第21話 迷宮迷路Ⅸ シェイプシフト


 戦場にイニィさんの朗々たる詠唱が響く。


『——目覚めよ忌まわしき竜牙兵ドラウグル、呪われし古代の狂戦士たちよ。汝らに恐るべき敵と戦場を与え賜わん。隊伍を成し、我が戦列に加われ!』


 イニィさんは懐から取り出した小ぶりのナイフほどもある「何かの牙」を地面に突き刺す。すると、そこから強い存在感を放つ化石のような質感のスケルトン兵が召喚された。その数は二十体。

 普通のスケルトンなら俺も戦ったことがあるが、明らかにそれよりも骨格が太く——巨大デカい。


 彼らが手に手に持つ武器はどれも無骨で粗製な造りをしているが、鈍く重たく光るそれは、過去に数多の犠牲者の命を奪ってきた本物の兇器なのだと思わせた。


 黒い粘体の魔物が、新たに召喚された竜牙兵ドラウグルの一体に高速で肉薄し、左手を変質させた破城槌スレッジハンマーを轟然と振り下ろす!


 ギッ、インッッ!!


 真昼かと見まごう激しい火花が散る。

 竜牙兵ドラウグルは片手に持っていた大金棒でそれを難なくパリィした。そして、返す刀で粘体の体に兇器を振り下ろす!


「……ギッ!?」


 大金棒は黒い粘体の身体の半分をべしゃり!!と叩き潰した。

 これまで、どれだけの数の不死軍団や悪魔がその剣や爪牙で攻撃しようともゲル状の肉体は何の痛痒もなかったかのように元の形に戻っていたが、ここにきて初めて敵はその形を歪めて硬直スタンし、明らかな反応を示した。——ダメージが通っている。


「やはり、なのです。——ナギくん、今『視て』ますね?」


「!」


 ティアと結合した感覚で、俺の視界には今の攻防の『魔力の流れ』がとてもよく視えた。……どうしてか、イニィさんにはそれが分かったようだ。


「黒い粘体の敵——仮に『無明の虚無シャドウ・ゼロ』と呼称しますが——奴には通常の物理攻撃は無効です。同様に、魔力を帯びた攻撃も効果が薄いです。……なので、『闘気オーラ』を纏った攻撃を加えて下さい。それが、奴の弱点です」


 『闘気オーラ

 熟達の戦士が纏う、戦意そのものの「力」。

 これまでの俺ならば、とても扱うことの出来なかった力。……だけど、今はもう違う。


 攻撃に「」を篭める。

 ただ、それだけでいい。


「ティアッッ!!」


「きゅおぉぉぉーーーーーーんっっ!!」


 ティアの触手が、空間を跳躍して超越して『無明の虚無シャドウ・ゼロ』を強襲する。

 敵は竜牙兵ドラウグルの一撃による硬直スタンから既に回復しており、ノータイムで直撃するはずの触手攻撃のうちの何撃かを脅威的な回避能力で避け、弾いた。——が。

 

 俺とティアの「意志」を篭めた一撃が敵を捉え、続く二撃三撃に捕まり、回避を許さぬ四五六七八……撃が全周から雨霰と降り注ぐ。


「ギギギギギギギギギギギギギギッッッッ!」


 痛苦にあえぎ、うめく『無明の虚無シャドウ・ゼロ』。

 その体躯は元の小柄な人間大の大きさから、ティアの乱撃によって大幅に体積を削り取られていた。

 今度はただの体積変化ではなく、敵の体内魔素マナ量が激減していることが視てとれた。——効いている!


