第26話 神明裁判Ⅲ 護る者たち


「——まず、『万魔氾濫スタンピード』の発生は事実だ。これは、調査と対応のために深層域に向かった『神聖騎士ディヴァインナイト』が証言している。……だが、彼女エルミナが現場に到着した時。既に魔物たちはただの一匹も居なかったそうだ」


 マードックは、入室してきたアルベドに応接用の椅子に座るよう促しながら、端的に状況を説明する。

 ギルド職員でもない一冒険者に対して、ここまで機密情報を明かすことは本来当たり前に禁止されているのだが、アルベドを『ナギの友人』という“重要人物”と判断しての対応であった。


「……話の要領を得ません。一体どこへ行ったと?」


 マードックは口を一瞬閉ざす。

 百戦錬磨の豪傑である『倚天斬鱗スレイヤー』の名を持つヨシュア・マードックでさえ、次の言葉を口にするのには覚悟が必要だった。


、だ」


「————は?」


 アルベドは一瞬、事態を理解し損ねた。

 だが、もう一度情報を咀嚼して、起こりうる可能性と今後待ち受ける未来を想起して、顔面から血の気がざぁぁっ、と引いていくのを感じる。


 ——ティアが成長している。


 しかも、深層域のモンスターの大群という、地震や台風といった自然災害に匹敵する史上空前のエネルギーを一身に集めた今。どのような姿に変貌し、どれほどの被害をもたらすか。もはや誰にも予測すらできない。

 ……無意識のうちに、かつて砕かれた左手が震える。


「……それ、事実だったら、なおさら公表した方がいいのでは?」


 かつて恐れていた危惧が現実となり、マードックは表情を険しくする。


「何と言ってだ? 大型化した従魔が見境なく破壊の限りを尽くしてくるだから避難しろ、とでも? 第一、その事自体がナギとティアとの敵対を招きかねん」


 「さらに面倒なことに」とマードックは続ける。


「現在、王国サイドから『万魔氾濫スタンピードを止めた救国の英雄、ナギとティアに叙勲を行うため、登城させよ』という内々の指令が冒険者ギルドへ降りてきている。——我々でさえ正確に把握していない情報を、どこで知ったのかまでは分からんが、あの『憤怒公フューリー』から直々のご指名なのだと」


「!! ……御仁ごじんですか。——そうなると、ナギたちを城へ呼んだ理由も透けて見えますね」


 『憤怒公フューリー

 冒険者としての第二王子エドワルド・ヨトゥンヘイムの二つ名。だが、その名前の由来はもう一つの顔である『王国軍総司令官』としての苛烈に過ぎる戦い振りが元となっている。

 戦力の過剰投入による情け容赦ない「殲滅」を何より好む、稀代の軍略家にして戦闘狂。


「そうだ。奴らはナギとティアを都合の良い『殺戮兵器キリングマシーン』として戦場に投入するつもりなのだろう。……だが、我々冒険者ギルドの正式見解はだ」


◆◆◆

万魔氾濫スタンピード』は発生していない。その報告は誤報であった。

 よって、ナギ・アラルとその従魔ティアが『万魔氾濫スタンピード』を阻止した、という事実はない。

 褒賞や叙勲は不要である。


 なお、ナギ・アラルと従魔ティアは現在行方不明である。

 残念ながら、現在我々冒険者ギルドは先日発生した深層域攻略隊の壊滅による未帰還者の捜索のため、現在ナギ・アラルの捜索には対応不可能である。


 以後の消息については我々冒険者ギルドは、一切関知しない。

◆◆◆


「……王国サイドは納得しますか、それ」


「しないだろうな。だが、報告内容はあながち嘘でもないのだ。実際問題として、を引き渡すことはできぬ」


「……というと?」


「ナギの身柄は我々が確保している。——だが、なのだ。……戦場で肩を並べて彼らと共に戦った『混沌奏者カオスプレイヤー』からの証言だ。信用できる」


「それは……っ!! いよいよ不味いじゃないですか。ナギはともかく、ティアが実質野放しというのは。どうするんです?」


「——幸いな事に、ティアは会話可能な存在だ。ティアが出現した場合に、我々に牙を剥かないように『関係構築』するしかないだろうな。……どちらにせよ、その鍵となるのはだ。——彼らを戦場に送り込むなぞ、最悪の愚策だ」


 マードックの眼は強い決意の輝きに満ちて、断言する。それこそが、人類を守護するたった一つの手立てであると確信して。



「ティアに——


 



 ▼


「さすがに酷くないですか? もう何日もまともに寝かせてもらえてないんですけど。お腹も減ったのでなんか食べさせて下さーい」


「……不眠不休の飲まず食わずで一週間。普通なら死んでいるところだが、なぜそんなに元気があるのだ、君は」


「そりゃあ……なんででしょうね?」


 『封印牢』生活も今日で一週間となる。

 イニィさんは帰されたのか別の部屋で軟禁されているのか分からないけど、初日の尋問以降は会えず仕舞いだった。

 その間、俺はといえば『神聖騎士ディヴァインナイト』エルミナさんとマンツーマンで過ごしている。いや……実際には厳しい尋問や取り調べの名を借りた拷問をされているのだが、が頑丈過ぎて一切のダメージを受けないのだった。


「……なるほど、水中でも呼吸ができる、と」


「棘や針などの刺突にも強いな」


「棍棒や落石による殴打も平気そうだ」


「なにぃ!? 持ってきた剣が欠けたぁ!?」


 取り調べが進むに連れて、いよいよ人間辞めてしまったなぁ、と哀惜を感じてしんみりしている俺。それとは対照的に、苦悩の表情を見せることが多くなってきたエルミナさん。


「君は……自分が何になってしまったのか不安にはならないのか?」


「不安がないと言えば嘘になりますが……まぁ、なっちゃったもんはなっちゃったもんなので。あんまりクヨクヨしてもしょうがないかな、と」


精神メンタルまで強靭だな……。ふっ、ウチの聖騎士たちにも見習わせたい前向きさだ」


 エルミナさんは、笑うといつもの厳しい顔がふわりと解けるように顔が柔らかくなる。


「……イニィさんみたいだ」


「む、それはどういう意味だ?」


「あ、声に出ちゃってましたか。……すみません、大した意味はないんです。ただ……笑った時の表情が似てるなって、そう思っただけで」


 俺のまとまらない説明を聞いたエルミナさんは、嬉しそうな、それでいて悲しそうな顔をした。


「……君は、イニィのことを良く想ってくれてるようだね」


「そう、ですね。ダンジョンでほんの少しの間一緒に戦っただけですが、沢山教えてもらって、助けてもらいました。……控えめに言っても、俺の命の恩人です」


「……あの子の【職位クラス】も知っているのだろう。……何とも思わなかったのか?」


「【屍霊魔導師ネクロマンサー】、ですよね。そりゃあ、初めはビックリしましたけど……極論すれば、自分以外の力を借りて戦っているのは俺も同じですから」


「そう、か」


 エルミナさんは、少し言葉を切って、



「あの子は——イニィ・ラピスメイズは私の血の繋がらない妹なんだ。私たちは家族んだよ」



 そんな、昔話を話し始めた。



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