第26話 神明裁判Ⅲ 護る者たち
「——まず、『
マードックは、入室してきたアルベドに応接用の椅子に座るよう促しながら、端的に状況を説明する。
ギルド職員でもない一冒険者に対して、ここまで機密情報を明かすことは本来当たり前に禁止されているのだが、アルベドを『ナギの友人』という“重要人物”と判断しての対応であった。
「……話の要領を得ません。一体どこへ行ったと?」
マードックは口を一瞬閉ざす。
百戦錬磨の豪傑である『
「全てティアの腹の中へ、だ」
「————は?」
アルベドは一瞬、事態を理解し損ねた。
だが、もう一度情報を咀嚼して、起こりうる可能性と今後待ち受ける未来を想起して、顔面から血の気がざぁぁっ、と引いていくのを感じる。
——ティアが成長している。
しかも、深層域のモンスターの大群という、地震や台風といった自然災害に匹敵する史上空前のエネルギーを一身に集めた今。どのような姿に変貌し、どれほどの被害をもたらすか。もはや誰にも予測すらできない。
……無意識のうちに、かつて砕かれた左手が震える。
「……それ、事実だったら、なおさら公表した方がいいのでは?」
かつて恐れていた危惧が現実となり、マードックは表情を険しくする。
「何と言ってだ? 大型化した従魔が見境なく破壊の限りを尽くしてくる予定だから避難しろ、とでも? 第一、その事自体がナギとティアとの敵対を招きかねん」
「さらに面倒なことに」とマードックは続ける。
「現在、王国サイドから『
「!! ……
『
冒険者としての第二王子エドワルド・ヨトゥンヘイムの二つ名。だが、その名前の由来はもう一つの顔である『王国軍総司令官』としての苛烈に過ぎる戦い振りが元となっている。
戦力の過剰投入による情け容赦ない「殲滅」を何より好む、稀代の軍略家にして戦闘狂。
「そうだ。奴らはナギとティアを都合の良い『
◆◆◆
『
よって、ナギ・アラルとその従魔ティアが『
褒賞や叙勲は不要である。
なお、ナギ・アラルと従魔ティアは現在行方不明である。
残念ながら、現在我々冒険者ギルドは先日発生した深層域攻略隊の壊滅による未帰還者の捜索のため、現在帰還後に失踪したナギ・アラルの捜索には対応不可能である。
以後の消息については我々冒険者ギルドは、一切関知しない。
◆◆◆
「……王国サイドは納得しますか、それ」
「しないだろうな。だが、報告内容はあながち嘘でもないのだ。実際問題として、二人を引き渡すことはできぬ」
「……というと?」
「ナギの身柄は我々が確保している。——だが、ティアは亜空間に消えて行方不明なのだ。……戦場で肩を並べて彼らと共に戦った『
「それは……っ!! いよいよ不味いじゃないですか。ナギはともかく、ティアが実質野放しというのは。どうするんです?」
「——幸いな事に、ティアは会話可能な存在だ。ティアが出現した場合に、我々に牙を剥かないように『関係構築』するしかないだろうな。……どちらにせよ、その鍵となるのはナギだ。——彼らを戦場に送り込むなぞ、最悪の愚策だ」
マードックの眼は強い決意の輝きに満ちて、断言する。それこそが、人類を守護するたった一つの手立てであると確信して。
「ティアに——人間の味を覚えさせて、たまるものか」
▼
「さすがに酷くないですか? もう何日もまともに寝かせてもらえてないんですけど。お腹も減ったのでなんか食べさせて下さーい」
「……不眠不休の飲まず食わずで一週間。普通なら死んでいるところだが、なぜそんなに元気があるのだ、君は」
「そりゃあ……なんででしょうね?」
『封印牢』生活も今日で一週間となる。
イニィさんは帰されたのか別の部屋で軟禁されているのか分からないけど、初日の尋問以降は会えず仕舞いだった。
その間、俺はといえば『
「……なるほど、水中でも呼吸ができる、と」
「棘や針などの刺突にも強いな」
「棍棒や落石による殴打も平気そうだ」
「なにぃ!? 持ってきた剣が欠けたぁ!?」
取り調べが進むに連れて、いよいよ人間辞めてしまったなぁ、と哀惜を感じてしんみりしている俺。それとは対照的に、苦悩の表情を見せることが多くなってきたエルミナさん。
「君は……自分が何になってしまったのか不安にはならないのか?」
「不安がないと言えば嘘になりますが……まぁ、なっちゃったもんはなっちゃったもんなので。あんまりクヨクヨしてもしょうがないかな、と」
「
エルミナさんは、笑うといつもの厳しい顔がふわりと解けるように顔が柔らかくなる。
「……イニィさんみたいだ」
「む、それはどういう意味だ?」
「あ、声に出ちゃってましたか。……すみません、大した意味はないんです。ただ……笑った時の表情が似てるなって、そう思っただけで」
俺のまとまらない説明を聞いたエルミナさんは、嬉しそうな、それでいて悲しそうな顔をした。
「……君は、イニィのことを良く想ってくれてるようだね」
「そう、ですね。ダンジョンでほんの少しの間一緒に戦っただけですが、沢山教えてもらって、助けてもらいました。……控えめに言っても、俺の命の恩人です」
「……あの子の【
「【
「そう、か」
エルミナさんは、少し言葉を切って、
「あの子は——イニィ・ラピスメイズは私の血の繋がらない妹なんだ。私たちは家族だったんだよ」
そんな、昔話を話し始めた。
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