第27話 神明裁判Ⅳ 在りし日の絶望


「家族だった……?」


「そうだ。私たちは母様——初代『世界を旅する冒険者ワンダラー』アルカ・レヴァリーに拾われた『孤児たちオルファンズ』なのだ」


「アルカ・レヴァリー……!」


 ……すごい名前が出てきたな。

 それは、俺が幼い頃に読んだ絵本の中に書いてあった『古い叡智を持つドラゴンに教えを授かり、新しい世代の血気盛んな若ドラゴンの背に乗って冒険世界中を駆け回って冒険を繰り広げた』あの御伽話の中の英雄、アルカ・レヴァリーの話なのか。


「で、でも! アルカ様が冒険者をしていたのって、今から百年以上前の話じゃ……」


「ああ、その通りだ。だから、私も、あの子イニィも見た目通りの年齢ではないよ。……女性に年齢を聞いてくれるなよ? 君をまだ【星神剣】のサビにしたくはないんだ」


「う、かしこまりました(あっぶね)」


 【星神剣セレスティアルディバイダー】

 究極職『神聖騎士ディヴァインナイト』に認められた至高の冒険者が持つ、【神器】の一振り。……としか、知らないんだよなぁ。

 『世界を旅する冒険者ワンダラー』オタクを自称する俺でも、この剣が抜かれた事例は耳にしたことがない。というか、エルミナさんいつも剣持ってないんだよな……どこにあるんだろう?


「……なんだ、そんなジロジロ見て。私の顔に小皺でも探しているのだとしたら、やはり斬らねばならなくなるのだが……?」


「ち、違いますってぇ! なんですぐ斬ろうとするんスか!」


 あっぶねーなーもう。


「ごほん……話を戻しますと、お二人は長い長い時を共に過ごした元家族なんですね。……ん? なんで『元』なんです? ……あ、そんな立ち入ったこと、簡単に聞いちゃまずいですよね……?」


「長い、が一個余分に感じるが、まぁいい。——いや、まさにその話を君にしておきたかったのだ。私とあの子が道を違えてしまった、あの日のことを——」





 それは今から十年前の出来事。

 ある寒い寒い冬の事だったという。


 その年は例年に比べ厳しい寒気が大陸全土を襲って、人々は皆肩を寄せ合って寒さを凌いでいたのだという。

 ……そんな時に、南の海域守備隊が魔獣の群れによって破られた、という凶報が舞い込んだ。


 王国は西側に敵性国家であるオルドビス大公国を抱え、そして南側は海と接している。——この『海』から、時折魔獣の大群が押し寄せてくるのだ。

 

 原因は今現在でも厳密には分かっていない。

 海底にダンジョンがありそこから『万魔氾濫スタンピード』が起きているのだ、とも遥か南方にある魔族の支配する領域『魔大陸』から魔物が押し寄せてくるのだとも言われていた。


 いざというときの備えとして配備されていた海域守備隊であったが、その時は折悪く寒波によって物質が枯渇しており、兵に十分な防寒装備も行き渡らない有様だった。——そして、そこに魔物の大群が押し寄せたらどうなるか。


「……南部の国民が生きながらに喰われているのだ。単騎で十万の軍にも匹敵する【屍霊魔導師ネクロマンサー】の力をって、我が国の助力をお願いできないか」


 当時から『世界を旅する冒険者ワンダラー』として活動をしていたイニィ・ラピスメイズが当時の王軍総司令官に直接嘆願を受けたのはその時であった。


 本来、個人としての特異戦力である『世界を旅する冒険者ワンダラー』は特定の国家に肩入れすることを許されていない。それはアルカ・レヴァリーが定めた規範ルールでも明記されているであった。

