


 親父から渡された。鋼の銘剣。

 ……正直言って、俺は剣術なんて全然使えない。前衛職でもない俺がご立派な剣を下げていることに、今でも失笑を買うこともある。


 ——だが。今の俺なら、この剣の真価を完全に引き出すことができる。


 剣の先端を、ピタリと敵の『魔核コア』に定める。


 この剣は、高名な刀匠によって打たれ、「剃刀の鋭さを持つ鋼剣レイザーズエッジ」という銘を与えられた業物だ。——だが俺にとってこれは、大型の魔物の狩りに同行した際に「こんなものがあったら便利なのに」と、ずっと思い描いていた『夢の解体道具』だ。


 大型の魔獣の堅牢な外皮も、頑強な骨格も、分厚い筋肉も——その全てを「一刀」の下に切り裂き、切り断ち、切り分けることができれば——。


 その夢を叶えるのは、空間を操り物質の結合を解いてバラバラにすることができるティアの触手と、『解体の極意』を宿して振るう俺の剣。


 この二つが揃えば、例え竜の解体とて。

 たった一手で、事は済む。


「————ティア、?」



 

 【解体神触:『屠絶の穿殺スローティング・スタブ』】




 手元の鋼剣の動きに、空間を飛び越えて触れるものを切断するティアの触手を連動させて、俺は普段の解体と同じ要領で黒いティアから魔核コアえぐり抜き、した。


 

「!!?!?!?」


 黒いティアは、一度大きく身体をびくん!と震わせ、そして沈黙した。

 力の源であり、意志を持つ本体である魔核コアを失ったことで、黒いティアの体を構成する大量の魔素マナは崩壊を始めた。

 ……空気中に黒い光の粒となって溶けていく。


 その代わりに、俺の手の中に収まった緑の魔核コアが再び肉体を形成しようと黒い魔素マナを放出しはじめる。


「やらせるわけねーだろ。——ティア!」


「きゅるるるるるるっ!!」


 俺はティアの頭上から、ぽーんと魔核コアを放り投げた。間髪おかず、無数の触手が魔核コアを串刺しにし、その中に眠る膨大な魔力を吸い上げる。——吸い尽くす!

 

「きゅおおおおおおおおおおおおおんん!!」


 天高く、歓喜の咆哮をあげるティア。

 これまでにないほど、濃密で、膨大な量の魔力がティアの体内を駆け巡る。そして、俺にも。


「あ、あああ、ああぁあぁぁぁぁぁ……!!」


 ……言葉にならない。

 脳裏によぎる様々な光景——美味しい食事、美しい音楽、家の中の安心、窓際の安楽椅子、心地よい日差し、あったかい布団、愛する人と共に過ごす夜……。

 それらの「幸せな情景」で思い浮かぶ全ての感情を「混ぜこぜ」にして一塊にしたものを、頭から全身にぶちまけられたみたいな——吐きそうなほど暴力的な『多幸感』。


(き、きも、ち、よ、すぎて、死にそ、う)


 脳で連続して弾けるスパークに、意識は遂にブラックアウトした——。



【「万魔の首魁リングリーダー」、個体名:『無明の虚無シャドウ・ゼロ』を討伐しました。冒険者ナギ・アラムとティアは経験値16,807,400を獲得】


【冒険者ナギ・アラムはレベル28から98へレベルアップしました。スキルポイント70を入手しました】


特異技能ユニークスキル:『解体神触』を獲得】


調教師テイマー:ナギ・アラムによって第二の鍵『守護プロテクション』を確認。『真白く輝く滅亡びの災厄』の封楔がもう一段階、解放されます】




【真名を取り戻し、

真白く輝く滅亡びの災厄ヌゥル・ティアマトリカ』は『神性』を獲得しました】







『うははははははっ!! なんっだ、今の!? おい、見たかよ相棒っ!』


『耳元で騒ぐな。五月蝿うるさい』


『あの少年——「深淵種アビス」の主人マスターの割に、見た目だけのてんで素人で、随分期待外れだと思ったが……最後の一撃だけはなかなか見物であったな?』


『フン、あんなもの。「剣」ではない——事象の操作、因果律の逆転?』


『……さて、な。——ともあれ、目的は達した。我等は胸を張り帰還するとしよう。あぁ、ちなみに』


『?』


『お主なら、を斬れるかね?』


『!! ——うん、斬れるよ。今ならまだ』


『かっかっか、左様か。流石は我が相棒。つるぎの御子よ——』

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