「今なのですっ! 竜牙兵ドラウグルたちっ!」


「畳みかけろっ、ティア!!」


 好機と見たイニィさんと俺は、一斉に追撃を仕掛ける。闘気を帯びた無数の兇器とティアの触手が、敵に止めを刺さんと乱れ飛ぶ。


「ギギギッ、ギギギギギギッッ、ギギ……ギ」


 度重なる強撃に晒され、徐々に弱まっていく敵の反応。ティアの視界を通じて『視え』る敵の魔素マナ量もどんどん擦り減っていく。


 いいぞ、ティア。

 もっとだ、もっと『』いいぞ。


 俺たちが一撃に篭めた「意志」は“らう”。


 相手を喰らい尽くし、その力を我らのものにせん、という凶暴なる意志。だが同時にそれは、生物としての最も原初の意志でもある。

 

 ただ純粋に相手の力を取り込んで、強くなりたいという願いを『闘気オーラ』に変換して、全力で叩きつけた。

 

 ティアの触手が『無明の虚無シャドウ・ゼロ』を打つ度に、膨大な魔素マナを奪っていく。

 奪った魔素マナは極上の美味という信号になって、ティアと俺の神経回路を駆け巡る。——頭がおかしくなりそうなほど、美味い。


 脳が快楽に酔いしれかけたところで、拡大した知覚が俺にあることを知らせた。

 ……攻撃はまだ続けているのに、敵の魔素マナの減少が、止まった。


「ナギくん、気を付けてください……まだ終わっていないのです」


「何か、様子が……!?」


 削り取られ続けた『無明の虚無シャドウ・ゼロ』の魔素マナ量は、今や最大量の十分の一程度にまで減少していた。

 だが、奴の中心に残る一欠片の生命力が凝縮してゆき、より濃密な魔力の輝きを放ち始めていた。


 


「————離れなさいっ! 竜牙ドラウ



           



                。


 イニィさんがそれに気がついて指示出すのとほぼ同時に、ダンジョン下層の俺たちがいるフロアから光と音が消滅した。

 

 網膜を灼く光。

 耳をつんざく炸裂音。

 感覚を狂わすほどの茫漠たる魔力の奔流。


「くぉおおおおおぉぉぉおおおおおおぉぉぉ」


 ——産声と共に、悪夢が生まれた。





「が、あ、あああああ、ああああああああああああ!!!! ……ぐうっ、ティア、ティア! 無事かっ!?」


「きゅ、るる、るるる……」


 感覚が戻ってくると共に、全身に耐え難いほどの激痛が襲いかかってくる。

 奴の魔核コアから放たれた激烈な熱線を浴び、ティアは全身に重度の熱傷を負っていた。俺は、咄嗟にティアの触手のカーテンによって守られながらも、『精神結合マインド・リンケージ』の効果によってティアが受けた皮膚が炭化する感覚と痛みだけを「共感」し、脳が焼き切れるほどの「苦痛」を味わっていた。


(な、んだ? 今、何が起きた……?)


 光と魔力の爆発によって脳を揺さぶられた俺は、まだ視界が明滅するように

 はじめ、『無明の虚無シャドウ・ゼロ』が死を間際にした決死の攻撃ラストアタックで自爆を選択したのだと思った。


 だが、そうではない。奴は————


「——っ!! ナギくんっ! 早く立ちなさい!!」



 ひゅっ、

 


 聞き馴染みのある風切り音が、聞こえた。

 


 っぱぁぁぁぁあんっっ!!!!


「きゅおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


「がああああああああああぁぁぁぁっっ!!」



 ティアに、が直撃した。



 その一撃は、これまで数々の敵を粉砕してきた威力そのままに、回避も防御もできていないティアの左翅の触腕を粉砕した。

 左腕を捥ぎ取られるのと同じ激痛がティアと俺を襲い、衝撃と痛みで体勢を崩してしまう。


 そこに、続けて幾つもの風切り音が迫る。


「させませんっ! 『盾の亡霊シールド・レイスっ!!』


 『無明の虚無シャドウ・ゼロ』の魔核コア爆発によって、竜牙兵ドラウグルを含む召喚した不死者たちの殆どを失ったイニィさんはまず最初に戦況を確認した——そのため、いち早くに気が付くことができた。


 危機を察したイニィさんが咄嗟にティアに向かって投擲した魔石を媒体に、両手持ちの大楯を構えた亡霊レイスが同時に三体空中に召喚される。

 ——そして次の刹那、破裂音と共にティアへの直撃を守った三体ともが粉々に粉砕され、光の粒となって大気に還っていった。


「ぐうぅ、一体、何が…………は?」



 激痛と衝撃に朦朧とする意識の中で、俺が「視た」ものは————

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る