 だが、イニィさんはその申し出を受けて、原則を破って真冬の海岸線へたった一人で乗り込んだ。


「そこであの子がどんな光景を見たかは、私にも詳しくは話してくれなかったが……私も戦地で似たものは見たことがある。……そこにあるのは掛け値なしの『』だよ」


 魔物に蹂躙される無力な民草。

 妻を嬲り殺しにされる夫。

 子供を目の前で喰われる親。

 絶望のあまり自ら死を選ぶ人々。


 現在進行形で進んでいく悲劇を目の当たりにしたイニィさんは、【屍霊魔導師ネクロマンサー】の異能を全力で駆使し、たった一人で魔物の大軍勢を殺し尽くしたそうだ。


「だが、それが不味かった。……救援に駆けつけた王国軍に、現在の王国軍総司令官、第二王子エドワルドがいたのだ」


 まだ二十代の若者であったエドワルドは、眼前で繰り広げられる地獄の光景に耐えられなかった。


 幾千の地獄の悪鬼の如き魔物たちが波濤のように押し寄せる。

 それに群がるように取り囲んで、各個撃破していく幾万の


 【屍霊魔導師ネクロマンサー】イニィ・ラピスメイズは無念のうちに死んだ国民の遺体と霊魂に力を与え、国土を守る防人としたのだ。——それが、エドワルドにはに見えた。


「あの子は幼い頃から死者と話すことができたんだ。……はじめは怖がって毎晩泣いていたのに、『きっと伝えたいことがあるんだと思う』と言って亡霊たちと会話を始めた。……それがイニィが【屍霊魔導師ネクロマンサー】になった切欠きっかけだ。……優し過ぎるんだよ、あの子は」


 苦く、悲しみを湛えた目でエルミナさんは語る。


 南海の魔物の大侵攻はこうして幕を閉じた。

 そのまま厳冬が惨禍を雪で覆い尽くし、春になって雪が溶けて、初めて地獄のような被害状況が明らかになった。


 被害者たちの遺体は皆、目も当てられぬ悲惨な状況であった。魔物に食われ、体の欠損があるものなどは当たり前で、人の形を保ったままの遺体は一人たりとも無かった。


 ……この悲劇の責任を、第二王子エドワルドが全てイニィ・ラピスメイズに押し付けた。

 悲劇に散った民を戦場で使い潰し、死した魂から安寧の眠りを奪い去った罪は極めて重い! と激昂し、国王や国民に対してイニィの罪を問うた。


「結論として、国土を防衛した功績と国民の魂を冒涜した罪は相殺され、エドワルドの強い働きかけがあったものの死罪は免れた。……それでもあの子には『世界に仇なす放浪者ローグ』という蔑称が与えられて、永久国外追放となったのだ」


「なんだよ、それ……!!」


 目の前が真っ赤に湧き上がるほどの怒り。

 握りしめた掌に熱を感じて目を落とすと、自らの爪が肉を突き破り、真っ赤な血がぼたぼたと溢れ落ちていった。

 ……石造りの床に落ちた血液が、しゅうしゅうと音を立てて石を溶かす。


(……!)


「それで、イニィさんはこの国に居られなくなった、ってことですか」


「そうだ。……私はその話を聞いた時、すぐにイニィに会いに行った。そして、彼女の行いをしまったのだよ。……どうして母様の定めた規範ルールを破ったのか、と」


 そうしたら、イニィさんは悲しそうに笑ってこう言ったのだという。


「きっと母様ならこうしたのです」


 と。


「私は人類の守護者としてこの【星神剣セレスティアルディバイダー】を預かっている。……でも、いざという時に間に合わずに妹にその責を押し付けたのだ。……それが私の罪だ」


「その時、エルミナさんは……?」


 エルミナさんは首を横に振りながら、


「——私には私の戦場があった。……だが、それは言い訳に過ぎない。私には神威の代理者としての役目がある。救えなかった全ての人は、私の取り零しだ。……少なくとも、あの子の所為せいじゃない」


 それは、あまりにも傲慢では——そうも思ったが、今にも泣き出しそうなエルミナさんの表情を見ていたら俺は何も言えなくなってしまった。


(そんなことがあったのに、イニィさんはまた『万魔氾濫スタンピード』の発生を伝えてくれたんだな。……やっぱり優しい人だなぁ。俺の先輩は)


 イニィさんの顔を思い浮かべる。

 記憶の中の表情は、いつでも俺のことを心配したり、叱咤したり、応援してくれていた。



(イニィさん、今どうしているんだろう)



 俺は今、イニィさんにとても会いたくて仕方なかった。

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